第四十一話 王妃に必要な素質
国をあげて行われた祭も無事に終わり、王都には少しずつ日常が戻り始めていた。
そして同時に、ガルディア王国からの視察も、いよいよ最終日を迎えた。
その日の午後のこと。
「最後に、四人でゆっくり腰を据えて話したいですわ」
ロザリアから、そう申し出があった。
特に断る理由もなく、王宮内の一室に急遽席が設けられることとなった。
窓から柔らかな陽射しが差し込む静かな部屋に、丸いテーブルを囲むように椅子が並べられている。
楓の隣にはステファン、向かいにはロザリア、その隣にアルベルトが座っていた。
香りの良い紅茶が運ばれ、穏やかな空気の中で視察の礼などが交わされる。
「建国祭は本当に素晴らしかったですわ。街全体に活気があり民達の表情も明るく、とても良い国だと改めて感じましたわ」
ロザリアの言葉に、アルベルトも続ける。
「それに、陛下があれほど自然に民に親しまれている国は、そう多くありません。陛下と民達との信頼関係が、見ていてよく伝わってきましたよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です」
ロザリアとアルベルトの賛辞の言葉に、ステファンが穏やかに応じる。
その後も、祭についてや王都の印象について、しばらく和やかな会話が続いた。
けれど不意に、ロザリアが紅茶のカップを静かに置くと、真っ直ぐに楓を見た。
「カエデ様」
「は、はい」
「一つ、お聞きしてもよろしいかしら?」
穏やかだが、どこか真剣な声音が静かに響く。
「……何でしょう?」
楓が姿勢を正すと、ロザリアは単刀直入に尋ねた。
「カエデ様は、王妃に必要な素質とは何だと思いますか?」
「……!」
楓はその問いに、ひとつ瞬きをした。
けれど焦ることは無かった。
その答えは、既に自分の中にあったからだ。
ロザリアだけでなく、三人分の視線を受けながら、楓は、ゆっくりと言葉を口にした。
「私は国を作るのは、国民だと思っています。そして王族は、国民を守るためにある存在です」
楓がはっきりとした口調で話す言葉を、ロザリアは静かに聞いている。
「陛下は……ステファンは、全力で国民を守る王であろうとしている方です」
祭りで見た景色が楓の脳裏に浮かぶ。
ステファンを見て嬉しそうに笑う人々と、真摯に一人ひとりと向き合う彼の姿。
「だから私は、そんな彼を、私の全部をかけて支えていきたいです。そんな王妃でありたいと思っています。それが私にとって、王妃として必要な素質です」
言い切った瞬間、隣に座るステファンの身体が、ぴくりと揺れたのが分かった。
「……」
楓は少し緊張しながら視線をロザリアへ向ける。
するとロザリアが、ぽつりと呟いた。
「あなた、本当に甘いですわね」
「えっ」
思わず楓は目を丸くする。
だがロザリアは、どこか呆れたように、くすりと笑った。
「理想論ばかり。普通なら、綺麗事だと言われて終わりですわ」
そう言いながらも、その表情はどこか楽しそうだった。
「ですが」
ロザリアはふっと息を吐き、そして、はっきりと言った。
「分かりました。……負けて差し上げますわ」
「……え?」
何を言われたのか一瞬理解できず、楓はぽかんとしてしまった。
そんな楓を見て、ロザリアが少し眉を寄せる。
「何をぼけっとなさってますの?」
「え、あの……」
「この私が、負けて差し上げると言っているのですよ?」
どこか怒ったような口調だった。
「もっと堂々と胸を張ってはいかがかしら」
「……!」
楓は目を瞬かせる。
ロザリアは、真っ直ぐに楓を見据えていた。
その瞳には、以前のような侮りはもうなく、むしろ楓を認めたような色が宿っていた。
「正直、最初は理解できませんでしたわ」
ロザリアが静かに言う。
「ステファン様の婚約者と言いながら、政治も外交も、まだ未熟。王妃として必要な知識も経験も、全然足りていらっしゃらないんですもの」
そう言われ、その通りだと思った。
その指摘は、楓自身が誰よりも理解していることだったから。
「ですが」
ロザリアは続ける。
「祭の日、民達とステファン様を見つめるあなたの顔を見て、少し考えが変わりましたの」
「……」
「あなたは、自分が王妃としてどう見られるかではなく、ステファン様が民に愛されていることを、本心から嬉しいと思っていらっしゃったわ」
そこにあったのは、打算も計算もなく、ただ、大切な人が認められて嬉しい、そんな真っ直ぐな感情だった。
「王妃というのは、国の象徴でもあります」
ロザリアはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「だからこそ、時には強さも必要ですわ。冷静さも、覚悟も、政治的判断も必要になります」
その声音には重みがあった。
王女として育ってきた彼女だからこそ分かる現実。
「ですが同時に」
ロザリアはふっと笑う。
「王を支えたいと、あそこまで真っ直ぐ思えることも、また一つの才能なのかもしれませんわね」
「ロザリア様……」
楓の胸がじんわりと熱くなる。
そんな楓を見ながら、ロザリアは最後に言った。
「私に勝ったからには、ステファン様の隣を他の女に取られるなんて、絶対に許しませんことよ」
「……っ!」
その言葉に、楓は思わず目を見開いた。
「はい!」
胸の奥からじわじわと嬉しさが湧いてきて、楓は溢れんばかりの笑顔で頷いたのだった。




