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ひとりぼっちの女子高生は、異世界の地でかつて救った孤独な王に溺愛される  作者: 陽ノ下 咲
二章 異国からの来訪者

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第四十話 祭の日に見えたもの

 祭当日の朝のこと。

 楓はマリアに、ロザリアから目を背けずに頑張ると決意したことを打ち明けた。


「カエデ様、やっとその気になられたのですね!」


 マリアは感激したように瞳を輝かせ、ぎゅっと楓の両手を握る。


「いいですか、カエデ様。女は度胸ですわよ」

「度胸……?」

「ええ。カエデ様の魅力で、ロザリア王女殿下など、蹴散らして来てくださいませ!」


 ぐっと拳を握る姿に、楓は思わず笑ってしまう。


「蹴散らすって……」

「女の戦いですもの。そのくらいの気概が必要ですわ」


 その言葉に楓は息を呑み、そしてこくりと頷いた。


「でも、そうだね。……頑張るね」

「その意気ですわ、カエデ様!」


 嬉しそうに笑うマリアに励まされながら、楓は衣装部屋へ向かった。


 並べられたドレスの中で自然と手に取ったのは、以前、舞踏会の際にステファンから贈られた淡い桃色のドレスだった。

 柔らかな色合いと繊細な刺繍が美しい、楓の宝物。

 今日、ステファンの隣に立つなら、このドレスがいい。そう思った。


「こちらも合わせましょう」


 マリアは、以前一緒に贈られた碧い宝石のネックレスと耳飾りを取り出す。

 澄んだ碧色の石が光を受けてきらりと輝いた。


「きっと陛下もお喜びになりますわ」


 マリアに身支度を整えてもらい、最後に鏡の前へ立つ。


「……完成ですわ!」


 鏡に映る自分は、いつもより少しだけ大人びて見えた。


「ありがとう、マリア」


 楓が笑顔で言うと、マリアは満足そうに微笑む。


「ええ、応援しておりますわ」


 


 王宮へ到着し、通された部屋で三人を待つ。

 少し緊張しながらソファに腰掛けていると、扉が開いた。

 最初に入ってきたのはステファンだった。

 祭礼用の黒い正装に身を包んだその姿は、やはり王として圧倒的な存在感がある。


「おはよう」


 楓がソファから立ち上がり笑顔で挨拶すると、ステファンの目が少しだけ見開かれた。

 次の瞬間、その表情が目に見えて和らぐ。

 まるで張り詰めていたものがふわりと解けたように、柔らかな笑みを浮かべた。


「おはよう、カエデ」


 甘い声音で挨拶を返す。

 そして楓の姿を見つめたまま言葉を続けた。


「……そのドレス」


 楓の胸がどきりと跳ねた。


「以前、私が贈ったものを選んでくれたんだね」


 ステファンが嬉しそうに微笑む。


「やっぱりすごく似合ってる。……着てきてくれて、本当に嬉しいよ」

「……っ」


 優しい声音に、不意打ちのように胸が熱くなった。


「ありがとう……」


 嬉しくて自然と笑みがこぼれた。

 ステファンの後から入ってきたアルベルトとロザリアに視線を向け、楓が柔らかく挨拶をする。


「おはようございます」


 するとアルベルトが、楓を見て一瞬目を見開いた。

 何故か頬を少し赤らめているように見える。

 アルベルトは挨拶を返した後、少し困ったように眉を寄せた。


「その服、……似合ってますね」

「ありがとうございます」


 社交辞令のような言葉だったが、どこか歯切れが悪い。その様子を不思議に思い、楓は首を傾げた。

 そんな二人のやり取りを後ろから見ていたロザリアが、視線を楓へと向けた。

 普段通りの美しい所作で挨拶を返すが、その瞳には少しだけ驚いたような色が潜んでいた。


 挨拶を終えた四人は、そのまま祭が開かれている王都の大通りへ向かった。

 祭で賑わう王都は、朝から活気に満ちていた。

 道には露店が並び、甘い菓子や香ばしい料理の匂いが漂っている。

 中には、元の世界で好きでよく食べていた、懐かしい丸い形の焼き菓子もあった。

 ステファン曰く、初代国王様の時代から続く、この国の伝統的な焼き菓子だそうだ。

 笛や太鼓の音に混じって、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。


「すごい……!」


 楓は思わず目を輝かせた。

 街はたくさんの人で溢れ、皆、楽しそうに笑っている。

 そしてステファンが姿を見せた瞬間、街が一気に沸き立った。


「ステファン陛下だ!」

「陛下ー!」


 民達の表情が、ぱっと明るくなる。

 次々と声が飛び交い、人々が嬉しそうに手を振る。

 その光景を見て、楓は目を丸くした。

 ステファンも穏やかに微笑みながら、一人ひとりの声に丁寧に応えている。

 すっかり慣れているその姿は、とても自然なものだった。


 ステファンは、領地の政治を領主に任せきりにしない。

 各地から上がる報告書には必ず目を通し、領主や役人達の話にも耳を傾けている。

 必要であれば自ら現地へ赴き、民の暮らしを自分の目で確かめている。


 より良い国にするために、常に考え、動き続けている。

 その積み重ねがあるからこそ、民達は、こんなにも彼を信頼しているのだと、改めて分かった。


「……」


 その光景に、楓の胸がじんわりと熱くなった。

 ステファンが積み重ねてきた、数え切れないほどの努力が、こうして民の笑顔につながっている。

 そんなステファンのことを、楓は心から誇らしく思った。

 そして、その優しさも、不器用なほど真っ直ぐな生き方も、いっそう愛しく感じられた。


「ステファン」


 そっとステファンの名前を呼ぶと、彼が楓に視線を向けた。


「ん?」

「みんな、ちゃんと知ってくれてるんだね。ステファンが頑張ってること」


 そう言って楓が微笑みかけると、彼の瞳が少しだけ揺れた。


「……」


 ほんの僅かに目を潤ませ、そして心から幸せそうに笑った。


「……うん」


 その笑顔を見て、楓も嬉しくなる。

 二人して顔を見合わせて、微笑み合った。 


 そんな二人を、アルベルトは眩しそうに眺めていた。

 一方、ロザリアもまた、二人のことをじっと見つめていた。


 大切な人が認められて嬉しいという、ただ真っ直ぐな感情だけが溢れ出ている楓の瞳を、ロザリアは何かを考えるように、静かに見つめ続けていた。




 祭見物を終えた後、三人と王宮で別れ、楓はルヴァイン公爵家へ戻った。

 屋敷へ入ると、マリアだけでなく、状況を気にしていたルヴァイン公爵夫人も待っていた。


「お帰りなさい、カエデ」

「お帰りなさいませ。カエデ様」


 二人に柔らかな笑みで迎えられ、楓はほっと肩の力を抜く。

 そんな楓に、公爵夫人が楽しげに声をかけた。


「それでカエデ、早速だけど、今日はどうだったのかしら?」


 隣のマリアも、どこか期待を滲ませるような眼差しで楓の返事を待っている。


「お祭り、すごく素敵で感動しました。……それに、みんなステファンのことが好きなんだってことが伝わってきて、とても嬉しい気持ちになりました」


 楓のその言葉に、公爵夫人もマリアも嬉しそうに目を細めた。

 

「それで?」

「え?」

「肝心の、ロザリア王女との女の戦いの行方は、どうなったのかしら?」


 優雅な笑みを浮かべたまま夫人にそう聞かれて、楓は固まった。


「…………あ」


 最初は確かに頑張ろうと思っていたはずなのに、祭を見始めて以降、今の今まで、そのことが完全に頭から抜け落ちていた。


「……カエデ?」


 楓の様子を見て、公爵夫人がくすくすと笑う。


「まさかとは思うけど」

「……カエデ様、忘れておりましたわね?」


 マリアの追撃に、楓は思わず顔を覆う。


「うぅ……」


 ロザリアに負けないよう頑張るつもりだったのに、ステファンが国民に愛されている姿が何よりも嬉しくて、それどころではなくなっていた。

 そんな楓を見て、公爵夫人とマリアは顔を見合わせる。


「ふふっ。本当にカエデらしいこと」


 呆れたように言いながらも、その表情はどこまでも温かい。


「ですがそのご様子ですと、とても良い一日だったようですわね」


 マリアに優しくそう言われ、楓は少しだけ照れながら頷いた。


「……うん」


 今日見たステファンの笑顔を思い出すと、自然と頬が緩んでくる。

 そんな楓を見て、公爵夫人とマリアは楽しそうに微笑んでいた。

 楓の胸は、どこまでも温かく満たされていた。




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