第三十八話 惹かれていく心①(アルベルト視点)
アルベルト・ガルディアは、以前からアストレア王国に興味を抱いていた。
かつてアストレアは第一王子と第二王子による王位継承争いで、市政は大きく乱れていた。
だが、市政が混乱する中で王位に就いた新たな王は、着実に国を立て直し、国民を第一に考えた政治を進めている。
特に税制度や地方整備と災害対策への力の入れ方は、ガルディア王国でも話題になっていたほどだ。
何より、その王の政治思想はアルベルトの考えに近かった。そのため、以前からその王に強い関心を抱いていた。
しかも、その王が自分より二歳年下だと知ったときには、驚きを隠せなかった。
現ガルディア国王である父は、武力による支配を好む。
力で押さえつけ、逆らう者をねじ伏せる政治だ。
確かに、それが必要な場面もある。国を守るために、軍事力は不可欠だと自分も思う。
幸いと言うべきか、ガルディア王国は国王だけでなく、国民全体も血の気が多く、強さを尊ぶ気質がある。
それもあって、父のやり方は一定の支持を得ていた。
だが、それに頼り続けるだけでは、いずれ立ち行かなくなるだろうと、アルベルトは考えていた。
国を支えるには、武力だけでは足りない。
民の暮らしを豊かにし、周辺諸国とも安定した関係を築いてこそ、国は長く栄えていく。
周辺諸国とは出来る限り対等で、互いに利益を生む関係を築きたいと思っていた。
その意味で、アストレア王国の存在は気になっていたのだ。
そんな折、ガルディア王国とアストレア王国の間で不可侵条約が結ばれた。
けれどその経緯を聞いた時、アルベルトは思わず頭を抱えた。
「いや、それはどう考えても、こっちが悪すぎるだろ……」
思わずそう漏らしたほどだ。
亡き第一王子の妃と結託し、ステファン王が保護していた女性を誘拐して立てこもるなど、どう考えてもこちらの非でしかない。
本来なら、もっと厳しい条件を突きつけられてもおかしくなかった。
けれど、アストレア国王、ステファン・アストレアは違った。
一方的な搾取ではなく、両国に利益がある形を提示してきたのだ。
それを聞いた時、アルベルトは思った。
この王は長期的な視点で国を見ている。
感情や一時的な優位だけで動かず、先を見据えた判断を下せる王だ、と。
そんな王が治める国を、この目で見てみたかった。
だから今回の視察に自ら名乗りを上げた。
ただ、王族として迎えられる前に、飾られていない国の姿を見ておきたかった。
王族の姿では、取り繕われてしまい、本当の国の姿など見えないからだ。
そうして、早めの現地入りを決めたアルベルトは、まず最初に、街人に変装した。
ガルディア王家特有の燃えるような赤髪は、茶色の鬘を被り誤魔化した。
服装もアストレアの平民服を取り寄せ、徹底的に馴染ませる。
結果、かなり自然に仕上がり、鏡の前で満足気に頷いた。
実際に見て回ったアストレア王国は、想像以上だった。
城下町には活気があり、人々の表情が明るく、市場も賑わっている。
地方へ足を伸ばしてみても、整備が行き届いており、治安もかなり良い。
荒れていた国を立て直す為に尽力してきた、ステファン王の手腕が見て取れた。
何より、民が王へ絶望している顔をしていない。
それだけで、この国がうまく回っていることは分かる。
「良い国だな」
思わず独り言が漏れた。
見たかった場所を一通り見終えた後、露店で買った丸い焼き菓子を片手に歩く。
この国の昔ながらの名物だというその焼き菓子は、焼きたてらしくまだ温かい。
ふっくらとした生地の中には餡がたっぷり詰まっており、かじるたびに甘さが広がった。
(食い物も旨いな)
そんなことを思っていた時だった。
視界の端に、果物が転がってきた。
拾い上げて前を見ると、転んだ子どもとそれを助け起こしている女の姿が見えた。
転がってきた果物を女に渡したその時、アルベルトは気づいた。
(……この女、変装してやがる)
自分も同じことをしているからこそ、一目で分かった。
咄嗟に警戒を強めたが、どう見ても危険な気配はなかった。
慌てた様子で果物を拾い、純粋に子どもを心配して、今目の前に起きていることに必死に向き合っている。
その姿に少し拍子抜けして、気にするほどでもないかと警戒をといた。
立ち去ろうとしたその時、女が靴を脱いで川へ入っていた。
「……は?」
あの女、一体何してんだと驚く。
そしてその先にある、果物に気付いた。
(……普通、そこまでやるか?)
呆れ半分で眺めながらも、危なっかしくて思わず川岸へ足を向ける。
案の定、女は足を滑らせたのを見て、咄嗟に身体が動いていた。
身体を支えた時、こちらを見上げた黒い瞳が、ぱちぱちと瞬いた。
岸に上がった後、控えめに微笑みを浮かべ、お礼を言ってくるその笑顔が、なぜだか妙に印象に残った。
そして彼女達と別れた後も、その笑顔が忘れられなかった。
また会えたらいいなと、そんなことを思ってしまうくらいには。




