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ひとりぼっちの女子高生は、異世界の地でかつて救った孤独な王に溺愛される  作者: 陽ノ下 咲
二章 異国からの来訪者

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第三十五話 初めての感情

 ガルディア王国から視察団が来て、数日が過ぎたある日のこと。

 その日も楓は、王妃教育の一環として法令講義を受けるため王宮へ来ていた。

 案内役の侍女に先導され、長い回廊を歩く。

 王宮内は、来賓を迎えていることもあって、普段以上に慌ただしい空気に包まれていた。

 その様子を横目に見ながら歩いていると、案内してくれている女官が声をかけてきた。


「本日は、王宮法務官が講義をご担当くださいます」

「分かったわ。ありがとう」


 それに返事をしたその時、前方の中庭へ続く回廊から、聞き慣れた低い声が聞こえてきた。

 楓は思わず足を止め、そちらへ視線を向ける。

 そこにいたのは、ステファンだった。

 そして、その隣には先日挨拶を交わした、ロザリア王女の姿があった。

 陽光を受けた赤髪が眩しいほど美しい。

 髪色に合わせた薔薇色のドレスを優雅に揺らしながら、ロザリアは楽しげにステファンへ話しかけていた。


「アストレアの税収は回復傾向にあると伺っていますが、増税をなさったのでしょうか?」

「いいえ。前王時代の税制を見直して、むしろ負担は軽くしています」

「負担を軽くして、それで税収が?」

「民が立ち行かなければ、国は成り立ちませんから。……長く国を支えるには、まず民の暮らしを守るべきだと考えています」

「なるほど。理にかなっていますわね」


 感心したように頷くロザリアへ、ステファンも穏やかに言葉を返している。

 その光景を見た瞬間、楓の胸がちくりと痛んだ。

 二人の会話する姿は、とても自然体だった。

 ただ楽しげに話しているだけではなく、政務の話を理解し合い、互いの考えを交わしている。


 ロザリアは王女としての教養も知識も豊富なのだろう。ステファンの言葉へ淀みなく応じ、その隣へ自然に立っている。

 堂々としていて、気品があって、美しい。

 遠目から見ているだけでも、周囲の空気が華やぐようだった。

 楓にはその姿が、まるで最初から隣に立つべくして立っている人のように思えてしまった。


「……」


 楓は無意識に、自分の手を握りしめていた。

 自分には、あんな風にはできない。

 法令や政治の仕組み、王族として求められる礼儀作法なども、毎日必死に学んでいる最中だ。

 ステファンの隣に立って、少しでも彼の支えになりたいというその一心で、頑張ってはいると思う。

 けれど、未だわからないことばかりで、失敗も多い。 


 今、目の前にいるロザリアは、そんな努力の途中にいる自分とは違い、既に完成されているように見える。

 楓にはその姿が、あまりにも眩しく映った。

 そして、ステファンと並ぶ姿が、とても絵になっていることも。


 王と王女という同じ立場で、同じ世界を知っている二人。

 並んで立つだけで、自然に見えてしまう。

 その光景に、楓は胸の奥がざわつくのを感じた。


(ああ、……嫌だな)


 そう思った瞬間、自分で驚く。

 ロザリアは何も悪くない。

 むしろ聡明で、とても魅力的な人だと思う。

 なのに、胸の奥にどろりとした感情が広がっていく。

 ステファンへ笑いかける姿を見るだけで、苦しくなる。


「……あ」


 そこでようやく、これが嫉妬なのだと気がついた。

 それは楓が、今まで一度も抱いたことのない感情だった。


 母を失い、孤独だった頃でさえ、こんな風に誰かへ強い独占欲を抱いたことはない。

 なのに今は、ステファンの隣に堂々と立つ彼女に、彼の隣を奪われてしまったような気がして、胸が苦しくなった。


 そして楓は、そんな自分が情けなく思えた。

 ステファンは優しい。

 いつも楓を一番に大切にしてくれる。ちゃんと愛してくれていることも分かっている。

 しかも相手は、外交のために来ている隣国の王女で、政務の話をするのだって当然のことだ。

 それなのにこんな風に心を乱している自分が、子どもみたいに思えてしまった。


「……」


 もし、この気持ちをステファンに知られたらと思うと、恥ずかしくて耐えられない。

 重いと思われるかもしれない。

 王になる人の隣に立つのに、こんな弱い心では駄目だと思った。


 楓は小さく息を吐く。

 そして、そっと視線を逸らした。


「カエデ様?」


 侍女が不思議そうにこちらを見る。

 楓は慌てて微笑んだ。


「ごめんなさい。なんでもないわ。行きましょう」

「はい」


 再び歩き出す。

 けれど胸の奥に生まれたもやもやは、簡単には消えてくれない。

 けれど楓は、何も言わないことにした。

 こんな子どもっぽい感情を抱いていることを、誰にも知られたくなかった。

 

 だから彼女は、胸の奥の苦しさを隠したまま、静かに前を向いた。




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