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ひとりぼっちの女子高生は、異世界の地でかつて救った孤独な王に溺愛される  作者: 陽ノ下 咲


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3/5

第三話 そして異世界へ

 ステファンの居る世界と繋がるのは、昼の時間だけだった。

 だから楓は、夏休みが終わるまで、毎日のように、昼食を急いで済ませ、誰にも見つからないように離れの奥へ向かった。

 鏡の向こうで待っているステファンと話す時間が、今では何よりも大切なものになっていた。

 ステファンもまた、楓が来るのを楽しみにしてくれていた。


『カエデ、今日は遅かったね』

「叔母さんに捕まっちゃって」

『捕まるって?』

「うん、お手伝い要員にされたの」

『あはは、……それは大変だったね』


 そんな他愛のない会話をして、一緒に笑う。

 その時間だけは、楓もステファンも、一人ぼっちじゃなかった。


 けれど、そんな楽しい時間は永遠には続かなかった。


 夏休みが終わり、新学期が始まった。

 平日は学校があるため、離れへ行く時間が取れなくなったが、楓は土日になればまた会えると思っていた。

 だから最初の土曜日、楓は少し浮き立つ気持ちで離れへ向かった。


「ステファン?」


 いつもの様に鏡の前で呼びかけたが、返事はなかった。

 鏡には、楓自身の姿しか映っていない。


「……あれ?」


 不思議に思いながら、もう一度呼ぶ。


「ステファン、いる?」


 やはり返事はない。

 静まり返った離れの中で、楓の声だけが虚しく響いた。

 そして、次の日も、その次の週も、鏡が繋がることはなかった。


 楓は鏡の前で何度も声をかけた。

 けれど、どれだけ待っても、鏡の向こうに金色の髪の少年が現れることはない。

 たった一夏の出来事だったのに、ステファンと話せないだけで、胸にぽっかり穴が空いたようだった。

 それと同時に、心配でもあった。


(あの子、ちゃんと笑えてるかな。また泣いてしまってないかな)


 気がつくとそんなことばかり考えてしまう。 

 けれど、楓にはもう、どうすることも出来なかった。


 そうして季節は巡り、状況は何も変わらないまま、楓は高校三年生になった。

 相変わらず、この家での居場所はなく、この家で過ごす日々はずっと息苦しいものだったが、中でも楓を怯えさせたのは、歳の離れた従兄弟だった。


 最初は気のせいだと思うようにして、やりすごしていた。

 まるで値踏みする様に見てくるねっとりとした視線や、肩や腰に触れてくる手に、楓は徐々に恐怖を覚えるようになった。


 そして高校三年の夏休み、遂にそれは起こった。


 その日は、屋敷にほとんど人がいなかった。

 使用人たちも外へ出払っていて、妙に静かだったのを覚えている。


「楓ちゃん」


 背後から声をかけられ、楓は肩を震わせた。

 振り返ると、従兄弟がニタニタとした笑みを浮かべてすぐ後ろに立っていた。


「最近、俺のこと避けてるよね?」


 じり、と距離を詰められる。


「……そんなことありません」


 そう答えて離れようとした瞬間、腕を掴まれた。


「っ……!」

「楓ちゃんって、ほんと顔だけは可愛いよな。身体つきもよく見たら……」


 舐めるような視線に、ぞくりと背筋が震えた。

 怖い。

 本能的にそう思った。

 振り払おうとしても、力が強くて離れない。


「や、やめてください……!」

「大丈夫だって。大したことはしないから」


 その言葉が、余計に恐ろしかった。

 楓は必死に腕を振りほどくと、逃げるように廊下を駆け出した。

 背後から楓を呼ぶ声が聞こえる。

 追いかけてくる足音に、恐怖で息が詰まりそうになる。

 そして気付けば、楓は離れの部屋へ飛び込んでいた。

 勢いよく扉を閉め、震える身体で後ずさる。


「はっ……は……」


 恐怖で涙が滲んだ、その時だった。

 ふと、目の前の鏡が淡く光っていることに気が付いた。


「……え?」


 ドキンと心臓が跳ねた。

 信じられない思いで鏡を見る。

 楓は息を呑み、そして次の瞬間、縋るように叫んでいた。


「ステファン……!」


 その時、鏡が一気に眩く光った。


「え……!?」


 白い光が視界を埋め尽くす。

 あまりの眩しさに、楓は思わず目を閉じた。

 直後、身体がふわりと浮くような感覚に包まれる。

 そして次の瞬間、足元に先程までとはどこか質感の違う、硬い感触があった。


「……っ」


 恐る恐る目を開くと、そこに広がるのは見慣れた離れではなかった。

 見たこともないほど広い部屋。高い天井には豪奢な装飾が施されている。

 そして目の前では、楓を取り囲む騎士達が、一斉に剣を向けていた。


「動くな!」

「お前、何者だ!?」


 激しい怒鳴り声と共に剣先を突き付けられ、楓は息を呑んだ。

 けれど、その時、


「待て!!全員剣を下せ」


 低く、鋭い声が響いた。

 その一声で、騎士たちが一斉に動きを止める。

 立ち並ぶ騎士たちの最奥に立つ人物を見て、楓は目を見開いた。

 そこに居たのは、透き通るような金の髪に、鋭さを帯びた碧の瞳を持つ、とても美しい青年だった。

 その人が、信じられないものを見るように楓を見つめる。


「……カエデ、なのか?」


 少し震えた声で名を呼ばれた瞬間、楓の胸が熱くなる。

 成長して姿は変わっていても、楓には分かった。


「……ステファン」


 涙が溢れそうになるのをグッと堪えながら呼びかける。

 すると青年は目を見開き、それから泣きそうな顔で微笑んだ。


「ああ……」


 そして一気にこちらへ近付いてくると、そのままぎゅうっと強く抱きしめられた。


「カエデ……会いたかった」


 その言葉に、楓の視界が滲んだ。


(良かった、また会えた)


 そう思った瞬間、張り詰めていたものが切れたように、楓の瞳から涙が零れ落ちた。

 その場に、ざわりと動揺が走る。


「……本日の会議はここまでとする」


 低く、よく通るステファンの声がその場に響いた。

 その瞬間、ざわついていた空気が一気に張り詰めたのが分かった。

 楓はステファンの胸に抱き込まれたまま、恐る恐る周囲を見る。


 ずらりと並ぶ騎士達が、自分の事を怪訝な目で見ている。

 突然、何もない空間から現れた少女を、この国の王子がいきなり抱き締めたのだ。

 混乱しない方がおかしい。


「先ほど出た案件は、各自再検討を。後日、改めて議論の場を設ける」


 ステファンは落ち着いた声でそう告げながらも、楓を抱く腕を一度も離さない。

 そのことが、少しだけ心強かった。


「詳しい説明は後日行う」


 静かな声が続く。


「彼女は、私の古くからの知人であり、大切な人だ」


 その言葉に、途端に空気がざわめいた。


(……大切な人)


 楓は彼の言葉に、胸の奥がジンと熱くなった。

 けれど同時に、周囲の視線が一気に鋭さを増した気がして、楓は思わずステファンの服を掴んだ。

 すると、それに気付いたのか、抱き締める腕に少しだけ力が込められる。


「それから、今ここで見たことは、私の許可なく口外するな」


 先ほどまで楓へ向けられていた柔らかな声とは違う。

 静かなのに、有無を言わせない響きだった。


「はっ!承知しました」


 騎士達が一斉に頭を下げる。

 その光景に、楓は息を呑んだ。

 鏡越しに話していた頃から、ステファンが王子なのだとは分かっていた。

 けれど今、目の前にいる彼は楓の知っている優しい少年であると同時に、多くの人を従える王族なのだと、はっきり理解させられる。

 すると、不意に頭を優しく撫でられた。


「大丈夫」


 耳元で、穏やかな声が落ちる。


「私がいるから」


 その一言だけで、不思議なほど安心した。

 先程まで状況が分からず、ただ怖くて混乱していたはずなのに、今はステファンが触れてくれた箇所から、身体が温かくなってくるのを感じた。




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