二十八話 言えなかった本当の思い
食事を終えた後、二人は改めてソファに腰掛けた。
つい先程まで穏やかに食事をしていたはずなのに、楓の胸はどこか落ち着かなかった。
そんな、明らかに緊張している楓を見つめ、ステファンは少し申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
「……さっきは急に話し出してごめんね」
楓は慌てて首を振った。
「ううん、大丈夫」
そう答えると、ステファンはほっとしたように目を細める。
「ありがとう」
柔らかな声だった。
けれどその後、彼は静かに表情を引き締めた。
「まず、今回何が起きていたのか、ちゃんと説明するね」
楓も姿勢を正し、小さく頷く。
ステファンは真っ直ぐ楓を見つめたまま、ゆっくりと言葉を続けた。
「今回の一件の首謀者は、第一王子妃派の残党とガルディア王国だ」
「……ガルディア王国」
楓が呟くと、ステファンは静かに頷いた。
「うん。あの国は以前から警戒していたんだ」
そう言った彼の瞳が、わずかに険しくなる。
「軍事力を盾に周辺国へ圧力をかけることも少なくないし、国内も決して安定しているとは言えない。力を持つ者が正しいという考え方が根強く残っている国なんだ」
一度言葉を切り、ステファンは続けた。
「そのガルディア王国が、今回第一王子妃派の残党と接触して、こちらの混乱を狙って動いていたんだ」
楓は思わず両手を握り締める。
牢で見た、あの聞き慣れない言語を話していた男性。彼がガルディア王国の人間だったのだろう。
自分が巻き込まれた出来事が、想像以上に大きな陰謀の一部だったことに、今更ながら背筋が冷えた。
そんな楓の様子に気付いたステファンが、安心させるように、少しだけ声音を和らげた。
「けれど、こちらも事前に動きを把握していたんだ」
「え……?」
「昔、君と出会った鏡があるだろう?ふと、あの鏡が頭に浮かんで、そこに向かったんだ。そして鏡に向かって願ったら、君の様子が映ったんだよ」
その言葉に、楓は驚いて小さく息を呑んだ。
「そこに映った第一王子妃派の残党とガルディアの間者を見て、今回の首謀者が判明した」
ステファンが静かに続ける。
「だから、彼らが動くよりも早く、こちらから奇襲を仕掛けることが出来たんだ」
あの時、絶望しかけた瞬間にステファン達が現れた理由が、ようやく全て繋がった。
「……そうだったのね」
「ああ」
ステファンは小さく頷く。
「今回の件で、ガルディア側もかなり痛手を負った。こちらに手を出せばどうなるか、十分理解したはずだ」
そして、一度言葉を区切った。
「それから、ガルディア王国との間には新たな取り決めを結ぶことになったよ」
「取り決め?」
「互いに軍事的侵略を行わないという契約だ」
楓は目を瞬かせる。
「元々私が望んでいた条件を飲んでもらう形で締結できたんだ。向こうとしても、これ以上事を荒立てたくはなかったんだろうね」
危険な事件だった。
けれど同時に、アストレア王国にとって有利に働いた面もあったのだと分かり、楓は少しほっとした気持ちになった。
「第一王子妃派についても、関係者は捕縛し、投獄した。……ただ、第一王子妃については別だ。王宮に戻ってすぐ、父上が温情を与えてほしいと願い出てきたんだ」
「前王陛下が……?」
「うん」
ステファンがひとつ頷いて続ける。
「これまで表立って動かなかった父上が、第一王子妃の為に、自ら私の前に来たんだよ。次に同じようなことがあれば、自分の首を差し出すとまで言われた」
その時を思い出しているのだろう。
ステファンは遠くを見るように目を細めた。
「……その時の父上の目を見て、私は、きっともう大丈夫だと確信した。だから第一王子妃の処遇は、父上に任せることにしたんだ」
「……第一王子妃様は?」
「今回のことを泣いて詫びていた。そして父上に従って去っていったよ」
ステファンが、穏やかな声でそう言った。
長く続いた因縁が、ようやく終わろうとしているのだと、そう感じて、楓は涙が溢れそうになるのをグッと堪えた。
静寂が落ちる。
その空気の中で、ステファンはゆっくりと息を吐いた。
そして真っ直ぐ楓を見つめた。
「……さっき、最後まで言えなかったことなんだけど」
その真剣な声音に、楓は思わず背筋を伸ばした。
「カエデ、今回のことで私は確信したんだ」
楓は黙ったまま、彼の次の言葉を待つ。
ステファンは苦しそうに眉を寄せて、続けた。
「私はもう、君が居ないと生きていけないんだってことを」
その言葉に、楓の呼吸が一瞬、止まった。
「君が君の世界に帰らなければならないことは分かってる。私と一緒にいれば、また今回みたいに危険な目に遭わせるかもしれない。それでも……、」
そこで言葉が震える。
いつも冷静な彼が、こんなにも不安そうな顔をするなんて。
「帰らないでほしい」
それは、とても切実な声だった。
「ずっと私のそばに居てほしい。……私を、選んでほしい」
懇願するようなその声に、楓の頬を涙が伝った。
胸がいっぱいになって、上手く息が出来ない。
けれど、伝えなければと思った。
「……私、ここに居てもいいの?」
震える声で問いかける。
楓をじっと見つめるステファンの瞳が、かすかに揺れる。
「私も、あなたのそばに居たいとずっと思ってた」
涙が零れる。
「でも、それはあなたに迷惑がかかると思っていたから……言えなかったの」
王族である彼の隣に、自分がいていいはずがない。
危険を招くだけなのではないかと、何度もそう思ってきた。
けれど、本当は離れたくなかった。
そう告げると、ステファンは目を見開いた。
「……本当に?」
信じられないものを見るような顔だった。
楓は涙を拭いながら、小さく笑う。
「うん、本当よ」
その瞬間、ステファンが堪えきれないように楓の頬を両手で包み込んだ。
大切なものに触れるような、優しい手だった。
そして、そっと唇が重なる。
楓は静かに目を閉じた。
「カエデ、愛してるよ」
額を寄せたまま、ステファンが囁く。
その言葉に、楓はまた涙を零した。
「私も愛しているわ、ステファン。これから先、ずっと一緒に居させてね」
今度は楓の方から、そっと彼に口付ける。
ステファンは驚いたように目を見開き、それから幸せそうに微笑むと、もう一度、その柔らかい唇に、自分のそれを重ねた。




