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ひとりぼっちの女子高生は、異世界の地でかつて救った孤独な王に溺愛される  作者: 陽ノ下 咲
一章 ひとりぼっちの女子高生と孤独な王

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第二十一話 君とダンスを(ステファン視点)

※十九話『あなたとダンスを』のステファン視点の話です。

 煌びやかな灯りに満ちた大広間へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 一気に視線が集まる気配を、ステファンは鋭く感じ取る。

 貴族達の視線は、ステファン自身だけへ向けられているわけではない。

 その隣に立つ女性へ、明確な興味と探るような色を含んだ眼差しが注がれていた。

 その時、カエデの肩が小さく震えた。

 やはり緊張しているのだろう。

 けれど、それは当然だと思った。

 これだけの有力貴族達が一斉に視線を向けてくる場など、普通なら耐えられるものではない。

 ステファンはそっと彼女を見下ろした。


「不安?」


 問いかけると、カエデは小さく頷く。

 その少しだけ不安そうな姿さえ愛おしくてたまらないと思ってしまう自分に、半ば呆れそうになる。

 けれど同時に、確かな手応えも感じていた。

 今夜、彼女をここへ連れてきたのは、自分の庇護下にあることを示すためだ。

 彼女が軽々しく触れていい存在ではないと、周囲へ見せつけるためだ。

 その目的は、会場へ入った瞬間から十分すぎるほど果たされていた。

 誰もがカエデを見ている。そして、その隣に自分が立っていることも。


 ステファンはふっと微笑んだ。


「そっか。じゃあ、とっておきの魔法の言葉を教えてあげる」


 昔、鏡越しに彼女が教えてくれた言葉。

 これまで何度も自分を救ってくれた、大切な言葉だ。


「なんとかなる、って口に出して言ってみるんだ。そうすると、不思議となんとかなるものだよ」


 するとカエデがはっとしたようにこちらを見る。

 その顔を見た瞬間、胸が柔らかく熱を持つ。

 きっと彼女も、同じ記憶を思い出したのだろう。


「……うん。そうだったね」


 微笑みながら呟くカエデを見て、ステファンの心が穏やかに満たされていく。


「なんとかなるわ」


 小さく零された言葉。

 それだけで、彼女の表情から強張りが解けていくのが分かった。


「私もその言葉にこれまで何度も救われてきたんだよ。……それを教えてくれた大切な女性の存在にも、ね」


 言いながら、自分でも少し照れくさくなる。

 だが、それは紛れもない本心からの言葉だった。

 カエデがいなければ、今の自分はここに居なかったかもしれない。

 どれほど、彼女の存在が自分の支えになっていたのかを、彼女はきっと分かってない。


 カエデが静かに前を向き、背筋を伸ばす。

 その横顔を見つめながら、ステファンは胸の奥で静かに思う。


(本当に綺麗だ……)

 

 どうして彼女だけが、こんなにも自分の心を離してくれないのだろう。

 可愛くて、愛おしくて、触れたくて。

 隣にいるだけで幸福で、同時にどうしようもなく欲が深くなる。


 やがて、有力貴族達が次々と挨拶へやって来た。


「陛下、本日はお招きいただき光栄です」

「こちらが噂の……」


 彼女に向けられる沢山の視線。その中には探るような色もあれば、純粋な興味もあった。

 ステファンは一人一人を冷静に観察しながら、カエデの様子にも意識を向けていた。

 だが彼女は、もう先程のように怯えてはいなかった。

 穏やかに微笑んで優雅に礼をするその姿に、周囲から感嘆の声が漏れた。


「……これは」

「なんとお美しい……」


 話しかけてきた貴族たちだけではない。

 会場のあちこちから、彼女へ熱を帯びた視線が向けられている。

 カエデが微笑み返すたび、ステファンの胸の奥にじり、と苦いものが広がっていく。


(私以外に、そんな風に笑いかけないでほしい)


 そんな感情が喉元まで込み上げてきて、自分でも驚いてしまった。

 彼女は社交の一環として微笑み返しているだけだと、分かっている。 

 それなのに、他の男へ向けられる笑顔を見るだけで、胸の奥が焼け付くようだった。


 ステファンがこれまで彼女を人前へ出さなかったのは、彼女を危険から守るためだ。

 けれど、本心を言うと、それだけではなかった。


 カエデは、自分では全く分かっていないようだが、気付けば自然と目で追ってしまうほど、可憐で美しい。

 この国では珍しい黒髪と黒い瞳。御伽話に登場する女神を思わせる彼女のその容姿は、人目を引くには十分だった。

 だが、それだけではない。彼女には容姿だけでは説明のつかない、人を惹きつける魅力がある。

 だから、彼女の存在を自分以外の他の人間に知られるのは、正直嫌だった。


 包み隠さずに本音を言ってしまえば、一切他の誰にも見せず、自分だけの秘密の場所で大切に隠して愛していたいと思っている。

 彼女が自分の世界へ帰りたいと思っていることは分かっている。

 それなのに、そんな考えを持つ自分はどこまでも身勝手だと思う。

 そう思ってはいても、それでも願わずにはいられなかった。


 これまで、自分はもっと上手く感情を制御できる人間だと思っていた。

 けれど彼女が絡むと全くうまくいかず、簡単に理性が揺らいでしまう。

 他の貴族へ向けられる視線一つで、こんなにも心を乱されるなんて、自分は随分重症らしい。


 そんなことを考え、ステファンはどうやらもう、すっかり手遅れなのだと改めて思った。

  



 やがて楽団が演奏を始め、優雅な旋律が会場へ広がった。

 ステファンはカエデに向けて手を差し出す。


「わたしたちも踊ろうか」


 彼女が柔らかく笑う。


「……うん」


 その笑顔だけで、胸が苦しくなるほど満たされる。

 彼女の手を取る。

 細く柔らかな感触に、思わず指先へ力が入りそうになった。

 ゆっくりと踊り始める。

 最初こそカエデは緊張していたが、すぐにステップは安定していった。


「上手だ」


 周囲に見せつけるように距離を詰め、そっと囁いた。

 上気した頬と桃色の小さな唇が可愛い。

 そのまま奪ってしまいたくなるのをぐっと堪えながら彼女を導く。

 くるりと彼女が回るたび、桃色のドレスが花びらのように広がって、彼女の可憐で美しい姿を、より一層引き立てた。


 彼女に視線を向けるたび、胸の奥から優しいだけでは済まない感情が込み上げてくる。

 カエデが無防備に笑い、嬉しそうにこちらを見る度に、もっと独占したいという欲が強くなる。


 あっという間に一曲目が終わり、カエデは礼をして離れようとした。

 ステファンは反射的にその腕を取っていた。


「……え?」


 驚いたように見上げてくる。

 そんな顔をされても、離すつもりなど無かった。


「カエデ、どこ行くの?」

「え……?」


 戸惑っている彼女の理由にはすぐに思い至った。

 未婚の男女は、普通なら続けて踊らないという、この国の慣習。

 だが、だからどうしたという話だ。そんな暗黙の了解、気にすることはない。

 むしろ、この場面ではそれが好都合ですらある。

 何曲も続けて踊れば、彼女が、自分にとって特別な存在だと、誰の目にも明らかになる。

 今夜の自分は、徹底的に周りに見せつけてやると、最初から決めている。


「次の曲、始まるよ」

「……で、でも」


 次の曲が始まり、ステファンは自然にカエデを引き寄せた。


「ほら」

「あっ……」


 そのまま二曲目へ入る。

 周囲から向けられる視線を感じるが、一向に構わなかった。

 むしろ、もっと見ればいいと思う。

 彼女は自分のものだ。誰にも渡さないし、触れることすら許さない。


 そんな独占欲が胸の奥で静かに燃えていた。

 カエデは次第に緊張も忘れたように笑い始める。

 その笑顔を見るたび、理性が削られていく。


 三曲目、四曲目。

 気付けば何曲も続けて踊っていた。

 ステファンが、どれほど彼女を特別扱いしているのか、もう誰の目にも明らかだった。

 だが、それでも足りないと思ってしまう。


 もっと触れたい。もっと近くに居たい。他の誰の視界にも入れたくない。


 こんな感情を抱くのは、カエデだけだった。

 彼女が愛おしそうにステファンを見上げる。

 その瞬間、胸が熱で満たされる。 


 彼女が自分の心を掴んで離してくれない理由。その答えなど、きっと最初から決まっていた。


 ステファンはもう、とっくに、彼女なしではいられないほど、深い恋に落ちていたのだから。




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