第十九話 あなたとダンスを
煌びやかな灯りが降り注ぐ大広間。
高い天井には巨大なシャンデリアが幾つも吊るされ、無数の光が磨き上げられた床へ反射している。
色とりどりのドレスと正装に身を包んだ貴族達が談笑し合うその光景は、まるで物語の世界そのものだった。
会場へ足を踏み入れた瞬間、ざわり、と空気が揺れた。
数え切れないほどの視線が、一斉に楓へ向けられる。
「……っ」
思わず肩が小さく震えた。
ステファンの隣に立つ以上、注目されることは当然だと分かっていたつもりでいた。
けれど実際に向けられた視線の多さに、一気に緊張感が高まった。
その時、
「不安?」
隣から穏やかな声で、小さく聞いてくる声があった。
小さく頷くと、ステファンはふっと微笑んだ。
「そっか。じゃあ、とっておきの魔法の言葉を教えてあげる」
そう言って楽しそうに続ける。
「なんとかなる、って口に出して言ってみるんだ。そうすると、不思議となんとかなるものだよ」
ハッとして隣を見ると、ステファンは確信に満ちた優しい目で、楓に目配せをした。
「……うん。そうだったね」
先に彼にそれを言ったのは自分だったのに、どうして、忘れていたんだろう。
楓は大きく頷くと、ふっと微笑んで、小さくその言葉を呟いた。
「なんとかなるわ」
すると、それまでの緊張が嘘みたいに解けて、急に視界が広がった様な気持ちになった。
ステファンは満足気に頷いて、そっと耳打ちしてくる。
「私もその言葉にこれまで何度も救われてきたんだよ。……それを教えてくれた大切な女性の存在にも、ね」
そう言って、少し照れた様に頬を染めて笑った。
その言葉に、楓はじんわりと胸が熱くなってくるのを感じた。
静かに息を吸い込み、しっかり前を見据えて背筋を伸ばす。
隣に彼が居てくれる。
それだけでもう、怖いものなんてきっと無いと、そう思えた。
*
有力貴族達が次々とステファンのもとへ挨拶に訪れる。
「殿下、本日はお招きいただき光栄です」
「こちらが噂の……」
視線が楓へ向く。
けれどもう、楓は慌てることは無かった。
穏やかな微笑みを浮かべて、ドレスの裾を軽く摘み、優雅に膝を折る。
すると周囲の貴族達の間から賛辞の声が上がった。
「……これは」
「なんとお美しい……」
この世界では、相手を大袈裟なくらいに褒めるのも社交の一つなのだと、以前読んだことを思い出す。
けれど、実際に自分がそう言われると、慣れないことにかなり戸惑うし、恥ずかしくもある。
かけられる言葉に照れながらも、なんとか微笑み返していた。
何より、そうやって自信を持って、ステファンの隣に立つことが出来たことが誇らしかった。
だからその時、そんな楓と貴族達を見ながら、ステファンがどんな気持ちでいるのかなど、全く知るよしもなかった。
*
やがて楽団が演奏を始めた。
優雅な旋律が会場へ響き渡り、中央へ男女が歩み出ていった。
その時、目の前へすっと手が差し出された。
「わたしたちも踊ろうか」
ステファンが、柔らかく微笑むその姿に、楓も自然と笑みを浮かべる。
「……うん」
ドレスの裾を軽く摘み、丁寧にお辞儀をする。
そして差し出された手へ、そっと自分の手を重ねた。
ゆっくりと音楽に合わせて動き出した。
最初は緊張していた。
けれど、その緊張をほぐすように、ステファンが優しくリードしてくれる。
「上手だ」
耳元に唇を寄せて、小さく低い声で囁かれる。
その声にドキドキしながらも、楓は一歩ずつステップを踏んだ。
これまでのマリアとの練習を思い出しながら踊る。
最初は失敗しないように意識していたはずなのに、気付けば純粋に楽しくなっていた。
くるり、と回るたびに、淡い桃色のドレスが花びらのように広がる。
ステファンが嬉しそうに目を細めるのをみると、胸が温かくなった。
やがて一曲目が終わり、楓はほっと息を吐いた。
間違えずに踊りきれたことが嬉しくて、自然と笑みが零れた。
曲が終わったため、楓は軽く礼をして離れようとしたその時、す、とステファンに腕を取られた。
「……え?」
驚いて顔を上げると、ステファンが不思議そうな表情でこちらを見ていた。
「カエデ、どこ行くの?」
「え……?」
ステファンのその言葉に、逆に楓の方が戸惑ってしまった。
この国では通常、未婚の男女が同じ相手と続けて踊ることはない。
一曲踊り終えたら、次は別の相手と踊る。
同じ人と何度も踊るのは、夫婦や婚約者のような特別な関係の者同士だけだと、本に書いてあった。
だから当然、次は離れるものだと思っていたのに、ステファンは当たり前のように楓の手を取ったまま動かない。
「次の曲、始まるよ」
「……で、でも」
ずっと楓の手を離そうとしない彼に、楓は戸惑ってしまった。
(いいのかな……)
正直、他の人と踊る自信は全く無い。
けれど、だからといって自分はステファンと何曲も踊るような立場ではない。
だから、一曲踊り終えた後は、端の方で見ていようと思っていたのだ。
けれど、戸惑っている間に、次の曲が始まってしまい、自然な流れでステファンが楓を引き寄せた。
「ほら」
「あっ……」
結局、そのまま二曲目が始まってしまった。
けれど、ステファンはとても嬉しそうだった。
幸せそうに楓を見つめながら踊っている。
その視線があまりにも優しくて、楓の胸は、じんわりと甘く満たされていった。
三曲目、四曲目と、気付けば、何曲も踊っていた。
周囲の視線も、暗黙の了解も、全部忘れてしまうくらい、ただ、ステファンと一緒に踊る時間が幸せだった。
ステファンが愛おしそうに微笑むたびに、胸の奥が、どうしようもなく熱くなっていった。




