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ひとりぼっちの女子高生は、異世界の地でかつて救った孤独な王に溺愛される  作者: 陽ノ下 咲
一章 ひとりぼっちの女子高生と孤独な王

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第十六話 舞踏会に向けて

 その日の朝、楓はステファンと向かい合って朝食を取っていた。


 大きな窓から差し込む柔らかな朝日が、白いクロスの上を照らしている。

 食器の控えめな音だけが静かに響き、穏やかな空気が流れていた。


 ステファンは公務に追われ、朝食を共にできない日も少なくない。

 それでも彼は、出来る限り楓と食卓を囲もうとしてくれている。

 楓は、その心遣いがとても嬉しかった。


 最初は緊張していた王宮での生活も、今では少しずつ日常になりつつある。

 もちろん、自分が異世界にいるという実感が消えた訳ではない。

 それでも、こうしてステファンの隣で穏やかな朝を過ごしていると、不思議と心が安らいだ。


「カエデ」


 紅茶に口を付けていたステファンが、ふと楓を見た。


「一ヶ月後に、王宮主催の舞踏会があるんだ」

「え、舞踏会……!?」


 思わず楓の声が弾む。

 舞踏会というその響きだけで、胸が高鳴った。

 シャンデリアの下で、音楽に合わせて社交ダンスを踊る、豪華なドレスを着た貴族たち。

 まるで物語の世界のような光景が頭に浮かぶ。

 そんな楓の反応を見て、ステファンは小さく笑った。


「良かった。嫌そうな顔をされたらどうしようかと思った」

「嫌だなんて……!むしろ、すごく行ってみたい」


 初めての舞踏会に、もちろん緊張もある。けれど、それ以上にわくわくする気持ちが勝っていた。

 そんな楓を見つめながら、ステファンは静かな声で言った。


「ふふ。そっか、良かった。実はね、そこにカエデに、私のパートナーとして出席して欲しいと思っているんだ」

「……え?」


 一瞬、思考が止まる。


「パートナーって……私が?」

「うん。一緒に出てくれる?」


 彼の碧の瞳が真っ直ぐに楓だけを見つめている。

 胸がどくりと鳴った。


「わ、私は……もちろん、嫌じゃないけど……」


 むしろ、すごく嬉しい。

 けれど同時に、不安も押し寄せてきた。


「でも、私、ちゃんと出来るかな……」

「ん?ちゃんと出来るって、何が?」

「その……舞踏会の作法とか、ダンスとか……」


 王宮の書庫で、この国の歴史や文化について学んでいる楓は、既に多くのことを理解していた。

 宮廷晩餐会での作法について書かれた本も、この前目を通した記憶がある。

 必要な知識はおおよそ頭に入っていると思う。

 けれど。


「知ってるのと、実際に出来るのは違うし……」


 粗相をして、ステファンに恥をかかせてしまったらどうしようと思うと、急に不安になってくる。

 するとステファンは、安心させるように微笑んだ。


「ああ、それなら大丈夫だよ。マリアに指導に付いてもらうつもりだから」

「マリアが?」

「うん。礼儀作法とか立ち居振る舞いも、彼女から教わるといいよ」


 そこで一度言葉を切ると、ステファンは少しだけ視線を細めた。


「……それから、ダンスの練習もするだろうけど、絶対に他の男とはしないでね」

「え?」


 思わず目を瞬く。

 ステファンはさらりと言った。


「私が嫉妬してしまうから」

「……っ!」


 一気に頬が熱くなった。

 あまりにも自然に言われて、心臓が跳ねる。


「ダンスの練習なのに……?」

「うん、練習でも嫌だ」


 きっぱりと言い切られてしまう。

 しかも本人は真面目な顔をしているから余計に困る。

 楓が真っ赤になっていると、ステファンは満足気に笑った。


「安心して。マリアは男性パートも踊れるから。だから、それも彼女と練習してね」

「そ、そうなんだ……」

「うん、彼女はかなり上手いよ」




 ステファンの言葉通り、マリアの指導は見事なものだった。


「カエデ様、背筋が少し落ちていますわ」

「は、はい……!」

「視線は下げ過ぎず、自然に。歩幅はもう少し小さくなさって」


 優しい声音だが、適切に指摘が飛ぶ。

 舞踏会までの間、楓はマリアから徹底的に礼儀作法とダンスを叩き込まれることになった。


 最初の数日は本当に大変だった。

 姿勢や歩き方から始まり、扇の持ち方、ドレス姿での座り方、挨拶の角度、視線の向け方など、覚えることが山ほどある。


 しかもダンスは思っていた以上に難しかった。

 これまでの人生でダンスなど、習ったことはない。

 せいぜいあるとすれば、元の世界の体育の授業で習った創作ダンスくらいのもので、今練習している社交ダンスとは全くと言っていいほどの別物だった。


「きゃっ」

「カエデ様、そこで右足を出しては駄目ですわ」

「ご、ごめんなさい……!」


 簡単そうに見えて足の動かし方が意外と難しく、何度も足を踏みそうになり、そのたびにマリアに直される。

 だが、厳しい一方で、マリアは決して突き放したりはしなかった。


「焦らなくて大丈夫ですよ。最初から完璧に出来る人などいませんから」


 そう言って、根気強く教えてくれる。

 その丁寧な指導が、楓はとてもありがたかった。

 それに、書庫で読んでいた知識が役立つ場面も多かった。

 どの場面でどう振る舞うべきか、どの立場の相手にどう挨拶するのか、本で読んで理解していたおかげで、飲み込みはかなり早かったらしい。


「こういう時、本を読んでいて良かったって思うわね……」


 休憩中、楓がぽつりと零すと、マリアは少し驚いたように目を瞬いた。


「カエデ様は本当に熱心に勉強なさっていますものね」

「うん。知らないことばかりだったから、少しでも理解したくて……」


 異世界で生きていく以上、何も知らないままではいたくなかった。

 そんな楓を見つめ、マリアはふっと柔らかく微笑む。


「大丈夫ですわ。カエデ様は、元々立ち居振る舞いがとても綺麗ですから」

「え?」

「穏やかで所作も丁寧ですし、覚えも早い。きっとすぐに、舞踏会でも問題ない程度にはなれますよ」


 その言葉に、楓は少しだけ目を丸くした。


「……本当に?」

「ええ。ですから、自信を持ってください」


 優しい声音だった。

 胸の中にあった不安が、少しだけ軽くなる。

 失敗してしまわないか、不安はある。けれど、堂々とステファンの隣に立ちたいと、そう思った。


 あの人の隣で、恥ずかしくないように、少しでも相応しくなれるように。

 楓はそっと胸の前で手を握り締めた。




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