第十四話 何よりも大切な存在②(ステファン視点)
彼女の身体を抱きしめながら、周囲の視線が痛いほど集まっていることにも当然気づいていた。
謁見の間に突然現れた得体の知れない女性を、王自ら抱き締めているのだ。騒然としない方がおかしい。
ステファンはカエデを抱き寄せたまま、静かに周囲を見渡した。
「……本日の会議はここまでとする」
一瞬で空気が張り詰める。
「先ほど出た案件は、各自再検討を。後日、改めて議論の場を設ける」
淡々と告げながらも、腕の中のカエデからは決して離れない。
「詳しい説明は後日行う」
そして、静かに続けた。
「彼女は、私の古くからの知人であり、大切な人だ」
ざわり、と空気が揺れる。
けれどステファンは気にしなかった。
今は何より、カエデをこの場から離すことが最優先だと思った。
「それから、今ここで見たことは、私の許可なく口外するな」
あえてしようと思わずとも、自然と強い圧が言葉に籠った。
「はっ!」
騎士達が一斉に頭を垂れる。
それを確認した後、ステファンは小さく息を吐いた。
腕の中のカエデはまだ緊張しているようだった。
知らない場所へ突然連れて来られたのだから、当然だろう。
安心させてあげたくて、彼女の可愛い丸っこい頭にそっと触れると、優しい手つきで撫でた。
「大丈夫」
自然と声が柔らかくなる。
「私がいるから」
そう告げてから、ステファンは楓を抱え上げた。
抱き上げたカエデは驚くほど軽かった。
腕の中にすっぽりと収まる、小さくて柔らかな身体を意識してしまい、どくりと心臓が跳ねた。
本当にどこもかしこも可愛すぎて困る。
けれど次の瞬間、カエデが慌てた声を出した。
そこで初めて、自分が彼女を肩に担ぎ上げる形になっていることに気付いた。
「あ……」
途端、しまったと反省した。
早くこの場から離れたいという思考しかなかったせいで、完全に運び方を間違えた。
流石にこれは駄目だろうと、ステファンはすぐにカエデを抱え直し、丁寧な動作で横抱きにした。
「ごめんね、カエデ」
困ったように眉を下げる。
「俵担ぎみたいに運ぶだなんて、どう考えても失礼だった」
するとカエデが真っ赤になって視線を逸らした。
その反応があまりにも可愛くて、思わず笑みが零れた。
*
それからも、彼女の前では常に、自然と優しい態度になった。
冷酷な判断も、腹の内の黒さも、己の計算高さも、彼女には出来れば見せたくないと思った。
彼女と居る時間だけは、一国の王としてではなく、ただのステファンで居たかった。
彼女といるだけで、心が癒される。
いつでも笑っていてほしいと思う。
その身体に優しく触れて、抱きしめたいと願ってしまう。
少し不器用な愛し方だと、自分でも分かっている。
もっと自然に、甘やかせたらいいのに。
もっと上手く、思いを伝えられたらいいのにと、そう強く思う。
けれど、どうしても加減が分からない。
ただ、何よりも大切にしたい。
それだけは、昔からずっと変わらなかった。
本当は、帰ってほしくない。
元の世界へ戻らず、ずっとこの国で、自分の隣に居てほしい。
けれど、その願いだけは口に出来ない。
ーーずっとこのままって訳にもいかないでしょ?
以前、カエデはそう言った。
彼女は元の世界に帰りたがっている。
そんな相手に、「ここに居てほしい」などと言えば、困らせるだけだ。
優しいカエデは、きっと悩んでしまう。
だから、言えない。
どれだけ彼女のことが好きで、どれだけ失いたくないと思っていても、ステファンは、切ないその想いを口に出すことはなく、胸の奥で閉じ込め続けていた。




