第八話:選ばれたわけじゃない
眠れなかった。
目を閉じても、浮かぶのはあの三秒。
止まった世界。
そして、ユウリのヒビ。
カイトは天井を見ていた。
暗い。
静かすぎる。
「……なんで俺なんだよ」
小さく呟く。
誰もいないはずの部屋。
だが「偶然じゃないよ」
声がした。
跳ね起きる。
窓が開いている。
そこに、座っている影。
ユウリだった。
月明かりの中で、
静かにこちらを見ている。
「……またそこからかよ」
カイトがため息をつく。
ユウリは少しだけ首を傾げる。
「入りやすい」
真顔で言う。
カイトはツッコむ気も失せる。
「で?何が偶然じゃないって?」
ユウリは少しだけ考える。
言葉を選ぶように。
「見つけたから」
カイトの眉が寄る。
「……は?」
ユウリは続ける。
「歪みの中で、一番強かった。流れてない感情。」
「止まってるもの」
一歩、部屋に入る。
「だから分かった」
カイトの目を見る。
「ここにいるって」
カイトは黙る。
図星だった。
書けなかった理由。
止まっていた時間。
全部。
「……それってさ」
カイトが言う。
「ただ詰まってただけだろ。何もできなかっただけだ。」
ユウリは否定しない。
「そう」
あっさりと。
「でも」
少しだけ近づく。
「だから繋がった」
その言葉に、違和感が残る。
カイトが聞く。
「繋がるってなんだよ」
ユウリは少しだけ、机の上のノートを見る。
閉じられたままのそれ。
「あなたの世界と、こっち」
「途中まで、同じ」
カイトの思考が止まる。
「……は?」
ユウリは静かに言う。
「知ってるでしょ、少し先のこと」
カイトの手が、わずかに震える。
頭の奥、浮かぶ。
“彼女は、すべてを引き受ける”
「……」
言葉が出ない。
ユウリは続ける。
「だから来れた」
「だから、あなたにしか頼めない」
静かに。
「創造主だから」
その言葉が、部屋に落ちる。
重く。
カイトが顔を上げる。
「……やめろよ、それ」
「そんな大層なもんじゃねえ」
ユウリは少しだけ首を振る。
「でも現実に、変えてる」
ノートを見る。
カイトの書いた一行。
あの三秒。
否定できない。
カイトは目を逸らす。
「……選ばれたわけじゃねえだろ」
小さく言う。
「ただ、たまたま引っかかっただけだ」
ユウリは少しだけ考える。
そして、静かに言う。
「それでいい」
カイトが顔を上げる。
「は?」
ユウリは続ける。
「選ばれなくても、ここにいるなら、意味はある」
シンプルだった。
でも。
妙に、刺さる。
カイトはしばらく何も言えなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……雑だな」
ユウリは少しだけ首を傾げる。
「そう?」
「そうだよ」
カイトは笑う。
少しだけ。
「でもまあ」
ノートに手を置く。
「そのくらいでいいのかもな」
その時。
警報が鳴る。
短く、鋭い音。
「……来たか」
カイトが立ち上がる。
ユウリも動く。
外縁区画。
歪みは少ない。
だが、質が違う。
一体。
ゆっくりと、立っている。
形が、はっきりしている。
「……濃いな」
レンが低くブレードを構える。
「新種か?」
デイジーの声。
『高密度歪み体』
『感情強度が異常』
カイトが息を飲む。
その歪みが、動く。
遅い。
だが重い。
空気が押し潰される。
レンが踏み込む。
斬る。
だが、止まる。
刃が、弾かれる。
「……は?」
初めての反応。
レンが距離を取る。
「硬えな」
ユウリの腕が光る。
ヒビ。
また、広がる。
カイトが歯を食いしばる。
「……使うか」
ノートを開く。
だが、止まる。
ルール。
連続使用禁止。
負荷。
ユウリ。
一瞬の迷い。
その間に、歪みが動く。
レンに迫る。
間に合わない。
カイトが決める。
「一秒」
小さく言う。
書く。
“敵は、一秒間、動きを止める”
発動。
世界が止まる。
一秒。
レンが理解する。
一閃。
核を捉える。
時間が戻る。
歪みが、崩れる。
静寂。
カイトは息を吐く。
ユウリを見る。
ヒビ。
さっきほどじゃない。
でも確実に進んでいる。
デイジーの声。
『負荷、軽減確認』
『短時間なら許容範囲』
レンが振り返る。
「いい判断だ」
カイトは肩をすくめる。
「仕方ねえだろ」
ユウリが小さく言う。
「……ありがとう」
その言葉に、少しだけ間ができる。
カイトは視線を逸らす。
「別に」
小さく言う。でも。
ノートを握る手は、もう迷っていなかった。




