第四十一話:境界
医療区画。
白い静かすぎる空間。
機械音だけが、一定のリズムで鳴っている。
ユウリは、ベッドに横たわっていた。
目は閉じていて、眠っているように見える。
だがその内側は、静かではない。
デイジーがモニターを見る。
「……やっぱり」
小さく呟く。
レンが壁にもたれている。
右腕は応急処置で固定されている。
それでも、視線はユウリから離れない。
「何がだ」
デイジーが答える。
「波形が二重になってる」
モニターの青いラインを指す。
その上に黒いノイズが重なっている。
「完全に分離せずに、同じ場所に……二つある」
レンが眉をしかめる。
「……人格か?」
デイジーは少し迷う。
「……それに近い」
曖昧だが否定はしない。
ファリンが腕を組む。
冷静なで鋭い視線。
「暴走のリスクは?」
本質を問う。
デイジーが答える。
「ある。むしろ今の方が不安定」
空気が、一気に重くなる。
レンが小さく舌打ちする。
「結局それかよ」
助けたはずなのに、終わっていない。
ファリンが言う。
「……最悪の場合」
少しだけ間を置く。
「再排除が必要になる」
レンの空気が変わる。
「……ふざけんな」
ファリンは視線を逸らさず、冷静に言う。
「現実よ」
「制御不能なら、被害が出る前に――」
レンが遮る。
「やらせねえ」
迷いはない。
ファリンが言う。
「じゃあどうするの」
正面から、逃がさない問い。
レンは頭を回転させたが、答えが見つからなかった。
その時、ユウリの指がわずかに動く。
全員の視線が向く。
静寂の中、ゆっくりと目が開く。
ぼやけた瞳。
焦点が少しずつ合っていく。
「……ここ」
小さな声。
間違いなくユウリの声。
レンが一歩近づく。
「ユウリ」
ユウリの目がレンを捉える。
数秒。
「……レン」
はっきりと名前を呼ぶ。
レンの表情が緩む。
「……ああ」
安心する。
だがユウリの瞳がノイズが走るように揺れる。
目の一部が黒くにじむ。
「……まだ」
二つの声が重なる。
ユウリの声と、もう一つ。
「……いる」
デイジーが息を呑む。
ファリンも動けない。
ユウリが、ゆっくりと起き上がる。
不安定な体を起こすユウリをレンが支える。
「無理すんな」
ユウリが首を振る。
「……ちがう」
小さく言う。
「わたし、ひとりじゃない」
本人の認識として“二つある”。
ユウリが胸に手を当てる。
「ここに……いる」
苦しそうに目を閉じる。
「……いたい」
その時空気がわずかに歪む。
一瞬だけ黒い影が、ユウリの背後に揺れる。
グロキシニアの輪郭。
完全ではないが、確かに“いる”。
ファリンが反射的に一歩下がる。
「……やっぱり」
危険だと、理解している。
ユウリが、小さく言う。
「……ちがう」
苦しそうに。
「これ……わたし」
全員が止まる。
レンが呟く。
「……は?」
ユウリが続ける。
「……わたしの、こえ」
「……のこったやつ」
断片的だが、意味は明確。
グロキシニアは別の存在ではない。
“ユウリの一部”。
消えなかった感情そのもの。
デイジーが震える声で言う。
「……じゃあ」
「消したら……」
言い切れない。
ファリンが代わりに言う。
「ユウリも消える可能性がある」
沈黙。
レンがゆっくりと息を吐く。
「……やっぱりな」
最初から覚悟はできている。
ファリンが言う。
「でも放置もできない」
逃げられない現実。
ユウリが顔を上げる。
少しだけしっかりした目。
「……だいじょうぶ」
小さく言うと全員が見る。
ユウリは続ける。
「……わたしが、やる」
レンが眉をしかめる。
「何をだ」
ユウリが言う。
「……まとめる」
意味は曖昧だが直感で分かる。
“共存”ではなく、“統合”。
ファリンの目が細くなる。
「……できるの?」
ユウリは少しだけ笑う。
そしてはっきりと言う。
「……やる」
まだ不安定だが、決意が確かにある。




