第四十話:残ったもの
黒い煙が、ゆっくりと晴れていく。
焼け焦げた空気。
リアクター内部は、静まり返っていた。
さっきまでの暴走が嘘みたいに。
ただ、“何かが変わった”気配だけが残っている。
レンは、その場に膝をついていた。
荒い呼吸。
腕の中にはユウリ。
確かにいる。
小さく、息をしている。
「……はは」
笑いが漏れる。
安堵。
間に合った。
その時、ポタッ。
赤いものが落ちる。
レンの視線が、ゆっくりと下がる。
自分の右腕。
肘から先が、ひどく焼けている。
皮膚が裂け、黒く焦げている。
一部は、崩れている。
感覚がない。
遅れて、激痛が走る。
「……っ!!」
歯を食いしばり、声を殺す。
遅れて理解する。
あの中に腕を突っ込んで引きずり出した瞬間、
“持っていかれた”。
グロキシニアの内側。
感情の渦。
あれは、ただのエネルギーじゃない。
“存在そのものを削るもの”。
レンが小さく笑う。
「……安いもんだろ」
震える声に後悔はない。
腕よりも、守れたことの方が大きい。
「レン!!」
ファリンが駆け寄る。
その腕を見て、言葉を失う。
「……なに、これ」
レンは軽く言う。
「ちょっと失敗しただけだ」
軽口。
ファリンが強く言う。
「応急処置する!」
レンは首を振る。
「後でいい」
視線は、ユウリに向いている。
それしか見ていない。
「……生きてるか」
小さく呟く。
青白いユウリの顔。
だが、呼吸はある。
確かに、存在している。
デイジーの声が通信から響く。
「ユウリのバイタル確認!」
「……ある!」
安堵の声。
だが、次の言葉で空気が変わる。
「でも……おかしい」
レンが眉をしかめる。
「何がだ」
デイジーが続ける。
「感情波形が……安定してない」
モニター越しの声。
震えている。
「複数ある」
沈黙。
ファリンが顔を上げる。
「……複数?」
デイジーが言う。
「一人じゃない」
「ユウリの中に……」
言いづらそうに、続ける。
「グロキシニアの反応が残ってる」
空気が凍る。
レンの表情が固まる。
「……は?」
理解が追いつかない。
デイジーが必死に説明する。
「完全に分離できてない!」
「一部が……残ってる!」
ファリンが呟く。
「……そんな」
最悪の想定。
まだ終わっていない。
ユウリが、小さく動く。
ピクッと、指が震える。
レンの呼吸が止まる。
「……ユウリ?」
ゆっくりと目が開く。
虚ろな瞳。
焦点が合っていないが口が動く。
「……レン」
はっきりと、名前を呼ぶ。
レンの顔が一気に緩む。
「……ああ」
安堵するが、ユウリの目がわずかに揺れる。
ノイズのように。
黒が、一瞬だけ混ざる。
そして「……いたい」
声が変わる。
重なる。
ユウリの声と、別の何か。
「……まだ、ある」
レンの背筋が凍る。
ファリンも、息を呑む。
デイジーが震える声で言う。
「……これ」
「共存してる……?」
ユウリが、ゆっくりと顔を上げる。
視線が、レンを捉える。
その奥に、もう一つの気配。
消えていない。
確実に残っている。
グロキシニア。
「……カイト」
ユウリが呟くと、レンが振り向く。
床に倒れているカイト。
動かない。
「……おい」
嫌な予感。
ファリンが駆け寄る。
脈を確認する。
「……生きてる」
顔が青ざめる。
「でも……」
言葉が止まる。
レンが問う。
「なんだよ」
ファリンが言う。
「“消えかけてる”」
沈黙。
意味が分からないが、直感で理解する。
代償。
カイトが、“削れている”。
ユウリを戻して、世界に干渉した反動。
「……ふざけんなよ」
レンが呟く。
拳を握る。
片腕は、もう使えない。
それでも立ち上がる。
「……終わってねえな」
低く言う。
その目は、完全に戦場のそれ。
守るものが、増えた。
失えないものが、増えた。
「全部、守る」
カイトの言葉を、なぞるように。
そのまま、自分の言葉にする。




