第三十九話:固定
リアクターの中心。
空間が、歪んでいる。
黒い感情が渦を巻き、濁流のように流れている。
その中央に青い光”グロキシニア”
崩れかけの存在。
「……ァ……」
途切れそうな、微かな声。
レンが一歩前に出る。
「……間に合えよ」
小さく呟く。
カイトがノートを開き、ペンを握る。
震えている。体じゃない。
“本能”が拒否している。
「……これやると、たぶん、ヤバい」
レンが笑う。
「今さらだろ」
カイトも苦く笑う。
「違いねえ」
ファリンは何も言わない。
ただ、見ている。
この選択の先を。
カイトが深く息を吸う。
「……いくぞ」
ペンをノートに走らせて、言葉を書く。
――“時間を固定する”
その瞬間空間が止まり、音が消える。
黒の流れが止まる。
崩れかけていたグロキシニアが、そのままの形で固定される。
レンの目が見開かれる。
「……止まった」
時間が完全に止まっている。
ファリンも息を呑む。
「……本当に……」
信じられない光景。
カイトが膝をつく。
「っ……!!」
脳を直接焼かれるような激痛に頭を押さえる。
視界が揺れる。
「カイト!!」
デイジーの声が、通信越しに響く。
「何やってるの!?」
カイトは答えられない。
叫ぶ。「今のうちにやれ!!」
止まった世界の中で、唯一動ける存在であるレン。
一気に距離を詰める。
グロキシニアの前に立つ。
目の前に青いヒビ。
その奥にユウリがいる。
苦しそうに、閉じ込められている。
レンが手を伸ばす。
「……今度は」
低く言う。
「間に合わせる」
その時ファリンが叫ぶ。
「待って!!」
レンが振り向いて止まる。
ファリンが走ってくる。
「無理に引き剥がしたら、崩壊する!」
「リアクターごと暴走するわ!」
正しく、冷静な分析。
レンが歯を食いしばる。
「じゃあどうすんだよ!!」
ファリンは一瞬迷う。
「同調させる」
レンが眉をしかめる。
「……は?」
ファリンが続ける。
「リアクターとの同期を、一瞬だけずらす」
「完全に切るんじゃない」
「“外に引き出す隙間”を作る」
カイトがかすれた声で言う。
「……できんのか」
ファリンは即答しない。
「……やるしかないでしょ」
完全に、こちら側に踏み込んだ。
レンが笑う。
「いいじゃねえか」
ファリンが端末を操作する。
リアクター制御。
危険な領域で通常なら許可されない限り操作できない。
だが、王家の力を行使して迷わず操作する。
「同期率、微調整」
「3%だけズラす」
カイトが顔を上げる。
「それで足りるのか」
ファリンが答える。
「足りなきゃ終わりよ」
「……行くわよ」
カウントを取る。
「3」
レンが構える。
「2」
カイトが歯を食いしばる。
固定が、限界に近い。
「1」
ファリンが操作する。
その瞬間、ドクン。
リアクターが、一度だけ大きく脈打つ。
止まっていた世界に、“ズレ”が生まれる。
グロキシニアのヒビが、わずかに開く。
「今!!」
レンが青い光の中へ手を突っ込む。
熱い。
焼けるような感覚。
それでも、掴む。
「……っ!!」
確かな感触。
“手”。
小さな手。
ユウリ。
レンが叫ぶ。
「掴んだ!!」
カイトが叫ぶ。
「引け!!」
レンが力を込める。
引きずり出す。
その瞬間、固定が崩れる。
カイトのペンが止まる。
「っ……!」
世界が動き出すとともに時間が流れ込む。
同時に、グロキシニアが暴れる。
崩壊が加速する。
「……ァァァ!!」
悲鳴。
リアクターが暴走し警報が鳴り響く。
「臨界突破」
「制御不能」
空間が裂ける。
レンが叫ぶ。
「引けええええ!!」
全力で引く。
光が弾ける。
ユウリの体が半分、外に出る。
だが、まだ繋がっている。
「まだだ!!」
その時、ファリンが叫ぶ。
「レン!!離れて!!」
レンが振り向く。
次の瞬間、巨大なエネルギーが、中心に収束する。
爆発寸前。
カイトが叫ぶ。
「まだ終わってねえ!!」
ノートに、無理やり書き込む。
――“繋がりを維持したまま、分離する”
矛盾したありえない記述。
世界が軋む。
バキッ――
何かが壊れる音。
カイトの意識が、飛びかける。
それでも、
「……いけええええ!!」
レンが最後の力で引く。
光が弾ける。
そして――
ユウリが、外に落ちる。
同時に。
グロキシニアが、崩壊する。
黒い歪みが一気に消える。
黒い煙の間がから差し込む光が消えていく。
レンが息を荒げる。
腕の中を見る。
そこに少女がいる。
ユウリ。
確かに、存在している。
「……はは」
小さく笑う。
「やった……」
その瞬間、カイトが倒れる。
ドサッ。
「カイト!!」
ファリンが駆け寄る。
完全に意識がない。
ノートが静かに床に落ちる。




