第三十八話:侵入
低く、不快な警報音が鳴り響く。
リアクター区画。
封鎖寸前。
「侵入制限、レベル3に移行」
無機質なアナウンス。
時間がない。
レンが走る。
その隣を、カイトが支えられながら進む。
完全じゃない体。
それでも、止まらない。
「……間に合うか」
カイトが呟く。
レンが短く返す。
「間に合わせる」
迷いはない。
二人は、封鎖ゲートを突破する。
その先、リアクター内部。
空気が重くなる。
息が詰まるような感情の濁流。
「……これ全部、溜まった感情だ」
カイトが顔をしかめる。
レンが周囲を見渡すと、黒い揺らぎ。
音にならない声。
「……気持ち悪いな」
カイトが言う。
「流れきれなかったやつだ」
「残ったまま、腐ってる」
その中心の青い光が揺れている。
グロキシニア。
まだ、消えていないが限界が近い。
崩壊寸前。
「……あそこだ」
レンが踏み出そうとする。
その時。
「止まりなさい」
二人の動きが止まる。
振り向くとファリン。
共鳴兵装まで装備した、完全武装。
表情は、いつも通り冷静。
だが目だけが、少し違う。
「ここは封鎖区域よ」
淡々とした声。
「命令違反」
レンが舌打ちする。
「来ると思ったぜ」
ファリンは無視する。
視線はカイトへ。
「あなたが原因ね」
カイトは否定しない。
「そうだよ」
まっすぐ答える。
ファリンの視線がほんの一瞬だけ揺れる。
「引き返して。これ以上は危険。」
レンが前に出る。
「無理だな」
ファリンの目が細くなる。
「……排除対象よ」
レンが返す。
「違う」
間髪入れずに返す。
空気がぶつかる。
「感情の残滓よ」
「ユウリだ」
完全に対立する二人。
カイトが口を開く。
「まだ間に合う」
ファリンを見る。
「助けられる」
その言葉が刺さる。
ファリンの指先がわずかに震える。
だが、すぐに押さえ込む。
「……不可能よ」
冷静に。
「リアクターと完全同期してる」
「引き剥がせば暴走する」
カイトが頷く。
「だから止める」
ノートを取り出す。
「一瞬だけ」
ファリンの目が変わる。
「……何をする気」
カイトが言う。
「物語を固定する」
理解が追いつかない。
だが、危険性だけは伝わる。
ファリンが一歩踏み出す。
「やめなさい」
声が強くなる。
「それ、リアクターに干渉するレベルじゃない」
「世界ごと壊れる」
カイトは笑う。
「知ってる」
ファリンの表情が歪む。
「じゃあなんで――」
言い切る前にカイトが言う。
「ユウリがいるから。それだけ。」
ファリンが言葉を失う。
一瞬で正しさを揺らすその言葉はずるい。
レンが言う。
「ファリン、もう一回聞く」
目を見て。
「お前、あれ見てどう思った」
ファリンの呼吸が止まる。
頭の中に、あの光景が蘇る。
揺れる輪郭、少女の形。
「……やめて」
あの声。
「……こわい」
震えていた。確かに“ユウリだった”。
「……っ」
否定する言葉が出ない。
でも認めたら、全部崩れる。
「……私は」
やっと出た声。
震えている。
「私は……」
レンが静かに言う。
「守れなかったんだよな」
ファリンの目が見開かれる。
「……だから今度は守る」
レンの声は、静かだが強い。
「俺はそうする」
カイトも言う。
「俺も」
沈黙。
二人のまっすぐな視線。
逃げ場はない。
ファリンの手が、震える。
銃を握る手。
引き金にかかる指。
撃てる。
止められる。
“正しい選択”。
だが、撃てない。
「……なんで」
小さく呟く。
「なんでそんな顔できるのよ」
レンが少し笑う。
「決めたからだろ」
カイトが続ける。
「お前も決めろ。正しい方じゃなくて、自分で。」
数秒の沈黙。
永遠のような時間。
そしてファリンは――
銃を、ゆっくり下げる。
不本意だが視線を逸らす。
「……見逃したわけじゃない」
小さく言う。
「ただ」
少しだけ間を置く。
「証明しなさい」
顔を上げる。
強い目。
「それが“ユウリ”だって」
完全な合流ではない。
だが、敵でもない。
レンが笑う。
「上等」
カイトも頷く。
「見せるよ」
三人が、同じ方向を見る。
リアクターの中心部、青い「グロキシニア。」
そこに向かって、もう止まらない。




