第三十一話:正しすぎる答え
目を開けた瞬間、世界が重かった。
天井。
見慣れたはずの景色。
だが、どこか遠い。
「……っ」
体が、うまく動かない。
意識がまだ完全じゃない。
それでも覚えている。
はっきりと。
「……ユウリ」
その名前が、口から漏れる。
すぐに、足音。
デイジーが駆け寄る。
「カイト!」
安堵と焦りが混ざった声。
「起きたの!?」
カイトはゆっくりと視線を動かす。
「……どこだ」
掠れた声。
デイジーが一瞬迷う。
「……リアクターは、安定してる」
「でも……」
言葉を濁す。
カイトが察する。
「いるんだろ」
沈黙。
それが答えだった。
カイトが体を起こそうとする。
「待って!」
デイジーが止める。
「まだ無理だよ、体――」
カイトが遮る。
「聞こえたんだ」
その一言で、空気が変わる。
「……え?」
「ユウリの声が」
はっきりと言い切る。
デイジーの目が見開かれる。
「……本当に?」
カイトが頷く。
「助けてって言ってた」
沈黙。
その言葉は軽くない。
確定的な意味を持つ。
その時「興味深い」
別の声。
冷たい。
振り向くとそこにいる、アルト。
変わらない無表情。
感情のない目。
「意識が不安定な状態での幻聴と推測される」
淡々とした声。
カイトが睨む。
「違う」
即答。
アルトは一切揺れない。
「証明は?」
短く問う。
カイトは言葉に詰まる。
だが、引かない。
「……ある」
絞り出す。
「俺は知ってる。この世界のことを」
「ユウリのことも」
アルトの目が、わずかに細くなる。
「主観的情報だ。信頼性に欠ける」
完全な否定。
カイトが拳を握る。
「じゃあ、あれは何だよ!!」
声を荒げる。
「ただのノイズにしてはおかしいだろ!!」
アルトは即答する。
「未処理の感情だ」
一切の迷いなく。
「循環から外れ、沈殿し、異常個体化したもの」
「それ以上でも、それ以下でもない」
言い切る。
「排除すべき対象だ」
部屋の温度が一気に下がる。
カイトが睨みつける。
「……それが正しいって言うのか」
アルトは頷く。
「正しい」
一切の躊躇なく。
「リアクターの安定、世界の維持、被害の最小化」
一つずつ並べる。
「全ての条件を満たす最適解は“排除”だ」
完全な答え。
完璧な理屈。
否定できない。
だがカイトは首を振る。
「……それでも違う」
アルトの目が、わずかに動く。
「理由は?」
カイトは答える。
迷わず。
「そこに“ユウリ”がいる」
沈黙。
アルトは数秒だけ考える。
そして結論を出す。
「誤認だ」
冷たく切り捨てる。
「個体はすでに消失している」
「残っているのは感情の残滓のみ」
「人格は存在しない」
断定。
カイトが一歩前に出る。
「じゃあなんで呼んだ」
低く言う。
「なんで“カイト”って言った」
アルトは即答する。
「記録の再生だ。過去に接触した情報の模倣」
一切ブレない。
カイトが叫ぶ。
「違う!!」
部屋に響く。
「怖いって言ってた」
「痛いって言ってた」
「助けてって――」
言葉が震える。
「それが“残滓”なわけあるかよ」
沈黙。
アルトがゆっくりと口を開く。
「感情は情報だ」
静かに。
だが、鋭く。
「情報は再現される」
「そこに“意思”は不要だ」
カイトが言葉を失う。
論理としては、正しい。
だが何かが、決定的に欠けている。
アルトが続ける。
「君は誤認している」
「対象に意味を見出しすぎている」
「それは危険だ」
一歩、近づく。
「世界を壊す」
その一言が重く、落ちる。
カイトは、ゆっくりと顔を上げる。
目が変わっている。
迷いが消えている。
「……壊れるなら」
小さく言う。
全員が息を呑む。
「それでもいい」
静かに。
だが、はっきりと。
「ユウリを消すくらいなら」
空気が凍る。
デイジーが目を見開く。
レンも、言葉を失う。
ファリンだけが、目を閉じる。
そしてアルトが言う。
「非合理だ」
即答。
「その選択は、全体を破綻させる」
カイトが返す。
「じゃあ聞くけどさ」
睨む。
「“正しいから”って理由で、大事なもん全部捨てるのかよ」
沈黙。
アルトは、ほんのわずかだけ、
言葉を選ぶ。
だが、答えは変わらない。
「必要ならば、捨てる」
その一言。
決定的だった。
カイトは、小さく笑う。
「……そっか」
視線を落とす。
そして、もう一度上げる。
「じゃあ俺は逆やるわ」
はっきりと言う。
「全部残す」
宣言。
物語の方向が、決まる。
アルトが言う。
「不可能だ」
カイトが返す。
「やる。俺が書く」
ノートを見る。
「消えない結末を」
沈黙。
その中でリアクターがわずかに脈打つ。
ドクン。
まるで、その言葉に応えるように。




