第三十話:声
どこまでも暗い。
上下も、左右も、分からない。
音もない。
ただ、静寂だけがある。
その中に、カイトはいた。
「……ここ」
声が、吸い込まれる。
返ってこない。
足元の感覚もない。
浮いているのか、立っているのかすら分からない。
夢。
そう思うには、あまりにも鮮明だった。
「……」
ゆっくりと、周囲を見る。
何もない。
だが。“何かがある”。
そんな感覚だけがある。
その時。
――ドクン。
音。
どこからか響く。
カイトが顔を上げる。
「……心臓?」
もう一度。
ドクン。
少しだけ、近い。
音の方向へ歩く。
歩けているのかも分からないまま、進む。
暗闇の奥。
微かに、光が見える。
青い光が揺れている。
「……あれ」
少しずつ、近づく。
はっきりしてくる。
ヒビ。
空間に走る、青い亀裂。
見覚えがある。
「……ユウリ」
思わず、口に出る。
その瞬間、光が、揺れる。
まるで、反応したかのように。
カイトが一歩踏み出す。
手を伸ばす。
触れようとした、その時。
「……カイ……ト」
声。
呼吸が止まる。
「……え」
もう一度。
「……カイト」
今度は、はっきりと。
その声は間違いなくユウリだった。
カイトの目が見開かれる。
「……ユウリ?」
光が、強くなる。
ヒビの奥にぼんやりと、人の形。
不完全な輪郭が揺れている。
崩れそうなまま、保っている。
「……そこにいるのか」
近づく。
だが距離が縮まらない。
歩いているはずなのに、届かない。
ユウリの声が、かすかに響く。
「……いたい」
その一言で、空気が変わる。
カイトの顔が歪む。
「……何がだよ。どこが痛いんだ」
返事はない。
ただ、光が揺れる。
そして。
「……やめて」
カイトが息を呑む。
「……誰が?」
分かっている。
それでも聞く。
「……みんな」
小さな声。震えている。
「……こわい」
その言葉が胸に刺さる。
カイトが拳を握る。
「……待ってろ」
低く言う。
「今、行く」
一歩踏み出す。
だがその瞬間。空間が歪む。
青いヒビが大きく揺れる。
ユウリの形が、崩れる。
「……っ」
カイトが手を伸ばす。
「ユウリ!!」
届かない。
距離が、無限に遠い。
ユウリの声が、途切れ途切れに響く。
「……カイト」
「……ここ」
「……くらい」
「……こわい」
言葉が、崩れていく。
カイトが叫ぶ。
「どこだよ!!」
「どうすればいい!!」
返事はない。
ただ最後に、かすかに聞こえる。
「……たすけて」
その瞬間光が、弾ける。
暗闇が崩れる。
視界が、白に塗り潰される。
現実。
カイトの指が、大きく動く。
呼吸が荒くなる。
「……っは……!」
目が、開く。
天井。
見慣れた、部屋。
だが意識は、完全には戻っていない。
ぼやけたまま。
デイジーの声がする。
「……カイト?」
遠くから。
「今……動いた?」
レンの声。
「マジか」
カイトは、言葉にならない声を出す。
「……ユウリ」
その名前だけが、はっきりと出る。
デイジーが駆け寄る。
「カイト!!」
だが、カイトの意識はまた沈む。
完全には戻らない。
それでも一つだけ、残る。
確信。
「……いる」
小さく呟く。
誰にも聞こえないほどの声。
「……まだ、いる」
リアクターの奥。
観測不能領域。
青いヒビが、わずかに強く光る。
まるで。
呼応するように。




