第三話:均衡装置
外とは明らかに、空気が違った
歪みが少なく、安定している。
「……ここが本部?」
カイトが周囲を見回す。
地下施設。
無機質な壁。
だが、人の気配がある。
忙しそうに動いている
「一応ね」
ユウリが答える。
「完全じゃないけど」
その言葉の意味を考える前に、声が飛んできた。
「ユウリ!!」
勢いよく、一人の少女が走ってくる。
白衣、雑に結ばれた髪。
目だけがやけに鋭い。
そのままユウリの腕を掴む。
「また出力上げたでしょ!」
怒っている。
でも、その奥に焦りがある。
「ヒビ、進んでるじゃん!」
カイトの視線が、自然とそこに向く。
やはり。
さっきより増えている。
ユウリは少しだけ目を逸らす。
「必要だったから」
あっさりと。
少女は舌打ちする。
「“必要”で壊れたら意味ないでしょ」
そして、ようやくカイトに気づく。
「……誰?」
観察する鋭い視線。
ユウリが言う。
「外側の人」
一瞬、空気が変わる。
少女の目が見開く。
「……は?」
次の瞬間、距離が詰まる。
カイトの目の前。
近い。
「ちょっと待って」
ぐいっと顔を覗き込まれる。
「え、何それ」
「なんで普通に立ってんの」
「影響受けてないの?」
質問が速い。
カイトが一歩引く。
「いや知らねえよ」
少女は気にしない。
ぐるぐるとカイトの周りを回る。
「え、マジで?」
「これ、数値どうなってんの……」
独り言が止まらない。
ユウリが小さく言う。
「デイジー」
名前を呼ばれて、ようやく止まる。
「……ああ、ごめん」
軽く手を振る。
「研究部のデイジー」
「で、君が“原因”?」
カイトが眉をひそめる。
「原因?」
デイジーは端末を操作する。
空中に、波形が浮かぶ。
ぐちゃぐちゃだ。
一箇所だけ、異様に歪んでいる。
「これ」指さす。
「全部ここに引っ張られてる」
カイトの位置。
「……は?」
「感情の流れ」
デイジーは続ける。
「普通は循環するの。でも君のは違う」
画面を拡大する。
「流れずに、溜まってる」
カイトの背筋が冷える。
ユウリの言葉が蘇る。
“流れない感情は、歪む”
デイジーが言う。
「だから歪みが発生する」
「そして――」
一瞬、ユウリを見る。
「処理は全部、こっちに来る」
ユウリの腕、ヒビ。
沈黙。
カイトがゆっくり言う。
「……それ、つまり」
デイジーが頷く。
「ユウリの負担を、君が増やしてる」
はっきりと。
空気が重くなる。
カイトは何も言えない。
理解はできる。
でも、認めたくない。
ユウリが口を開く。
「問題ない」
またそれだ。
カイトが即座に言う。
「問題あるだろ」
ユウリを見る。
「さっきからそればっか言ってるけど、それで壊れたら終わりだろ」
ユウリは答えない。
デイジーが代わりに言う。
「終わるよ」
淡々と。
「ユウリが限界超えたら、均衡が崩れる」
「リアクターが暴走する。で、世界終了」
軽い口調。
でも、内容は重い。
カイトが息を飲む。
「……リアクター?」
デイジーが頷く。
少しだけ楽しそうに。
「正式名称」
少し間を置く。
「感情循環型エネルギー統合炉――」
画面が切り替わる。
巨大な構造体の中心に、脈打つ光。
「エモーション・リソース・リアクター」
低く言う。
「この世界の心臓」
カイトは見上げる。
圧倒的な存在感。
「感情を吸い上げて循環させ、エネルギーに変える」
デイジーの声。
「でも今は」
指を動かす。
波形が歪む。
「循環してない。どっかで詰まってる」
カイトが小さく言う。
「……俺か」
デイジーは否定しない。
「一因ではあるね」
さらっと言う。
ユウリが静かに言う。
「だから来た」
カイトをまっすぐ見る。
「止めるために」
その言葉に、逃げ場はなかった。
カイトはノートを握る。
まだ、白いページがある。
途中で止まったまま。
「……どうすればいい」
初めて、自分から聞く。
デイジーが少しだけ笑う。
「いいね、それ」
指を立てる。
「まず現状把握、次に原因特定」
「最後に――」
一瞬、
間を置く。
「壊すか、直すか」
軽く言う。
カイトが顔を上げる。
「壊す?」
デイジーは肩をすくめる。
「最適解ならね」
ユウリは何も言わない。
ただ、静かに立っている。
その腕のヒビが、ゆっくりと、確実に、広がっていることに、
まだ、誰も気づいていない。




