第二話:壊れかけた世界の音
落ちる感覚だった。
浮いているのに、落ちている。
矛盾した感覚が全身を引き裂く。
「……っ!」
カイトが目を開ける。
空、ではない。
空間が歪んでいる。
色が滲み、形が定まらない。
「なんだよ…ここ」
足元を見る。
地面はある。だが、ところどころ崩れている。
ノイズみたいに、消えては現れる。
現実じゃない。
そう、直感する。
「…着いた」
声。
横を見ると、ユウリが立っている。
何事もなかったのように。
「ここが」
一瞬だけ言葉を選ぶ。
「私たちの世界」
カイトは何も答えない。
ただ、感じている。違和感。
強烈な不安定さ。
「……壊れてんじゃないか。」
ユウリは否定しない。
「壊れてる」
即答だった。
「だから来た」
感情を挟まない。
カイトは周囲を見る。
遠くに、影が動く。
人…ではない。
歪んでいる。
形が保てていない。
「…なんだ、あれ」
ユウリの視線も向く。
「歪み」
短く言う。
「感情の残滓」
カイトの背筋が冷える。
影がこちらに気付く。
動く。速い。
「来るよ」
ユウリが言う。
だが、動かない。
ただ、立っている。
カイトが叫ぶ。
「いや、動けよ!」
影が迫る。
近い。
形が崩れながら、伸びてくる。
手のようなもの。いや、手じゃない。
感情だ。
怒り。歪んだ、強い感情。
カイトはとっさに、後ろへ下がる。
その時、ユウリの腕が光る。
青いヒビが一瞬だけ、輝く。
「止まれ」
小さく言う。
次の瞬間。
影が、止まる。
ピタリと。
空中で、固まる。
「……は?」
カイトが目を見開く。
ユウリはそのまま、影に触れる。
光が走る。
パキッ。
音がして。
影は、崩れた。
消える。
何もなかったように。
静寂。
カイトはしばらく動けなかった。
「……今の、なんだよ」
ユウリは少しだけ考える。
「処理」
短く答える。
「歪みを、均す」
カイトは理解できないまま、ユウリの腕を見る。
ヒビがさっきより、確実に広がっている。
「……おい」
指差す。
「それ」
ユウリは少しだけ視線を落とす。
「問題ない」
そう言う。
だが、カイトは即座に否定する。
「問題あるだろ」
「さっきより増えてる」
ユウリは答えない。
沈黙。
カイトが一歩近づく。
「それ、全部お前が受けてんのか」
ユウリの肩が、わずかに揺れる。
でも、否定しない。
「……役割だから」
それだけ言う。
カイトの中で、何かが引っかかる。
「役割ってなんだよ」
ユウリは顔を上げる。
「均衝装置」
その言葉が、空気を変える。
「世界のバランスを取る」
「崩れないようにする」
「そのために必要なもの」
淡々と。
「それが、私」
カイトは言葉を失う。
理解できる。
でも、納得できない。
「……それって」
言いかけて、止まる。
“最後どうなるか”
頭の奥で、何かが引っかかる。
言葉にならない。
出したくない。
ユウリが先に言う。
「壊れたら、終わる」
あまりにもあっさりと。
「世界も」
「私も」
カイトが目を見開く。
「……は?」
ユウリは続ける。
「だから急いでる」
遠くを見る。
歪みが、増えている。
「もう限界に近い」
カイトの手が、震える。
ノートの感触。
思い出す。
書けなかった一文。
――彼女は、すべてを引き受ける
「……ふざけんなよ」
小さく呟く。
ユウリが振り向く。
「何が」
カイトは答えない。
ただ、ユウリを見る。
その腕のヒビ。
静かに広がり続ける、証拠。
「……行くぞ」
ユウリが言う。
「本部に」
カイトが顔を上げる。
「本部?」
「レジスタンス」
少しだけ間を置く。
「この状況を止めようとしてる人たち」
カイトは小さく息を吐く。
「……やっと話が通じそうなとこ来たな」
ユウリは何も言わない。
ただ、少しだけ歩き出す。
カイトも続く。
その時。
足元。
何かが引っかかる。
見る。
紫色の小さなグロキシニア。
こんな場所に、あるはずがない。
カイトがしゃがむ。
触れる。
温かい。
「……なんでここにあんだよ」
ユウリが振り向く。
花を見る。
ほんの一瞬だけ。
目が揺れる。
「……それ」
言いかけて、止まる。
そして、首を振る。
「……行こう」
それ以上は言わない。
カイトは花を見つめる。
違和感。
でも、今はそれどころじゃない。
立ち上がる。
ユウリの後を追う。
歪んだ世界の奥へ。




