第二十七話:誤認
静寂が残っていた。
戦闘の後の焦げた空気。
わずかに揺れる、リアクターの光。
異常は消えていない。
奥にある観測不能領域。
青い光が、まだそこにある。
「……残ってる」
デイジーが呟く。
レンが舌打ちする。
「完全に消せてねえ」
エヴァが即座に判断する。
「排除優先」
迷いはない。
「次の発生時、即時殲滅」
冷たい声。
それが、正しい判断のように聞こえる。
ファリンも頷く。
「放置は危険よ」
「リアクターに干渉している以上、早めに処理すべき」
全員の意見が揃う。
“敵だ”
そう決まる。
ただ一人を除いて。
デイジーが、少しだけ言いづらそうに口を開く。
「……あのさ」
誰も反応しない。
だが、彼女は続ける。
「“グロキシニア”ってさ」
その場の空気が、わずかに止まる。
「花の名前なんだよ」
レンが眉をしかめる。
「……は?」
デイジーは端末を操作する。
ホログラムに、一輪の花が映る。
丸みを帯びた花弁。
鮮やかな色。
どこか、柔らかい印象。
「こういうやつ」
誰も言葉を返さない。
あまりにも、今の“それ”とかけ離れている。
デイジーが小さく続ける。
「花言葉、いくつかあるんだけど……」
少し迷う。
「“愛”とか、“欲望”とか」
沈黙。
その言葉が場に落ちる。
レンが低く言う。
「……それが何だ」
デイジーは視線を落とす。
「……いや。なんか、変だなって思って」
顔を上げ、リアクターを見る。
「こんな、さ」
言葉を選ぶ。
「壊れたみたいなやつに付ける名前じゃない気がして」
ファリンが即座に否定する。
「ただのコードネームよ。意味なんてない」
言い切る。
エヴァも続ける。
「識別のためのラベルだ」
合理的な答えで正しい。
デイジーはまだ引っかかる。
「……でも」
小さく呟く。
「なんで“それ”なんだろ」
誰も答えない。
その時、リアクターがわずかに脈打つ。
ドクン。
全員が反応する。
レンが構える。
「来るぞ」
空間が歪む。
今度はさっきより速い。
ヒビが一気に広がる。
黒が、溢れる。
そして現れるグロキシニア。
さっきより濃く大きい。
明らかに、成長している。
中心のヒビが、強く光る。
ドクン。
まるで、
鼓動。
エヴァが即座に命じる。
「撃て」
躊躇はない。
レゾナンスシューターが青を吹く。
バシュッ!!
連続射撃。
黒が揺れる。
だが、止まらない。
レンが突っ込む。
「邪魔だ!!」
レゾナンスブレードを振るう。
何度も斬る。
だが消えずに再生する。
一瞬グロキシニアの動きが止まる。
そしてゆっくりと、顔を上げる。
こちらを見る。
いや、違う。
レンを見ている。
レンが一瞬、動きを止める。
「……なんだよ」
その瞬間、声がする。
「……レ……」
空気が凍る。
レンの目が見開かれる。
「……は?」
もう一度。
「……ン……」
かすかに、確かに。
レンが一歩引く。
「今の……」
ファリンが叫ぶ。
「騙されるな!!」
強く。
「ただの模倣よ!!感情の残滓が、音を真似してるだけ!」
自分に言い聞かせるように。
レンは歯を食いしばる。
「……チッ」
再び踏み込む。
迷いを振り払うように。
強く、斬る。
黒が弾ける。
だがその奥、青いヒビが大きく揺れる。
ドクン!!
リアクターが大きく震える。
デイジーが叫ぶ。
「やめて!!」
レンが止まる。
「それ以上やると――リアクターがもたない!!」
エヴァが一瞬で判断する。
「撤退」
命令。
「これ以上の交戦はリスク過多」
レンが舌打ちする。
「逃がすのかよ」
エヴァは冷静に言う。
「次で確実に消す」
グロキシニアは追ってこない。
ただそこにいる。
揺れながら。
苦しそうに。
「……ア……」
小さな声。
誰にも届かないほどの。
だがデイジーだけが、それを聞いていた。
小さく呟く。
「……違う」
誰にも聞こえない声。
「これ……」
目を見開く。
「壊れてるんじゃない」
リアクターを見る。青いヒビ。
揺れる光。
「残ってるだけだ」
その言葉は、まだ誰にも届かない。




