第二十六話:発生
それは、静かに始まった。
リアクターの奥にある観測不能領域。
青いヒビがゆっくりと広がる。
確実に。
ピキッ――
音はない。
だが、“割れていく感覚”だけが伝わる。
デイジーが叫ぶ。
「来る……!」
全員が構える。
レンが前に出る。
レゾナンスブレードが、青く発光する。
エヴァが後方でレゾナンスシューターを構える。
静かに照準を合わせる。
ファリンも位置につく。
黒の装備に、赤いライン。
金のバッジが、わずかに揺れる。
緊張が、張り詰める。
そしてヒビが開く。
ゆっくりと。
まるで、“内側から押し広げる”ように。
黒いものが、溢れる。
粒子ではない。
塊。
意思を持ったような、濃い黒。
それが床に落ちる。
音はしない。
だが、確かに“重さ”がある。
レンが低く言う。
「……これが」
誰も答えない。
だが、分かっている。
これが、“沈殿したもの”。
それが、ゆっくりと動く。
形が、揺れて定まらない。
人のようで、そうじゃない。
四肢のようなものが、伸びては消える。
顔のような部分が、浮かんでは崩れる。
不完全で不安定。
だが、中心だけは、はっきりしている。
青いヒビが脈打つように、光っている。
ドクン。
ドクン。
まるで、心臓のように。
デイジーが呟く。
「……グロキシニア」
その名前が、初めて“現実”になる。
次の瞬間。
それが、動く。
レンに向かって一気に、加速する。
「来る!」
レンが踏み込む。
レゾナンスブレードを振るう。
青い残像が舞う。
斬撃が黒を裂く。
確かな手応え。
「……っ!?」
だが、それは崩れず、
斬られた部分がそのまま再結合する。
何もなかったように。
レンが距離を取る。
「再生……?」
エヴァが即座に撃つ。
バシュッ!!
レゾナンスシューターの青い光弾が、
黒を貫く。
一瞬、動きが止まるが、すぐに再び動き出す。
「止まらない!」
デイジーが叫ぶ。
「一気に押し切る」
ファリンが前に出る。
レン、エヴァ、ファリン三方向からの攻撃。
息のあった連携。
⸻完璧なはずの動き。
が、決定打にならない。
その時、突然それが止まる。
全員が動きを止める。
異様な沈黙。
グロキシニアが、ゆっくりと顔を上げる。
“顔”と呼べるかも分からない、
歪んだ形。
確かに、こちらを見ている。
そして口のようなものが、動く。
「……ア……」
何か、言葉にならない、音。
デイジーの目が見開かれる。
「今……」
レンが眉をしかめる。
「……喋った?」
ファリンが強く言う。
「違う、ただのノイズよ」
言い聞かせるように。
その直後。
「……ァ……」
もう一度。
今度は、少しだけ長く。
明らかに、“声”だった。
空気が、凍る。
エヴァが低く言う。
「……言語反応あり」
その言葉に全員の背筋が冷える。
これはただの敵じゃない。
次の瞬間、グロキシニアの感情が爆発し、黒が膨張する。
空間が歪む。
「散開!!」
エヴァの指示。
全員が飛ぶ。
攻撃が広がる。
制御できていない、ただの破壊。
その中心に青いヒビが、強く光る。
ドクン!!
リアクター全体が揺れる。
デイジーが叫ぶ。
「これ以上はまずい!!リアクターに干渉してる!!」
レンが歯を食いしばる。
「チッ……!」
ファリンが判断する。
「一旦、押し返す!」
エヴァが即応する。
「全火力、集中」
一斉攻撃。
光が、黒を飲み込む。
閃光。
しばらくして静寂が落ちる。
煙が晴れるとそこには、何もない。
⸻消えた。ように見える。
誰も動かない。
デイジーが震える声で言う。
「……消えた?」
レンが首を振る。
「……いや」
ゆっくりと、リアクターを見る。
奥にある観測不能領域。
そこに、まだある。
青い光。
さっきより、大きく、濃く。
確かに、“残っている”。
沈黙。
ファリンが呟く。
「……終わってない」
エヴァが短く告げる。
「これは排除対象だ」
迷いなく「次は確実に消す」
その言葉が、重く落ちる。
デイジーは、小さく呟く。
「……なんか違う気がする」
誰にも聞こえないほどの声。
その違和感が、すべての始まりだった。




