第二十四話:空白
静かすぎた。
あまりにも。
リアクターは、安定している。
規則正しく、穏やかに回り続ける。
歪みは、どこにもない。
警報も、ノイズも、異常値も、一切ない。
完璧な状態。
「……問題なし」
デイジーが、端末を見ながら呟く。
その声は、どこか硬い。
レンが腕を組む。
「本当にか?」
疑うように。
デイジーは一瞬だけ詰まる。
「……データ上は」
言い直す。
「全部、正常」
エヴァが短く言う。
「なら問題ない」
合理的な答え。
だが、レンは納得しない。
「……いや」
小さく言う。
「おかしい」
沈黙。
誰も否定しない。
なぜなら、全員が同じことを感じているからだ。
ファリンが、ゆっくりと口を開く。
「……足りない」
その一言。
空気が、少しだけ重くなる。
デイジーが視線を上げる。
「え?」
ファリンは、リアクターを見ている。
「何かが、足りない」
レンが小さく頷く。
「……ああ」
それが何か、分かっている。
だが、口に出せない。
出した瞬間、それが“確定”してしまうから。
沈黙。
長い沈黙。
そして、カイトのいない部屋。
ベッドの上。
静かに、眠り続けている。
目を閉じたまま、動かない。
デイジーが、そっと言う。
「……まだ起きないの?」
ファリンが首を振る。
「書き換えの反動でしょう」
「意識に直接干渉している」
エヴァが補足する。
「負荷は想定以上」
「回復には時間がかかる」
レンが舌打ちする。
「……タイミング悪すぎだろ」
その言葉の意味は、
誰もが理解している。
カイトがいない。
そして、ユウリもいない。
デイジーが、小さく呟く。
「……ユウリ」
その名前。
空気が、止まる。
誰も、返さない。
返せない。
レンが目を閉じる。
「……あいつ」
言葉が、続かない。
ファリンが言う。
「……存在の形が変わっただけ」
自分に言い聞かせるように。
「消えたわけではない」
だが。
その言葉には、確信がなかった。
デイジーが端末を見る。
再度、確認する。
何度も。
何度も。
「……ない」
小さく呟く。
「どこにも、いない」
波形は、完璧すぎるほどに整っている。
乱れがない。
だからこそ、違和感が際立つ。
「……ねえ」
デイジーが顔を上げる。
「“整いすぎてない?”」
レンが反応する。
「……あ?」
デイジーが画面を見せる。
「普通、多少のノイズは出るの」
「でも今、ゼロ」
「完全にフラット」
ファリンの目が細くなる。
「……ありえない」
エヴァもわずかに眉を動かす。
「理論上は可能だ」
だが、続ける。
「現実的ではない」
つまり、“誰かが調整している”レベル。
沈黙。
デイジーが、震える声で言う。
「……これ」
「本当に安定してるの?」
誰も、答えない。
その時。
リアクターが、わずかに脈打つ。
ドクン。
ほんの一瞬。
数値が揺れる。
すぐに戻る。
「……今の」
デイジーが記録を確認する。
「……消えた?」
ログに残っていない。
レンが構える。
「おい……」
空気が変わる。
ファリンが低く言う。
「今の、何」
誰も、分からない。
だが、確実に“何かがいる”。
見えないだけで。
その時カイトの指が、わずかに動く。
誰も気づかない。
ほんの、小さな変化。
そして。リアクターの奥。
最も深い層。
観測できない領域。
そこに小さな、光。
青く。
かすかに、ヒビのように、揺れている。
まるで、何かが“そこに留まっている”ように。




