第二十一話:最後のヒビ
静かだった。
リアクターは、安定している。
ターミナルも、正常に流れている。
歪みは、もう発生していない。
すべてが、うまくいっているように見える。
なのに。
「……残ってるな」
カイトが呟く。
視線の先。
ユウリの腕。
最後のヒビ。
小さく、だが深い。
消えない。
「……これが最後か」
レンが低く言う。
ファリンも頷く。
「今までのとは違う」
直感で分かる。
質が違う。
ユウリは、そのヒビを見つめている。
何も言わない。
ただ、じっと。
カイトが近づく。
「……何だこれ」
ユウリは少しだけ迷う。
でも、隠さない。
「……分かってる」
小さく言う。
全員の視線が集まる。
「これ、私のだ」
空気が止まる。
カイトの思考が止まる。
「……は?」
ユウリは続ける。
「誰かのじゃない」
「流せないのも、意味がないからじゃない」
ゆっくりと、確かめるように。
「……私が、止めてる」
沈黙が重い。
カイトが一歩踏み出す。
「なんでだよ」
強く言う。
「ここまで来て」
「なんで止めるんだよ」
ユウリは答えない。
少しだけ目を逸らす。
その仕草だけで、分かる。
言いたくない。
でもカイトは引かない。
「言え」
短く。
強く。
ユウリは、ゆっくりと息を吐く。
そして、言う。
「……怖いから」
静かに。
でも、はっきりと。
「全部終わったら」
少しだけ、声が震える。
「私、消えるから」
沈黙。
空気が、完全に止まる。
レンが目を見開く。
ファリンも、動けない。
カイトだけが、動く。
一歩、近づく。
「……は?」
低く。
信じられない。
ユウリは続ける。
「均衡装置だから」
「役目が終わったら」
「必要なくなる」
カイトの中で、何かが崩れる。
「……そんなの」
言葉が出ない。
「だから」
ユウリは言う。
「止めてる」
「このままなら」
「まだいられるから」
小さく笑う。
無理やり。
「少しだけ、長く」
その言葉。
あまりにも、重い。
レンが歯を食いしばる。
「……ふざけんな」
低く。
「そんな理由で」
「ここまで来たのかよ」
ファリンも言う。
「……違う」
首を振る。
「それだけじゃない」
ユウリは二人を見る。
少しだけ、優しく。
「みんなと、いたいから」
静かに。
本音。
カイトの手が、震える。
ノートを握る。
強く。
「……書けばいいだろ」
無理やり言う。
「消えないって」
ユウリは首を振る。
「それは、嘘になる」
カイトが言葉を失う。
「私は、そういう存在だから」
逃げない。
受け入れている。
それが、一番つらい。
カイトが叫ぶ。
「じゃあどうすんだよ!!」
声が響く。
「救ったら消えるって」
「そんなの――」
言葉が続かない。
答えが、見えない。
その時エヴァが口を開く。
「一つだけ方法がある」
全員が見る。
エヴァは静かに言う。
「均衡装置を、再定義する」
カイトの目が変わる。
「……再定義?」
エヴァは頷く。
「役割を書き換える」
ノートを見る。
「創造主なら可能だ」
静寂。
重い選択。
カイトの手が、止まる。
これは、簡単じゃない。
ルールを変える。
物語の根幹を。
代償がある。
確実に。
ユウリが言う。
「……やめて」
小さく。
「それはダメ」
カイトを見る。
真っ直ぐに。
「壊れる。世界が」
カイトは小さく笑う。
「知るかよ」
低く言う。
「そんなもん」
ユウリの目が揺れる。
カイトは続ける。
「お前消すくらいなら」
「壊れていい」
沈黙。
だがユウリは首を振る。
「ダメ」
はっきりと。
「それは、違う」
初めて。
強く否定する。
「私は、それでいい」
「でも、世界はダメ」
カイトが言葉を失う。
ユウリは続ける。
「だから、選んで」
静かに。
「ちゃんと」
最後のヒビが、淡く光る。
まるで、答えを待つように。
カイトは、ノートを見る。
ペンを握る。
震えが、止まらない。
書けば、変わる。
でも何かが、終わる。
「……クソ」
小さく呟く。
選択の時間。
物語は、最終局面へ。




