第十話:命令と感情
静かだった。
戦闘の直後とは思えないほど。
コア・シンクロニクス中枢ライン付近。
さっきまであった歪みは、完全に消えている。
だが空気は重いまま。
「……一旦戻る」
エヴァが言う。
命令に全員が従う。
カイトも何も言わずついていく。
本部・医療区画。
ユウリが座らされている。
デイジーが腕を見ている。
ヒビ。
もう、“亀裂”と言っていい。
「……進みすぎ」小さく呟く。
カイトが言う。
「どれくらいヤバい」
デイジーは少しだけ黙る。
そして、正直に言う。
「余裕はない」
空気が固まる。
カイトの手が、わずかに握られる。
その時。
「だから言った」
声に振り向く。
エヴァが立っていた。
腕を組んでいる。
無駄のない姿勢。
視線はユウリに向いている。
「負荷管理を優先しろと」
冷静な声。
責めているわけじゃない。
ただ、事実を言っている。
ユウリは何も言わない。
視線を落とす。
カイトが言う。
「仕方なかっただろ」
エヴァの視線が、ゆっくりとカイトに向く。
その瞬間。
空気が張り詰める。
「仕方ない、で崩壊する」
静かに言う。
「それが現実だ」
カイトが言葉を詰まらせる。
エヴァは続ける。
「感情で判断するな、状況で判断しろ。最適解を選べ」
一切の迷いがない。
その言葉に、重さがある。
カイトが低く言う。
「……じゃあ聞くけどさ」
一歩前に出る。
「ユウリ切り捨てるのが最適解か?」
一瞬の沈黙。
だが、エヴァは迷わない。
「場合による」
はっきりと。
カイトの目が見開く。
「ふざけんなよ」
思わず声が出る。
だが、エヴァは揺れない。
「一つの個体と、世界全体。どちらを優先するか、答えは明確だ」
冷たい。
だが、合理的。
ユウリが小さく言う。
「……それでいい」
カイトが振り向く。
「は?」
ユウリは静かに言う。
「私は、そのための存在だから」
その言葉に、カイトの中で何かが切れる。
「それでいいわけねえだろ!!」
声が響く。
室内が静まる。
ユウリは驚いたように目を見開く。
カイトは止まらない。
「最初から決まってるとか、役割だからとか」
「そんなの納得できるかよ!」
エヴァが一歩前に出る。
「納得する必要はない」
低く言う。
「結果が全てだ」
カイトが睨む。
「……それでユウリが消えてもか?」
エヴァは一瞬だけ黙る。
だが、すぐに答える。
「世界が残るなら、是だ」
静寂。
完全に、価値観が違う。
カイトは言葉を失う。
その時。
デイジーが小さく言う。
「……それ、本当に“最適”?」
全員の視線が集まる。
デイジーは端末を見ながら続ける。
「リアクターの波形」
表示される。
歪んだまま。
「これ、感情が前提になってる」
「完全に切り離したら――」
少しだけ間を置く。
「崩れる可能性あるよ」
エヴァの目がわずかに細くなる。
「根拠は」
デイジーは肩をすくめる。
「まだ仮説。でも」
カイトを見る。
「“流れない感情”が原因なら」
「無くすんじゃなくて、流すべき」
静かに言う。
カイトの中で、何かが繋がる。
止まっているもの。
歪み。
ユウリ。
エヴァが切り捨てるように言う。
「理想論だな」
デイジーは笑う。
「かもね。でも、今のままだと詰むよ」
沈黙。
選択肢は、まだ出揃っていない。
カイトがノートの白いページを見る。
まだ、何も決まっていない。
「……」
小さく息を吐く。
そして、顔を上げる。
「……俺は」
全員が見る。
「どっちも取る」
短く、はっきりと。
「世界も、ユウリも」
エヴァが少しだけ目を細める。
「不可能だ」
即答。
カイトは少しだけ笑う。
「だから書くんだろ」
ノートを軽く叩く。
「そのために」
沈黙。
エヴァは何も言わない。
ただ、数秒だけカイトを見る。
そして、背を向ける。
「……好きにしろ」
歩き出す。
だが、最後に一言だけ残す。
「結果が出せるならな」
去っていく。
重い空気を残して。
カイトはノートを握る。
強く。
まだ、何も決まっていない。
だからこそ、書く意味がある。




