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2巻P101_茶の湯の法式の事

伊勢家は足利義政の時代の礼法を伝える家であり、足利義政の茶道の法式が伝わっていると世間の人が言っているのは間違いである。

足利義政は、応仁の乱によって東山に隠居したとき、手慰みに自ら近臣に茶を点てたのである。将軍自らが立てた茶であったため、一杯の茶を一口ずつ回し飲みしたのである。

これは茶坊主がすることを戯れに行ったにすぎず、法式が定まったものではない。我が先祖である伊勢守が教えを受けたようなことでもなく、他人に指導するほどのものではないので、伊勢家の旧記にはないものである。

今どきは、数寄道と名付けて大げさな法式を作り、秘事口伝を多く持ち大事な習い事とするようになったのは、足利義政の時代よりも遥か後、豊臣秀吉の時代で天正年間の千利休という者がし始めたものを、その後片桐石見守・小堀遠江守などという人が色々なことを付加して各流儀を作り、遠州流・石州流などというものとなった。

大名などと他人に言われる人がわざと貧乏人の真似をして卑賤な狭い庵を建てて数寄屋と名付けて、欠けた汚い茶碗や色々な古道具を集め、客も亭主も無刀になって茶を立てて楽しみとすることは、武士のすべき慰みではない。愚かな遊びである。

武士の慰みや楽しみは、犬追物・笠掛・流鏑馬・大的・小的・草鹿・丸物の類とたくさんあるだろう。無刀になって慰めとすることは、本当に笑ってしまうことである。

一見すると、武士の本文とは…と説いているようにも見えますが、変なマナーの乱立に対して憤りを感じて八つ当たりをしているような気もします。

もちろん、時代に迎合しないことが家業であることも考慮しなければなりません。

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