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100万円貯めたら、あの頃に戻れるらしい。  作者: Tranonym


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8/10

早く来たのに。

最近、ゲームが面白い。


いや、元々面白かったんだけど。


あの一万二千八百円の年間パス。


自動更新されたことをすっかり忘れていて、気づいたときには一年分の料金が引き落とされていた。


せっかく払ったんだから、少しは遊ばないともったいない。


最初はそんな気持ちで復帰した。


……だったんだけど。


「……いやあ、面白いなあ」


やっぱり面白い。


以前は毎日のようにログインしていた。


同じダンジョンを周回して、装備を集めて、キャラクターを強くして。


楽しかったはずなのに、いつの間にか少し飽きていたんだと思う。


それが、久しぶりに遊んでみると妙に新鮮だった。


しかも。


「……あれ?」


なんだろう。


俺、前よりうまくなってないか?


敵の動きが、前よりよく見える。


攻撃を避けるタイミングも分かる。


周りのプレイヤーが何をしているかも、以前より把握できるようになった気がする。


「……おお」


前だったら絶対に食らっていた攻撃を、普通に避けられた。


「……すげえ!」


俺、こんなにうまかったっけ?


一度ゲームから離れたことで、視野が広くなったんだろうか。


……いや、そんなことあるのか?


分からん。


でも、実際にうまくなった気がするんだから、悪いことじゃない。


「……ふふ」


やっぱり俺、結構いけるな。


それに、最近はフレンドも増えた。


これがまた不思議なんだよなあ。


以前は、フレンドなんてほとんどいなかった。


ダンジョンに行くときも、知らない人たちとその場限りのパーティーを組むだけ。


終わったら解散。


また次の日、別の知らない人たちと組む。


ずっとそんな感じだった。


それなのに。


『今日も一緒に行きませんか?』


「……おっ!」


画面にメッセージが表示された。


最近よく一緒に遊んでいるプレイヤーからだ。


この前、たまたま野良のパーティーで一緒になった人だった。


そのときは普通にダンジョンをクリアして、いつもどおり解散するつもりだったんだけど。


『また一緒に行きませんか?』


そう誘われた。


もちろん、断る理由なんてない。


それから何度か一緒に遊んでいるうちに、ほかのメンバーとも仲良くなっていた。


固定パーティーというほどではないけど、最近は大体同じ顔ぶれで遊んでいる。


……顔は知らないけど。


「……ふふ」


なんか、いいなあ。


こういうの。


現実では会ったこともない。


年齢だって知らない。


でも、ゲームの中では普通に話せる。


失敗したら笑い合うし、いい装備が出たら一緒に喜ぶ。


復帰したプレイヤーに優しい世界なんだろうか。


それとも、俺がうまくなったから誘われているのか?


「…………」


まあ、どっちでもいいか。


楽しいし。


俺はメッセージを返した。


『よろしくお願いします!』


すると、すぐに返信が来た。


『今日はみんなでダンジョンマラソンやります!』


「……おおお!」


ダンジョンマラソン!


いいじゃないか!


最近追加された高難度ダンジョンを、みんなで何度も周回するイベントだ。


まだ欲しい装備もあるし、ちょうど参加したかったんだよな。


「……よし!」


今日は頑張るぞ!


……。


…………。


「あっ」


そうだ。


今日、バイトだった。


「…………」


……。


「あー……」


俺は時計を見た。


もうすぐ出勤の準備をしなければならない。


「……くそっ」


今日に限って。


これから面白くなるところなのに。


ちょうどみんなが集まってきたところなのに。


俺だけバイトかよ。


しかも夜勤。


みんなが一番遊んでいる時間に、俺はコンビニでレジを打っている。


「……うーん」


何とかならんかなあ。


……。


いや、ならんか。


バイトだもんな。


行かなきゃいけない。


「……あー、めんどくせえ」


最近、本当にこればっかり考えている。


仕事自体は別に嫌いじゃない。


もう大体のことはできるようになった。


森田店長は優しい。


柴田さんとも普通に話している。


あの漫画の件は、まあ、ちょっと気になるけど。


結局、店長もお客さんに見られないようにと言ってくれたわけだし。


仕事が終わっていれば、少しくらい漫画だって読める。


廃棄のお弁当ももらえる。


時給だって悪くない。


「……いいバイトなんだよなあ」


本当に。


いいバイトなんだけど。


「……めんどくせえなあ」


なんでだろう。


最近、コンビニまで行くのが面倒で仕方ない。


家からあんなに近いのに。


歩いてすぐなのに。


最初は、近くて最高だと思っていた。


今は、その短い距離がやたら遠く感じる。


「……はぁ」


俺は椅子の背もたれに体を預けた。


「……もう辞めちゃおうかなあ」


また、そんなことを考えてしまった。


別に誰かに嫌なことをされたわけじゃない。


仕事で困っているわけでもない。


ただ、面倒なんだ。


毎回、決まった時間に家を出るのが。


好きなことを途中でやめなきゃいけないのが。


……。


…………。


「……いや、待てよ」


そうだ。


もう少しで初給料じゃないか。


まだ一度も給料をもらっていないんだぞ。


せっかくここまで働いたんだから、まずは初給料を受け取ってみよう。


口座にまとまったお金が入ったら、また気持ちも変わるかもしれない。


「……そうだな」


あと少し頑張ろう。


まずは初給料。


辞めるかどうかは、そのあと考えればいい。


それに、俺には百万円を貯めるという目標があるんだ。


「……よし!」


俺はゲームの画面に戻った。


『すみません! 今日バイトなので参加できません!』


メッセージを送る。


『了解です! また今度!』


「……うん」


仕方ない。


次の休みに参加すればいい。


……。


…………。


「……あー、でもやりたかったなあ」


俺はゲームを終了した。


*


まだ出勤まで一時間以上あった。


「……うーん」


どうしようかな。


今から別のゲームをしても、中途半端になるし。


動画でも見るか?


いや、見始めたら余計に動きたくなくなるな。


「…………」


……。


「……もう行くか」


そうだ。


どうせ行かなきゃいけないんだから、早く行ってしまえばいい。


店に着いてしまえば、気持ちも切り替わるだろう。


それに、早く行って掃除でも始めれば、あとが楽になるかもしれない。


「……よし!」


俺は立ち上がった。


こういうときは、考える前に動くに限る。


服を着替え、靴を履いた。


そして、家を出た。


コンビニまでの道を歩く。


「……ふぅ」


やっぱり外に出てしまえば、どうってことないな。


さっきまであんなに面倒だったのに。


もう少しで初給料だし。


頑張ろう。


「……うん」


今日は一時間も早く来たんだ。


その分、気合いを入れて働こう。


自動ドアが開いた。


ピロリロリーン。


「お疲れさまでーす!」


「あれ?」


レジにいた森田店長が顔を上げた。


「おお、どうしたの? 今日は早いねえ!」


「あはは! 早く来ちゃいました!」


「まだ一時間くらいあるんじゃない?」


「そうなんですよ!」


俺は笑った。


「でも、来ちゃったので、もう働きますね!」


「えっ、いいの?」


「大丈夫です! 掃除とかやっておきます!」


「でも、まだ時間前だからねえ」


「あ、バイト代は別にいいですよ!」


「いやいや、それはダメだよ」


店長は笑いながら首を振った。


「働いてもらうなら、ちゃんと時間つけるよ」


「えっ、そうですか?」


「うん。せっかく早く来てくれたし、じゃあお願いしようかな」


「はい!」


「無理しなくてもいいからね」


「大丈夫です!」


なんだか、今日の俺はやる気がある。


家にいたときは、あんなに面倒だったのに。


不思議なもんだなあ。


「じゃあ、着替えてきます!」


「うん、お願いね」


俺はバックヤードへ向かった。


制服に着替える。


いつものメモ帳をポケットに入れる。


「……よし!」


さて。


何からやろうか。


……掃除だな。


掃除を先に終わらせておけば、あとが楽だ。


俺は掃除用具のある場所へ向かった。


大きな床掃除用の機械。


初日の頃は、これを動かすだけでも大変だった。


重たいし、音もするし、扱い方もよく分からなかった。


でも、今は違う。


「……ふふ」


もう慣れたもんだ。


俺は機械を引き出した。


コードを確認する。


コンセントの位置も覚えている。


以前なら一つひとつ柴田さんに聞いていたけど、今は全部一人でできる。


「……よいしょ」


機械を所定の位置まで運ぶ。


今日はまだ少しお客さんがいるな。


邪魔にならないようにしないと。


俺はコードを持って、コンセントのほうへ体を向けた。


そのときだった。


ドンッ。


「痛っ!」


「……えっ!?」


何かが肩に当たった。


いや。


俺の肩が、誰かに当たった。


振り向くと、男性のお客さんが立っていた。


「なんだよ、お前!」


「す、すいません!」


俺は慌てて頭を下げた。


「すいません! 掃除をしようとして……!」


「はあ!?」


お客さんの声が大きくなった。


「何ぶつかってきてんだよ!」


「あっ、すいません! 本当にすいません!」


「周り見ろよ!」


「はい! すいません!」


「危ねえだろうが!」


「……すいません!!」


まずい。


まずいまずい。


俺、ぶつかっちゃった。


お客さんに。


「……ったく」


お客さんは舌打ちした。


「気をつけろよ、バカが!」


「……はい! すいませんでした!」


お客さんは不機嫌そうに、その場を離れていった。


「…………」


……。


「……ふぅぅ」


俺は大きく息を吐いた。


びっくりしたあ。


めちゃくちゃ怒ってたな。


……。


まあ、そりゃ怒るか。


ぶつかったのは俺だし。


周りをちゃんと見てなかった。


「……ああ、くそっ」


なんでこんなことになったんだ。


早く来て、掃除しようとしただけなのに。


「……大丈夫?」


「……うわっ!」


後ろから声がした。


森田店長だった。


「何かあった?」


「……あ、いえ!」


俺は慌てて首を振った。


「大丈夫です! 何でもありません!」


「そう?」


「はい!」


店長は俺の顔を見た。


「……大丈夫そう?」


「はい! 大丈夫です!」


「分かった。じゃあ、あとはよろしくね」


「はい!」


店長はレジへ戻っていった。


「…………」


……。


…………。


「……ふぅぅ」


よかった。


……いや。


何がよかったんだ?


別に、よくないだろ。


お客さんにぶつかったんだから。


……。


まあ、ちゃんと謝ったし。


もう済んだことだ。


「……うん」


そうだ。


終わったんだ。


俺は額を拭った。


「……あっつ」


なんか、暑い。


店内は涼しいはずなのに。


汗が出ている。


心臓もまだドキドキしている。


「……ふぅ」


一回、冷蔵庫に行こうかな。


飲み物を補充する、あの大きな冷蔵庫。


あそこ、涼しいんだよな。


ちょっと入って、落ち着こう。


……。


…………。


いや、ダメだ。


掃除機を出したままだ。


コードもあるし、こんなところに置いていけない。


「……くそっ」


とりあえず片づけないと。


俺は機械を動かした。


さっきまで簡単に扱えていたはずなのに、何だか妙に重たい。


コードをまとめる手もうまく動かない。


「……あー、もう」


汗が気になる。


背中も暑い。


顔も熱い。


早く冷蔵庫に入りたい。


でも、掃除機を片づけないと。


「……よいしょ」


ようやく機械を戻した。


「……ふぅぅ」


よし。


これで少し涼める。


そう思ったときだった。


「だからさあ!」


大きな声が聞こえた。


「…………」


……ん?


レジのほうだ。


誰かが怒鳴っている。


「……え?」


俺はそちらを見た。


「…………」


……。


「あっ」


さっきのお客さんだ。


森田店長と話している。


……いや。


話しているというより、怒っている。


「さっきのバイトがよお!」


「……えっ」


「いきなりぶつかってきてな!」


「……あ」


まずい。


「どういう教育してんだよ!」


「……うわあ」


俺はその場で固まった。


お客さんの声が店内に響いている。


店長が何か答えている。


でも、よく聞こえない。


「…………」


……。


行かなきゃ。


俺のことだ。


俺がぶつかったんだから。


「……ああ、くそっ」


俺は急いでレジへ向かった。


「す、すいません!」


二人がこちらを向いた。


「さっきは本当にすいませんでした!」


俺は頭を下げた。


「ああ!? お前か!」


「はい! すいません!」


「危ねえだろうが!」


「はい! 本当にすいません!」


森田店長が俺を見た。


「……あれ? さっき、ぶつかったの?」


「……あ、はい」


「そうだったの?」


「……はい」


「さっき、大丈夫って言ってたよね?」


「…………」


……。


…………。


「あ、えっと……」


そうだ。


さっき、何でもありませんって言ったんだった。


……。


なんで、あんなこと言っちゃったんだろう。


「……あの、掃除をしようとして……」


「うん」


「それで、あの、コンセントを……」


「うん」


「……そのときに、あの……」


……。


…………。


「あの……」


言葉が出てこない。


何を説明すればいいんだっけ。


いや、分かっている。


掃除機を動かそうとして、お客さんにぶつかった。


それだけだ。


それを言えばいい。


「……あの、掃除を……」


……。


…………。


ダメだ。


頭が真っ白だ。


何を言っているのか、自分でも分からない。


汗が止まらない。


さっきよりも、もっと出ている気がする。


額から汗が流れてくる。


首も。


背中も。


顔なんて、もう真っ赤なんじゃないだろうか。


「……すいません」


とりあえず謝った。


「本当にすいません……」


俺は何度も頭を下げた。


森田店長は落ち着いた声で、お客さんに謝っていた。


「こちらの不注意で申し訳ありません」


「ったく、気をつけてくれよ!」


「はい。お怪我はありませんでしたか?」


「怪我はねえよ! でも危ねえだろ!」


「申し訳ありません。今後は十分気をつけます」


「ちゃんと教育しとけよ!」


「はい。申し訳ありませんでした」


そんなやり取りが続いた。


俺も何度か謝った気がする。


でも、あまり覚えていない。


お客さんが何を言ったのか。


店長が何と答えたのか。


最後にどういう話になったのか。


……。


気がつくと、お客さんはいなくなっていた。


「…………」


……。


…………。


「……ふぅぅぅ」


俺はその場で息を吐いた。


終わった。


……のか?


「…………」


もう、汗がすごい。


本当にすごい。


シャワーを浴びたあとみたいだ。


いや、シャワーを浴びたあとよりひどいかもしれない。


こんなに汗をかくこと、最近あったかな。


「……ああ……」


早く拭きたい。


顔を洗いたい。


シャワーを浴びたい。


……。


…………。


家に帰りたい。


「……ちょっと、いいかな」


森田店長が声をかけてきた。


「……あ、はい」


「バックヤードで少し話そうか」


「……はい」


俺は店長のあとについていった。


*


バックヤードに入ると、店長は椅子を勧めてくれた。


「まあ、座って」


「……はい」


俺は椅子に腰を下ろした。


「大丈夫?」


「……はい」


「びっくりしたね」


「……はい」


店長は、いつもと同じ穏やかな声だった。


怒っている様子はない。


「何があったか、もう一度教えてもらっていい?」


「……あ、はい」


俺は説明した。


掃除をしようとしていたこと。


コンセントを差そうとしたこと。


そのとき、通りかかったお客さんにぶつかってしまったこと。


今度は何とか、最後まで説明できた。


「……なるほどね」


店長はうなずいた。


「じゃあ、わざとじゃないんだね」


「はい! もちろんです!」


「うん。それは分かってるよ」


「……はい」


「ただ、お客さんがいるときは、周りをよく見ないとね」


「……はい」


「大きな機械だから、特に気をつけないと」


「……はい。すいません」


「うん」


店長は少し間を置いた。


「それとね」


「……はい」


「何かあったら、ちゃんと言ってほしいんだ」


「…………」


「さっき、大丈夫って言ってたでしょ?」


「……はい」


「でも、実際にはお客さんにぶつかってたんだよね」


「……はい」


「そういうときは、すぐに呼んでくれていいから」


「……はい」


「まだ新人なんだし、失敗することだってあるよ」


「…………」


「誰だって最初から全部できるわけじゃないからね」


「……はい」


「大丈夫。みんな通ってきた道だから」


「……ありがとうございます」


俺は頭を下げた。


優しいなあ。


本当に、いい店長だ。


俺がちゃんと報告しなかったことだって、怒らずに話してくれている。


……。


…………。


でも。


「…………」


……暑い。


めちゃくちゃ暑い。


汗が止まらない。


俺は手の甲で額を拭った。


制服の中まで汗でびっしょりだ。


気持ち悪い。


何でこんなに汗が出るんだろう。


もうお客さんは帰ったのに。


店長だって怒っていないのに。


「…………」


……。


このまま仕事を続けるのか?


あと何時間も?


「…………」


いや、仕事はできる。


できるとは思う。


でも、この汗だくの状態でレジに立つのか?


さっきのお客さん、また来るかもしれないし。


いや、来ないか。


……来る可能性はあるよな。


「…………」


ああ。


シャワー浴びたい。


着替えたい。


家に帰りたい。


「……どうした?」


店長が俺の顔をのぞき込んだ。


「顔色、あんまりよくないね」


「……あ、はい」


「少し休んでもいいよ?」


「……ありがとうございます」


「水でも飲んで、落ち着いてから戻ればいいから」


「……はい」


「無理しなくていいよ」


「…………」


……。


…………。


俺は口を開いた。


「あの、店長……」


「ん?」


「……僕」


「うん?」


「……辞めます」


「…………」


……。


「……え?」


店長が目を丸くした。


「辞める?」


「……はい」


「バイトを?」


「……はい」


……。


…………。


あ。


言っちゃった。


「……どうしたの? 急に」


「……いや、その」


俺は膝の上で手を握った。


「……向いてないと思うので」


「向いてない?」


「……はい」


店長は少し困ったような顔をした。


「今日、こんなことがあったから?」


「……あ、いえ!」


俺は慌てて首を振った。


「そういうわけじゃないです!」


「そうなの?」


「……はい」


「でも、急だったからねえ」


「……そうですよね」


「仕事もだいぶ覚えてくれたし、助かってるんだけどなあ」


「……ありがとうございます」


本当にいい店長だ。


俺が失敗したばっかりなのに。


こんなことを言ってくれるなんて。


……。


…………。


「何かほかに理由がある?」


「……ああ、えっと」


理由。


……。


…………。


理由かあ。


仕事が面倒になってきたから。


ゲームが面白いから。


……。


いや。


そんなこと言えるわけないだろ。


「……ちょっと、忙しくなりそうで」


俺はそう答えた。


「忙しく?」


「……はい」


「そうかあ」


店長は少し考えた。


「だったら、シフト減らそうか?」


「……え?」


「週四日は大変だと思うし」


「……ああ、はい」


「週二日とかでもいいよ?」


「…………」


……。


週二日か。


それなら、だいぶ楽になるな。


ゲームだってできる。


仕事も続けられる。


しかも、給料も入る。


……。


…………。


でも。


「……いえ、大丈夫です」


「そう?」


「……はい」


「しばらく休んでから、また考えてもいいんだよ?」


「……ありがとうございます」


「うん」


「……でも、辞めようと思います」


言ってしまった。


また言ってしまった。


……。


…………。


もう、引っ込められないな。


店長はしばらく黙っていた。


そして、小さくうなずいた。


「……そうかあ」


「……はい」


「残念だなあ」


「……すいません」


「いやいや。謝らなくていいよ」


店長は少し笑った。


「でも、正直言うと、急に辞められるとシフトの調整が大変なんだよね」


「……あ、はい」


「まだ何日か入ってもらう予定だったでしょ?」


「……はい」


「残りのシフト、来られそう?」


「…………」


……。


…………。


「あの……」


「うん」


「……難しいと思います」


「……そうかあ」


店長は腕を組んで、少し考えた。


「分かった。じゃあ、そのあたりはこっちで調整するよ」


「……すいません」


「ただ、制服は返しに来てね。給料の振り込みもあるし、また連絡させてもらうから」


「……はい!」


「今日はもう帰って休みなさい」


「……えっ?」


「だいぶ疲れてるみたいだし」


「……あ、はい」


……。


…………。


帰れる。


帰っていいのか。


「本当はもう少し一緒に働いてほしかったけどね」


店長は笑った。


「短い間だったけど、ありがとう」


「……こちらこそ、ありがとうございました」


俺は頭を下げた。


「働いてくれた分のお給料は、ちゃんと振り込むからね」


「……ありがとうございます」


「うん。気をつけて帰ってね」


「……はい」


俺は立ち上がった。


もう一度、頭を下げた。


「短い間でしたけど、お世話になりました!」


「うん。お疲れさま」


「ありがとうございました!」


店長は、最後まで優しかった。


*


制服を脱いだ。


私服に着替える。


「…………」


……。


「……ふぅぅ」


俺は大きく息を吐いた。


終わった。


……。


辞めることになった。


本当に。


「…………」


……。


「……言っちゃったなあ」


まだ少し、手が震えている。


さっきのことを思い出すと、また汗が出てきそうだ。


あのお客さん。


めちゃくちゃ怒ってたなあ。


怖かった。


……。


…………。


でも。


もう帰っていいんだ。


「……ふぅ」


よかった。


本当によかった。


鏡を見る。


顔が赤い。


髪も汗で濡れている。


「……うわ」


ひどいな。


さっき、こんな顔で店長と話していたのか。


恥ずかしい。


「……早く帰ろう」


俺はバッグを持った。


バックヤードを出る前に、もう一度店長に挨拶した。


「ありがとうございました!」


「うん。お疲れさま」


「はい!」


俺は店を出た。


自動ドアが開く。


ピロリロリーン。


「…………」


……。


「あー……」


夜の空気が気持ちいい。


さっきまで、あんなに暑かったのに。


少し歩くと、汗も引いてきた。


「……ふぅぅ」


それにしても。


……。


…………。


「……辞めちゃったなあ」


本当に辞めちゃった。


あんなに頑張って仕事を覚えたのに。


レジだってできるようになった。


掃除も。


品出しも。


廃棄の確認も。


大体、一人でできるようになっていた。


「…………」


……。


結構、いい職場だったよな。


森田店長は優しかったし。


柴田さんも、まあ、あの漫画のこと以外は普通だったし。


廃棄のお弁当だってもらえた。


「……うーん」


もったいなかったかなあ。


……。


…………。


いや。


でもな。


どうせ最近、辞めようと思ってたんだし。


今日のことがなくても、近いうちに辞めていたかもしれない。


「……そうだよな」


そうだ。


ただ、少し早くなっただけだ。


別に今日、辞めるつもりだったわけじゃないけど。


……。


…………。


「……まあ、いいか」


辞めちゃったものは仕方ない。


それより。


「…………」


……。


「あっ」


そうだ。


今日、ゲームできるじゃないか。


「……おお!」


そうだよ!


ダンジョンマラソン!


まだ間に合うんじゃないか?


俺はスマホを取り出した。


さっきのメッセージを開く。


『今日はみんなでダンジョンマラソンやります!』


「……ふふ」


帰ったら参加できるかな。


みんな、まだ集まっているだろうか。


「……よし!」


俺は少し歩く速度を上げた。


……。


…………。


でも。


「……あー」


ちょっとだけ、胸のあたりが重い。


なんだろう。


さっきまで、あんなに帰りたかったのに。


帰れることになったのに。


「…………」


……。


もしかして。


少し後悔してるのかな。


「……うーん」


店長、本当に優しかったなあ。


あんなことがあったのに、怒らなかった。


シフトも減らしていいと言ってくれた。


俺が仕事を覚えたことも、ちゃんと見てくれていた。


「…………」


……。


…………。


そういえば。


今日は一時間も早く出勤したんだった。


俺は時計を見た。


「…………」


……。


「……まだ、いつもの出勤時間にもなってねえじゃん」


何やってんだろ、俺。


……。


…………。


「……まあ、明日考えるか」


今日はもう疲れた。


とりあえず家に帰ろう。


シャワーを浴びて。


着替えて。


それからゲームだ。


「……ふふ」


今日は時間を気にせず遊べるな。


俺はスマホをポケットにしまった。


そういえば、バイトに行くときは、あんなに遠く感じた道だったのに。


帰りはあっという間だな。


「……あっ」


そうだ。


ダンジョンマラソン、人数いっぱいになってないかな。


「……急ごう」


俺は少し早足になった。

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