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100万円貯めたら、あの頃に戻れるらしい。  作者: Tranonym


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5/10

新聞はいいのか。

午後九時四十五分。


「……よし、到着!」


俺はコンビニの前に立っていた。


いよいよ今日から初出勤だ。


勤務開始は午後十時。


少し緊張している。


いや、少しどころじゃないかもしれない。


さっきから、何度も時計を確認している。


「……まあ、大丈夫だろ」


本当は、初出勤の前に一度、昼間の時間帯で研修を受ける予定だった。


森田店長が直々に仕事を教えてくれることになっていたのだ。


ところが、急に店長会議が入ってしまい、その予定がなくなった。


電話でそのことを聞いたときは、正直かなり不安になった。


だって、コンビニで働いたことなんて一度もないんだから。


でも、店長はこう言っていた。


『夜勤には柴田さんがいるから大丈夫ですよ。経験も長いですし、仕事は何でもできる人なので』


柴田さん。


今日から俺と一緒に夜勤をする人らしい。


かなりのベテランだという話だった。


「……うん。大丈夫だな」


コンビニなんて、俺だって何度も利用している。


レジで商品を読み取って、お金を受け取って、袋に入れる。


あとは商品の補充とか、掃除とか。


もちろん、実際に働いたことはないけど。


そこまで難しいものでもないだろう。


分からないことは柴田さんに聞けばいい。


それに、深夜ならお客さんも少ないはずだ。


最初の仕事としては、なかなかいい選択だったんじゃないか?


「……よし!」


俺は少しだけ胸を張った。


初日から暗い顔をしていたら、印象が悪い。


ここは明るくいこう。


自動ドアが開く。


ピロリロリーン。


「いらっしゃいませー」


レジに、白髪交じりのおじさんが立っていた。


五十歳くらいだろうか。


少し疲れたような顔をしている。


あの人が柴田さんかな。


俺はレジへ向かった。


「お疲れさまです!」


「ああ、お疲れさま」


「今日からアルバイトでお世話になる者です! よろしくお願いします!」


「ああ、今日からの人ね。柴田です」


「よろしくお願いします!」


「じゃあ、こっち来て」


柴田さんはレジを離れ、店の奥へ歩き始めた。


俺はその後ろについていく。


バックヤードに入ると、棚や段ボールの並んだ一角にロッカーが置かれていた。


「ロッカーはここ。空いてるところ使って」


「あ、はい!」


「これ、制服ね。新しいやつだから」


渡されたのは、まだ折り目のついた新品の制服だった。


「ありがとうございます!」


「着替えたらレジに来て。仕事教えるから」


「はい! 分かりました!」


柴田さんはそれだけ言うと、店内へ戻っていった。


「……よし」


俺はバッグからメモ帳とボールペンを取り出した。


ふふふ。


実は、ちゃんと用意してきたのだ。


初めての仕事なんだから、覚えることは多いはず。


一度聞いただけで全部覚えられるとは思っていない。


だからメモを取る。


家に帰ってから見直して、何度も反復練習する。


これが俺には一番合っている。


「……まずはロッカーの場所と」


俺はメモ帳を開いた。


ロッカーの位置。


制服の置き場所。


出勤したときの流れ。


……いや、待てよ。


出勤したときの流れって、まだ全部聞いてないな。


とりあえず、今分かっていることだけ書いておこう。


「……うんうん」


なかなかいい感じだ。


ちゃんと準備してきてよかった。


着替えを済ませ、もう一度メモを確認する。


「……よし」


すると、店内のほうから声が聞こえた。


「おーい! まだー? こっち来てー!」


「……あっ!」


しまった!


メモを取るのに夢中になっていた。


「はい! 今行きます!」


俺は慌ててメモ帳をポケットにしまい、レジへ向かった。


*


「じゃあ、まず掃除からね」


「……はい?」


掃除?


「あ、この機械使って」


柴田さんが指さしたのは、大きな掃除機のような機械だった。


下のほうに丸いブラシがついている。


「これ、床を掃除するやつ。電動だから、スイッチ入れるとブラシが回るんだよ」


「ああ、なるほど!」


「こんな感じで動かして」


柴田さんが機械を動かす。


ブイーン。


下のブラシが回転しながら、床を磨いていく。


「おお……」


すげえ。


こんな機械があるのか。


普通のモップで掃除するのかと思っていた。


「ここから始めて、通路を順番にやっていって。お客さんが来たら邪魔にならないようにな」


「はい!」


「掃除する時間もだいたい決まってるから、覚えといて」


「あ、ちょっとメモしてもいいですか?」


「ん? ああ、いいよ」


俺はメモ帳を取り出した。


掃除の時間。


機械の使い方。


掃除する順番。


「……よし」


これなら忘れないだろう。


「じゃあ、やってみて」


「はい!」


俺は機械のスイッチを入れた。


ブイーン。


「……おお!」


意外と力がある。


回転するブラシに引っ張られるような感じがする。


「おっとっと」


少し慌てて持ち直した。


なんだこれ。


見ていると簡単そうだったのに、実際にやってみると結構難しい。


「力入れすぎなくていいから」


「あ、はい!」


柴田さんに言われたとおり、少し力を抜いてみる。


「……おっ」


さっきより動かしやすくなった。


なるほど。


コツがあるんだな。


俺は店内の通路を少しずつ掃除していった。


ブイーン。


ブイーン。


「……ふぅ」


暑い。


なんだこれ。


めちゃくちゃ暑いぞ。


店内は涼しいはずなのに、もう汗が出てきた。


額の汗を拭く。


お客さんが来るたびに機械を端へ寄せ、通り過ぎるのを待つ。


そしてまた掃除を始める。


ブイーン。


「……ふぅぅ」


コンビニの掃除って、こんなに大変だったのか。


しかも、この機械。


ちょっと気を抜くと、行きたい方向と違うところへ動こうとする。


「……こらこら」


俺は小さく呟きながら、なんとか機械を操った。


でも、まあ、最初だからな。


そのうち慣れるだろう。


なんとか掃除を終えると、柴田さんが声をかけてきた。


「じゃあ、次はレジね」


「はい!」


来た!


いよいよレジだ。


これぞコンビニの仕事という感じがする。


俺は少しわくわくしながら、レジの前に立った。


*


「まず、商品はここで読み取って」


ピッ。


「で、ここに金額が出るから」


「あ、はい!」


「現金ならこっち。電子マネーならこれ。クレジットカードの場合は……」


「……はい!」


「あと、バーコード決済はここね」


「……はい!」


「ポイントカードがあったら先に確認して」


「……はい!」


ちょっと待ってくれ。


思っていたより、いろいろあるぞ。


俺は慌ててメモ帳を取り出した。


現金。


電子マネー。


クレジットカード。


バーコード決済。


ポイントカード。


「……えーと」


柴田さんは説明を続ける。


「あと、公共料金の支払いもあるから。これが来たら、この画面を開いて……」


「あ、はい!」


「宅配便はこっちね。伝票によって操作が違うから」


「……はい!」


「それと、ホットスナックはここ。袋は下にあるから」


「……はい!」


「弁当を買った人には箸をつけて。スプーンはこっち」


「……はい!」


「袋がなくなったら、この下の棚にあるから補充して」


「……はい!」


待って。


待って待って。


メモが追いつかない。


説明が早すぎる。


俺が一つ書いている間に、もう次の説明が始まっている。


「……えーと」


現金はこっちで。


電子マネーは……。


あれ?


さっき、どこを押すって言ってたっけ。


「あの、すみません。もう一回いいですか?」


「ん? どこ?」


「電子マネーのところなんですけど……」


「ああ、ここ。で、種類を選んで」


「あっ、はい!」


俺は急いでメモを取った。


柴田さんは、当たり前のようにレジを操作している。


指の動きが速い。


画面をほとんど見ていないんじゃないかと思うくらいだ。


「……すげえな」


思わず声が出た。


「あ?」


「あ、いや、めちゃくちゃ慣れてますね!」


「そりゃ長いからね」


「そうなんですね!」


「まあ、やってりゃ覚えるよ」


……なるほど。


やってれば覚えるのか。


そうだよな。


最初から全部できる人なんていないだろうし。


よし。


とにかくやってみよう。


しばらくすると、お客さんが商品を持ってきた。


「いらっしゃいませ!」


俺は商品を受け取った。


おにぎりが二つ。


ペットボトルのお茶。


「……えーと」


ピッ。


ピッ。


ピッ。


よし。


ここまでは大丈夫だ。


「お支払いは?」


「カードで」


「あ、はい!」


カード。


カードだな。


えーと。


「…………」


……どこだっけ。


俺が画面を見つめていると、横から柴田さんが手を伸ばした。


「これ」


「あっ、ありがとうございます!」


画面が切り替わる。


お客さんがカードをかざす。


ピッ。


「……おお」


できた。


「ありがとうございました!」


お客さんが店を出ていく。


「……ふぅ」


一人目、終了。


いやあ、緊張した。


たった三点の商品を会計しただけなのに。


でも、なんとかできたじゃないか。


……柴田さんに助けてもらったけど。


「まあ、最初はこんなもんだよ」


「あ、ありがとうございます!」


なんだ。


結構優しい人じゃないか。


仕事もできるし。


店長が安心して任せたのも分かる気がする。


それからも、お客さんが来るたびにレジを教わった。


現金。


カード。


電子マネー。


袋の有無。


温めるかどうか。


箸は必要か。


覚えることが次から次へと出てくる。


その合間にも、商品の補充や、棚の整理を教わった。


「この商品はここね」


「あ、はい!」


「古いやつを前に出して、新しいのは後ろ」


「はい!」


「あと、棚に隙間ができたら、奥の商品を前に出しといて」


「分かりました!」


俺は何度もメモ帳を開いた。


気づけば、最初のページは文字だらけになっていた。


「……これ、あとで読み返せるかな」


自分で書いた字なのに、ところどころ何を書いたのか分からない。


まあ、いいか。


大事なところは覚えているはずだ。


たぶん。


途中、柴田さんと交代で休憩を取った。


椅子に座ってメモ帳を開いてみたが、書き足したいことが次々と浮かんでくる。


……いや、ちょっと待て。


休憩なんだから、少しくらい休もう。


俺はメモ帳を閉じた。


「……ふぅ」


椅子にもたれかかる。


それにしても、コンビニって本当にいろんな仕事があるんだな。


買い物をしているだけじゃ、全然分からなかった。


休憩を終えて店内へ戻ると、柴田さんがレジに立っていた。


「じゃあ、今度はこっちやってみて」


「あ、はい!」


俺はまたメモ帳をポケットから取り出した。


*


気づけば、深夜二時を過ぎていた。


「……ふぅ」


ようやく、お客さんが少なくなってきた。


店内が静かになっている。


時々、車が駐車場に入ってくる音が聞こえるくらいだ。


「……なるほどなあ」


これが夜勤か。


最初は覚えることが多くて大変だけど、この時間になると落ち着いてくるんだな。


それに、深夜手当もつく。


朝早く起きる必要もない。


「……ふふ」


やっぱり、俺に合ってるんじゃないか?


こんな仕事なら、結構長く続けられる気がする。


そんなことを考えていると、柴田さんが話しかけてきた。


「そういえば、コンビニで働くのは初めてなんだって?」


「あ、はい! 初めてです!」


「前はどんなバイトしてたの?」


「家庭教師とかしてました」


「へえ、家庭教師?」


「はい。大学のときですけど」


「そうなんだ」


柴田さんは小さく頷いた。


「何の教科を教えてたの?」


「数学とかですね。中学生相手ですけど」


「へえ、数学かあ。俺、数学は苦手だったな」


「あ、そうなんですか」


「もう全然覚えてないよ」


柴田さんは笑った。


俺も少し笑った。


家庭教師か。


懐かしいな。


大学時代は、ああいうアルバイトもしていたんだよな。


あの頃は、仕事が終わったあとに友達と遊びに行ったりもしていた。


……。


…………。


いや、今は仕事中だ。


余計なことを考えている場合じゃない。


「あの、柴田さんはずっとコンビニなんですか?」


「あ? 俺?」


「はい」


「ああ。俺、前は店長やってたから」


「えっ、そうなんですか!」


「別の店だけどね。ずっと店長やってたよ」


「へええ! すごいですね!」


なるほど。


それであんなに仕事ができるのか。


納得だ。


レジも、掃除も、商品の補充も。


何を聞いてもすぐに答えてくれる。


長年やってきた人は違うなあ。


……。


でも。


元店長なのに、なんで今はアルバイトなんだろう。


「…………」


……いや。


さすがに、そこまでは聞かないほうがいいよな。


何か事情があるのかもしれないし。


俺だって、大学を辞めた理由を初対面の人に根掘り葉掘り聞かれたら嫌だ。


うん。


そういうところは、ちゃんと考えないとな。


「……なるほど。だから何でも詳しいんですね!」


「まあ、長いからね」


柴田さんはそう言うと、レジのほうへ戻っていった。


俺は商品の棚を眺めた。


少し乱れているところを整える。


お菓子の箱を前に出す。


ペットボトルの向きをそろえる。


「……よし」


なかなかいい感じだ。


ふと、レジのほうを見る。


柴田さんが何かを手に取っていた。


「……ん?」


新聞だ。


売り場に置いてある新聞を一部取り、広げている。


「…………」


……。


…………。


「ああ!」


そうか!


なるほど!


お客さんがいない時間は、ああやって過ごしていいのか!


そりゃそうだよな。


ずっと立っているだけじゃ暇だもんな。


柴田さんは経験豊富な人だ。


仕事の流れも全部分かっている。


だったら、こういう時間の使い方も覚えておいたほうがいい。


「……ふふ」


なんだ。


いいじゃないか、このバイト。


俺は雑誌コーナーへ向かった。


漫画雑誌が並んでいる。


「……おっ」


この漫画、まだ連載してたのか。


懐かしいな。


最近はネットばかりで、雑誌なんて全然読んでいなかった。


俺は一冊手に取り、レジの近くへ戻った。


ページを開く。


「……おお」


久しぶりに読むと面白いな。


そういえば、前はどこまで読んだっけ。


ああ、そうそう。


このキャラクター、こんなことになってたのか。


「……ふふ」


いやあ、いいなあ。


暇な時間に漫画まで読めるなんて。


「……最高じゃん」


そのときだった。


「……何してんの?」


「……はい?」


顔を上げる。


柴田さんが、新聞の向こうからこちらを見ていた。


「何やってんの?」


「あ、漫画読んでます!」


俺は雑誌を少し持ち上げた。


「でも、お客さんが来たらちゃんと戻しますよ!」


そう言って笑った。


もちろん、仕事中だということは分かっている。


お客さんが来たら、すぐに対応するつもりだ。


ところが。


「いや、漫画は読んじゃダメでしょ」


「……え?」


「仕事中なんだから」


「……あ、はい」


「お客さんがいなくても、やることはあるからね」


「あ、すみません!」


俺は慌てて漫画を閉じた。


「商品の整理とか、まだできるでしょ」


「はい! 分かりました!」


俺は漫画を売り場に戻した。


……。


…………。


なるほど。


漫画はダメなのか。


そうかそうか。


「…………」


俺はちらっと柴田さんを見た。


柴田さんは、また新聞を広げていた。


「…………」


……。


…………。


新聞はいいのか。


「…………」


まあ、新聞と漫画は違うか。


新聞はニュースとか載ってるしな。


世の中のことを知るためのものだし。


漫画は娯楽だもんな。


「……うん」


そういうことなんだろう。


それに、今日は初日だ。


あまり変なことを言わないほうがいい。


初日から印象を悪くしたら、これから働きにくくなる。


よし。


今は仕事を覚えることに集中しよう。


俺は商品棚へ向かった。


少しずれているお菓子を並べ直す。


奥の商品を前に出す。


「……うんうん」


こういう細かい作業も大事だよな。


最初が肝心だ。


やる気を見せないとな。


しばらくして、もう一度レジのほうを見る。


柴田さんは、まだ新聞を読んでいた。


「…………」


……。


俺は商品の整理を続けた。


*


午前六時過ぎ。


「……ふぅぅ」


ようやく、初めての夜勤が終わった。


長かった。


いやあ、本当に長かった。


でも、なんとか乗り切ったぞ。


掃除をして。


レジを教わって。


商品を補充して。


棚を整理して。


覚えることだらけだったけど、結構頑張ったんじゃないか?


「お疲れさま!」


後ろから声がした。


振り返ると、森田店長が立っていた。


「あっ、おはようございます!」


「おはよう。初日どうだった?」


「あ、はい! まだ覚えることがたくさんありますけど、なんとか!」


「そうだよねえ。最初は大変だよね」


森田店長は笑った。


「昨日は研修ができなくてごめんね。柴田さん、ちゃんと教えてくれた?」


「あ、はい! いろいろ教えていただきました!」


「それならよかった。柴田さんは経験長いから、仕事のことは何でも知ってるんだよ」


「そうみたいですね!」


確かに。


分からないことは、ほとんど全部教えてくれた。


説明が少し早かったけど。


……まあ、そこは俺が頑張って覚えればいい話だ。


「じゃあ、ちょっと書類だけお願いできるかな?」


「あ、はい!」


俺はバックヤードへ案内された。


雇用に必要な残りの書類や、給料の振込先などを確認する。


名前。


住所。


銀行口座。


何枚かの書類に記入していく。


「……よし」


これで手続きも終わりだ。


森田店長は書類を確認すると、笑顔で言った。


「じゃあ、これからよろしくお願いしますね」


「あ、こちらこそ! よろしくお願いします!」


「無理せず、少しずつ覚えていってね」


「はい! 頑張ります!」


いやあ。


本当にいい店長だなあ。


話し方も優しいし。


面接のときもそうだったけど、なんだか安心する。


ここなら長く働けそうだ。


そう思っていると、店長がふと思い出したように口を開いた。


「あ、そうだ」


「……はい?」


「廃棄の商品なんだけどね」


「……廃棄?」


「うん。期限が来て、廃棄処理したお弁当とか、おにぎりとか」


「あ、はい」


「うちでは、休憩中に食べたり、持って帰ったりしてもいいことにしてるんだ」


「…………」


……。


…………。


「……えっ?」


今、何て言った?


「持って帰ってもいいんですか?」


「うん。ただ、本部には内緒ね」


森田店長は少し声を小さくした。


「本当はそういうの、認められてないから。あんまり大きな声では言えないんだけどね」


「……へえええ!」


すげえ!


そんなことまでできるのか!


「ちゃんと廃棄処理したものだけにしてね。売り物はダメだから」


「あ、もちろんです!」


そんなことは分かっている。


でも、廃棄の商品って、まだ普通に食べられそうなものもあるよな?


弁当とか。


おにぎりとか。


パンとか。


「……すごいですね!」


「まあ、捨てるのももったいないからねえ」


「ありがとうございます!」


いやあ。


なんということだ。


俺は内心、ものすごく嬉しくなっていた。


だって、食費が浮くじゃないか!


一人暮らしで、食費って結構かかるんだよな。


自炊すれば安くなるけど、毎日作るのは面倒だし。


かといって、弁当ばかり買っていたら金が減る。


でも、この店なら。


「……ふふ」


休憩中に食べるものを用意しなくてもいい。


持って帰れる日があれば、家での食事にも困らない。


「……これは大きいぞ」


「ん? 何か言った?」


「あっ、いえ! ありがとうございます!」


森田店長は笑っていた。


「じゃあ、今日はお疲れさま。ゆっくり休んでね」


「はい! お疲れさまでした!」


俺は制服を脱ぎ、私服に着替えた。


帰り支度をしていると、店長が声をかけてきた。


「ああ、これ。今日の廃棄分だから、よかったら持って帰って」


「あ、いいんですか!」


渡されたのは、おにぎりが二つ。


「ありがとうございます!」


俺はありがたく受け取り、バッグにしまった。


「……ふふ」


初日から、なんだか得した気分だ。


*


コンビニを出ると、空はすっかり明るくなっていた。


「……ふぁぁぁ」


思わず、大きなあくびが出た。


眠い。


めちゃくちゃ眠い。


足も少し重いし、腕も疲れている。


でも、なんだか気分がいい。


「……いやあ、頑張ったなあ」


初出勤。


無事終了。


分からないことだらけだったけど、なんとか乗り切った。


俺はバッグを持ち直した。


中には、今日びっしり書き込んだメモ帳。


それから、廃棄のおにぎりが二つ。


「……ふふ」


そういえば、これ、いつ食べようかな。


帰ってすぐ食べるか。


いや、今は眠いし、起きてからにしよう。


……そうだ。


起きたら、おにぎりを食べながらメモを整理しよう。


我ながら、完璧な計画じゃないか。


「……よし」


早く帰ろう。


シャワーを浴びて、思いっきり寝るんだ。


明日は休みだし、目覚ましをかける必要もない。


「……最高だなあ」


俺は少し笑った。


昨日まで、仕事なんて面倒くさいと思っていた。


今日だって、最初は緊張していた。


でも、やってみると案外なんとかなるもんだな。


「……俺、結構いけるじゃん」


朝日が眩しい。


俺は少しだけ歩く速度を上げた。


次の夜勤が、ちょっと楽しみだった。

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