新聞はいいのか。
午後九時四十五分。
「……よし、到着!」
俺はコンビニの前に立っていた。
いよいよ今日から初出勤だ。
勤務開始は午後十時。
少し緊張している。
いや、少しどころじゃないかもしれない。
さっきから、何度も時計を確認している。
「……まあ、大丈夫だろ」
本当は、初出勤の前に一度、昼間の時間帯で研修を受ける予定だった。
森田店長が直々に仕事を教えてくれることになっていたのだ。
ところが、急に店長会議が入ってしまい、その予定がなくなった。
電話でそのことを聞いたときは、正直かなり不安になった。
だって、コンビニで働いたことなんて一度もないんだから。
でも、店長はこう言っていた。
『夜勤には柴田さんがいるから大丈夫ですよ。経験も長いですし、仕事は何でもできる人なので』
柴田さん。
今日から俺と一緒に夜勤をする人らしい。
かなりのベテランだという話だった。
「……うん。大丈夫だな」
コンビニなんて、俺だって何度も利用している。
レジで商品を読み取って、お金を受け取って、袋に入れる。
あとは商品の補充とか、掃除とか。
もちろん、実際に働いたことはないけど。
そこまで難しいものでもないだろう。
分からないことは柴田さんに聞けばいい。
それに、深夜ならお客さんも少ないはずだ。
最初の仕事としては、なかなかいい選択だったんじゃないか?
「……よし!」
俺は少しだけ胸を張った。
初日から暗い顔をしていたら、印象が悪い。
ここは明るくいこう。
自動ドアが開く。
ピロリロリーン。
「いらっしゃいませー」
レジに、白髪交じりのおじさんが立っていた。
五十歳くらいだろうか。
少し疲れたような顔をしている。
あの人が柴田さんかな。
俺はレジへ向かった。
「お疲れさまです!」
「ああ、お疲れさま」
「今日からアルバイトでお世話になる者です! よろしくお願いします!」
「ああ、今日からの人ね。柴田です」
「よろしくお願いします!」
「じゃあ、こっち来て」
柴田さんはレジを離れ、店の奥へ歩き始めた。
俺はその後ろについていく。
バックヤードに入ると、棚や段ボールの並んだ一角にロッカーが置かれていた。
「ロッカーはここ。空いてるところ使って」
「あ、はい!」
「これ、制服ね。新しいやつだから」
渡されたのは、まだ折り目のついた新品の制服だった。
「ありがとうございます!」
「着替えたらレジに来て。仕事教えるから」
「はい! 分かりました!」
柴田さんはそれだけ言うと、店内へ戻っていった。
「……よし」
俺はバッグからメモ帳とボールペンを取り出した。
ふふふ。
実は、ちゃんと用意してきたのだ。
初めての仕事なんだから、覚えることは多いはず。
一度聞いただけで全部覚えられるとは思っていない。
だからメモを取る。
家に帰ってから見直して、何度も反復練習する。
これが俺には一番合っている。
「……まずはロッカーの場所と」
俺はメモ帳を開いた。
ロッカーの位置。
制服の置き場所。
出勤したときの流れ。
……いや、待てよ。
出勤したときの流れって、まだ全部聞いてないな。
とりあえず、今分かっていることだけ書いておこう。
「……うんうん」
なかなかいい感じだ。
ちゃんと準備してきてよかった。
着替えを済ませ、もう一度メモを確認する。
「……よし」
すると、店内のほうから声が聞こえた。
「おーい! まだー? こっち来てー!」
「……あっ!」
しまった!
メモを取るのに夢中になっていた。
「はい! 今行きます!」
俺は慌ててメモ帳をポケットにしまい、レジへ向かった。
*
「じゃあ、まず掃除からね」
「……はい?」
掃除?
「あ、この機械使って」
柴田さんが指さしたのは、大きな掃除機のような機械だった。
下のほうに丸いブラシがついている。
「これ、床を掃除するやつ。電動だから、スイッチ入れるとブラシが回るんだよ」
「ああ、なるほど!」
「こんな感じで動かして」
柴田さんが機械を動かす。
ブイーン。
下のブラシが回転しながら、床を磨いていく。
「おお……」
すげえ。
こんな機械があるのか。
普通のモップで掃除するのかと思っていた。
「ここから始めて、通路を順番にやっていって。お客さんが来たら邪魔にならないようにな」
「はい!」
「掃除する時間もだいたい決まってるから、覚えといて」
「あ、ちょっとメモしてもいいですか?」
「ん? ああ、いいよ」
俺はメモ帳を取り出した。
掃除の時間。
機械の使い方。
掃除する順番。
「……よし」
これなら忘れないだろう。
「じゃあ、やってみて」
「はい!」
俺は機械のスイッチを入れた。
ブイーン。
「……おお!」
意外と力がある。
回転するブラシに引っ張られるような感じがする。
「おっとっと」
少し慌てて持ち直した。
なんだこれ。
見ていると簡単そうだったのに、実際にやってみると結構難しい。
「力入れすぎなくていいから」
「あ、はい!」
柴田さんに言われたとおり、少し力を抜いてみる。
「……おっ」
さっきより動かしやすくなった。
なるほど。
コツがあるんだな。
俺は店内の通路を少しずつ掃除していった。
ブイーン。
ブイーン。
「……ふぅ」
暑い。
なんだこれ。
めちゃくちゃ暑いぞ。
店内は涼しいはずなのに、もう汗が出てきた。
額の汗を拭く。
お客さんが来るたびに機械を端へ寄せ、通り過ぎるのを待つ。
そしてまた掃除を始める。
ブイーン。
「……ふぅぅ」
コンビニの掃除って、こんなに大変だったのか。
しかも、この機械。
ちょっと気を抜くと、行きたい方向と違うところへ動こうとする。
「……こらこら」
俺は小さく呟きながら、なんとか機械を操った。
でも、まあ、最初だからな。
そのうち慣れるだろう。
なんとか掃除を終えると、柴田さんが声をかけてきた。
「じゃあ、次はレジね」
「はい!」
来た!
いよいよレジだ。
これぞコンビニの仕事という感じがする。
俺は少しわくわくしながら、レジの前に立った。
*
「まず、商品はここで読み取って」
ピッ。
「で、ここに金額が出るから」
「あ、はい!」
「現金ならこっち。電子マネーならこれ。クレジットカードの場合は……」
「……はい!」
「あと、バーコード決済はここね」
「……はい!」
「ポイントカードがあったら先に確認して」
「……はい!」
ちょっと待ってくれ。
思っていたより、いろいろあるぞ。
俺は慌ててメモ帳を取り出した。
現金。
電子マネー。
クレジットカード。
バーコード決済。
ポイントカード。
「……えーと」
柴田さんは説明を続ける。
「あと、公共料金の支払いもあるから。これが来たら、この画面を開いて……」
「あ、はい!」
「宅配便はこっちね。伝票によって操作が違うから」
「……はい!」
「それと、ホットスナックはここ。袋は下にあるから」
「……はい!」
「弁当を買った人には箸をつけて。スプーンはこっち」
「……はい!」
「袋がなくなったら、この下の棚にあるから補充して」
「……はい!」
待って。
待って待って。
メモが追いつかない。
説明が早すぎる。
俺が一つ書いている間に、もう次の説明が始まっている。
「……えーと」
現金はこっちで。
電子マネーは……。
あれ?
さっき、どこを押すって言ってたっけ。
「あの、すみません。もう一回いいですか?」
「ん? どこ?」
「電子マネーのところなんですけど……」
「ああ、ここ。で、種類を選んで」
「あっ、はい!」
俺は急いでメモを取った。
柴田さんは、当たり前のようにレジを操作している。
指の動きが速い。
画面をほとんど見ていないんじゃないかと思うくらいだ。
「……すげえな」
思わず声が出た。
「あ?」
「あ、いや、めちゃくちゃ慣れてますね!」
「そりゃ長いからね」
「そうなんですね!」
「まあ、やってりゃ覚えるよ」
……なるほど。
やってれば覚えるのか。
そうだよな。
最初から全部できる人なんていないだろうし。
よし。
とにかくやってみよう。
しばらくすると、お客さんが商品を持ってきた。
「いらっしゃいませ!」
俺は商品を受け取った。
おにぎりが二つ。
ペットボトルのお茶。
「……えーと」
ピッ。
ピッ。
ピッ。
よし。
ここまでは大丈夫だ。
「お支払いは?」
「カードで」
「あ、はい!」
カード。
カードだな。
えーと。
「…………」
……どこだっけ。
俺が画面を見つめていると、横から柴田さんが手を伸ばした。
「これ」
「あっ、ありがとうございます!」
画面が切り替わる。
お客さんがカードをかざす。
ピッ。
「……おお」
できた。
「ありがとうございました!」
お客さんが店を出ていく。
「……ふぅ」
一人目、終了。
いやあ、緊張した。
たった三点の商品を会計しただけなのに。
でも、なんとかできたじゃないか。
……柴田さんに助けてもらったけど。
「まあ、最初はこんなもんだよ」
「あ、ありがとうございます!」
なんだ。
結構優しい人じゃないか。
仕事もできるし。
店長が安心して任せたのも分かる気がする。
それからも、お客さんが来るたびにレジを教わった。
現金。
カード。
電子マネー。
袋の有無。
温めるかどうか。
箸は必要か。
覚えることが次から次へと出てくる。
その合間にも、商品の補充や、棚の整理を教わった。
「この商品はここね」
「あ、はい!」
「古いやつを前に出して、新しいのは後ろ」
「はい!」
「あと、棚に隙間ができたら、奥の商品を前に出しといて」
「分かりました!」
俺は何度もメモ帳を開いた。
気づけば、最初のページは文字だらけになっていた。
「……これ、あとで読み返せるかな」
自分で書いた字なのに、ところどころ何を書いたのか分からない。
まあ、いいか。
大事なところは覚えているはずだ。
たぶん。
途中、柴田さんと交代で休憩を取った。
椅子に座ってメモ帳を開いてみたが、書き足したいことが次々と浮かんでくる。
……いや、ちょっと待て。
休憩なんだから、少しくらい休もう。
俺はメモ帳を閉じた。
「……ふぅ」
椅子にもたれかかる。
それにしても、コンビニって本当にいろんな仕事があるんだな。
買い物をしているだけじゃ、全然分からなかった。
休憩を終えて店内へ戻ると、柴田さんがレジに立っていた。
「じゃあ、今度はこっちやってみて」
「あ、はい!」
俺はまたメモ帳をポケットから取り出した。
*
気づけば、深夜二時を過ぎていた。
「……ふぅ」
ようやく、お客さんが少なくなってきた。
店内が静かになっている。
時々、車が駐車場に入ってくる音が聞こえるくらいだ。
「……なるほどなあ」
これが夜勤か。
最初は覚えることが多くて大変だけど、この時間になると落ち着いてくるんだな。
それに、深夜手当もつく。
朝早く起きる必要もない。
「……ふふ」
やっぱり、俺に合ってるんじゃないか?
こんな仕事なら、結構長く続けられる気がする。
そんなことを考えていると、柴田さんが話しかけてきた。
「そういえば、コンビニで働くのは初めてなんだって?」
「あ、はい! 初めてです!」
「前はどんなバイトしてたの?」
「家庭教師とかしてました」
「へえ、家庭教師?」
「はい。大学のときですけど」
「そうなんだ」
柴田さんは小さく頷いた。
「何の教科を教えてたの?」
「数学とかですね。中学生相手ですけど」
「へえ、数学かあ。俺、数学は苦手だったな」
「あ、そうなんですか」
「もう全然覚えてないよ」
柴田さんは笑った。
俺も少し笑った。
家庭教師か。
懐かしいな。
大学時代は、ああいうアルバイトもしていたんだよな。
あの頃は、仕事が終わったあとに友達と遊びに行ったりもしていた。
……。
…………。
いや、今は仕事中だ。
余計なことを考えている場合じゃない。
「あの、柴田さんはずっとコンビニなんですか?」
「あ? 俺?」
「はい」
「ああ。俺、前は店長やってたから」
「えっ、そうなんですか!」
「別の店だけどね。ずっと店長やってたよ」
「へええ! すごいですね!」
なるほど。
それであんなに仕事ができるのか。
納得だ。
レジも、掃除も、商品の補充も。
何を聞いてもすぐに答えてくれる。
長年やってきた人は違うなあ。
……。
でも。
元店長なのに、なんで今はアルバイトなんだろう。
「…………」
……いや。
さすがに、そこまでは聞かないほうがいいよな。
何か事情があるのかもしれないし。
俺だって、大学を辞めた理由を初対面の人に根掘り葉掘り聞かれたら嫌だ。
うん。
そういうところは、ちゃんと考えないとな。
「……なるほど。だから何でも詳しいんですね!」
「まあ、長いからね」
柴田さんはそう言うと、レジのほうへ戻っていった。
俺は商品の棚を眺めた。
少し乱れているところを整える。
お菓子の箱を前に出す。
ペットボトルの向きをそろえる。
「……よし」
なかなかいい感じだ。
ふと、レジのほうを見る。
柴田さんが何かを手に取っていた。
「……ん?」
新聞だ。
売り場に置いてある新聞を一部取り、広げている。
「…………」
……。
…………。
「ああ!」
そうか!
なるほど!
お客さんがいない時間は、ああやって過ごしていいのか!
そりゃそうだよな。
ずっと立っているだけじゃ暇だもんな。
柴田さんは経験豊富な人だ。
仕事の流れも全部分かっている。
だったら、こういう時間の使い方も覚えておいたほうがいい。
「……ふふ」
なんだ。
いいじゃないか、このバイト。
俺は雑誌コーナーへ向かった。
漫画雑誌が並んでいる。
「……おっ」
この漫画、まだ連載してたのか。
懐かしいな。
最近はネットばかりで、雑誌なんて全然読んでいなかった。
俺は一冊手に取り、レジの近くへ戻った。
ページを開く。
「……おお」
久しぶりに読むと面白いな。
そういえば、前はどこまで読んだっけ。
ああ、そうそう。
このキャラクター、こんなことになってたのか。
「……ふふ」
いやあ、いいなあ。
暇な時間に漫画まで読めるなんて。
「……最高じゃん」
そのときだった。
「……何してんの?」
「……はい?」
顔を上げる。
柴田さんが、新聞の向こうからこちらを見ていた。
「何やってんの?」
「あ、漫画読んでます!」
俺は雑誌を少し持ち上げた。
「でも、お客さんが来たらちゃんと戻しますよ!」
そう言って笑った。
もちろん、仕事中だということは分かっている。
お客さんが来たら、すぐに対応するつもりだ。
ところが。
「いや、漫画は読んじゃダメでしょ」
「……え?」
「仕事中なんだから」
「……あ、はい」
「お客さんがいなくても、やることはあるからね」
「あ、すみません!」
俺は慌てて漫画を閉じた。
「商品の整理とか、まだできるでしょ」
「はい! 分かりました!」
俺は漫画を売り場に戻した。
……。
…………。
なるほど。
漫画はダメなのか。
そうかそうか。
「…………」
俺はちらっと柴田さんを見た。
柴田さんは、また新聞を広げていた。
「…………」
……。
…………。
新聞はいいのか。
「…………」
まあ、新聞と漫画は違うか。
新聞はニュースとか載ってるしな。
世の中のことを知るためのものだし。
漫画は娯楽だもんな。
「……うん」
そういうことなんだろう。
それに、今日は初日だ。
あまり変なことを言わないほうがいい。
初日から印象を悪くしたら、これから働きにくくなる。
よし。
今は仕事を覚えることに集中しよう。
俺は商品棚へ向かった。
少しずれているお菓子を並べ直す。
奥の商品を前に出す。
「……うんうん」
こういう細かい作業も大事だよな。
最初が肝心だ。
やる気を見せないとな。
しばらくして、もう一度レジのほうを見る。
柴田さんは、まだ新聞を読んでいた。
「…………」
……。
俺は商品の整理を続けた。
*
午前六時過ぎ。
「……ふぅぅ」
ようやく、初めての夜勤が終わった。
長かった。
いやあ、本当に長かった。
でも、なんとか乗り切ったぞ。
掃除をして。
レジを教わって。
商品を補充して。
棚を整理して。
覚えることだらけだったけど、結構頑張ったんじゃないか?
「お疲れさま!」
後ろから声がした。
振り返ると、森田店長が立っていた。
「あっ、おはようございます!」
「おはよう。初日どうだった?」
「あ、はい! まだ覚えることがたくさんありますけど、なんとか!」
「そうだよねえ。最初は大変だよね」
森田店長は笑った。
「昨日は研修ができなくてごめんね。柴田さん、ちゃんと教えてくれた?」
「あ、はい! いろいろ教えていただきました!」
「それならよかった。柴田さんは経験長いから、仕事のことは何でも知ってるんだよ」
「そうみたいですね!」
確かに。
分からないことは、ほとんど全部教えてくれた。
説明が少し早かったけど。
……まあ、そこは俺が頑張って覚えればいい話だ。
「じゃあ、ちょっと書類だけお願いできるかな?」
「あ、はい!」
俺はバックヤードへ案内された。
雇用に必要な残りの書類や、給料の振込先などを確認する。
名前。
住所。
銀行口座。
何枚かの書類に記入していく。
「……よし」
これで手続きも終わりだ。
森田店長は書類を確認すると、笑顔で言った。
「じゃあ、これからよろしくお願いしますね」
「あ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
「無理せず、少しずつ覚えていってね」
「はい! 頑張ります!」
いやあ。
本当にいい店長だなあ。
話し方も優しいし。
面接のときもそうだったけど、なんだか安心する。
ここなら長く働けそうだ。
そう思っていると、店長がふと思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ」
「……はい?」
「廃棄の商品なんだけどね」
「……廃棄?」
「うん。期限が来て、廃棄処理したお弁当とか、おにぎりとか」
「あ、はい」
「うちでは、休憩中に食べたり、持って帰ったりしてもいいことにしてるんだ」
「…………」
……。
…………。
「……えっ?」
今、何て言った?
「持って帰ってもいいんですか?」
「うん。ただ、本部には内緒ね」
森田店長は少し声を小さくした。
「本当はそういうの、認められてないから。あんまり大きな声では言えないんだけどね」
「……へえええ!」
すげえ!
そんなことまでできるのか!
「ちゃんと廃棄処理したものだけにしてね。売り物はダメだから」
「あ、もちろんです!」
そんなことは分かっている。
でも、廃棄の商品って、まだ普通に食べられそうなものもあるよな?
弁当とか。
おにぎりとか。
パンとか。
「……すごいですね!」
「まあ、捨てるのももったいないからねえ」
「ありがとうございます!」
いやあ。
なんということだ。
俺は内心、ものすごく嬉しくなっていた。
だって、食費が浮くじゃないか!
一人暮らしで、食費って結構かかるんだよな。
自炊すれば安くなるけど、毎日作るのは面倒だし。
かといって、弁当ばかり買っていたら金が減る。
でも、この店なら。
「……ふふ」
休憩中に食べるものを用意しなくてもいい。
持って帰れる日があれば、家での食事にも困らない。
「……これは大きいぞ」
「ん? 何か言った?」
「あっ、いえ! ありがとうございます!」
森田店長は笑っていた。
「じゃあ、今日はお疲れさま。ゆっくり休んでね」
「はい! お疲れさまでした!」
俺は制服を脱ぎ、私服に着替えた。
帰り支度をしていると、店長が声をかけてきた。
「ああ、これ。今日の廃棄分だから、よかったら持って帰って」
「あ、いいんですか!」
渡されたのは、おにぎりが二つ。
「ありがとうございます!」
俺はありがたく受け取り、バッグにしまった。
「……ふふ」
初日から、なんだか得した気分だ。
*
コンビニを出ると、空はすっかり明るくなっていた。
「……ふぁぁぁ」
思わず、大きなあくびが出た。
眠い。
めちゃくちゃ眠い。
足も少し重いし、腕も疲れている。
でも、なんだか気分がいい。
「……いやあ、頑張ったなあ」
初出勤。
無事終了。
分からないことだらけだったけど、なんとか乗り切った。
俺はバッグを持ち直した。
中には、今日びっしり書き込んだメモ帳。
それから、廃棄のおにぎりが二つ。
「……ふふ」
そういえば、これ、いつ食べようかな。
帰ってすぐ食べるか。
いや、今は眠いし、起きてからにしよう。
……そうだ。
起きたら、おにぎりを食べながらメモを整理しよう。
我ながら、完璧な計画じゃないか。
「……よし」
早く帰ろう。
シャワーを浴びて、思いっきり寝るんだ。
明日は休みだし、目覚ましをかける必要もない。
「……最高だなあ」
俺は少し笑った。
昨日まで、仕事なんて面倒くさいと思っていた。
今日だって、最初は緊張していた。
でも、やってみると案外なんとかなるもんだな。
「……俺、結構いけるじゃん」
朝日が眩しい。
俺は少しだけ歩く速度を上げた。
次の夜勤が、ちょっと楽しみだった。




