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『国宝級イケメンの願掛けが「彼女希望」だった件~伏見稲荷の狐神二柱に連れ回された男子高校生、数年後の運命を託される~』  作者: Eternity Beat


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第2話:「修学旅行でしょ? 地元民に任せなさい!」~陽気な狐神の京都爆走ツアー~

「ちょっ……おい! 離せ! 見知らぬ他者との過剰な身体的接触は、強要罪、あるいは府の迷惑防止条例に――!」

「あはは! 何言ってるかぜーんぜん分かんないけど、声がめっちゃ良いね怜くん!」

「電車の時間なんて、後でいくらでも取り返せるわよ! ほら、足を前に出す! いっち、に、いっち、に!」


伏見稲荷駅の改札をくぐり抜けた瞬間、俺の理路整然とした世界は音を立てて瓦解した。

右腕を抱え込んでいるのは、カジュアルなゆるふわコーデに身を包み、太陽のようにケラケラと笑うアユミ。

左腕をガッチリとロックしているのは、クール系のお姉さん風の出で立ちで、涼しげな流し目を向けながらグイグイと歩を進めるユナ。


ふたりから漂うのは、秋の京都の冷気すら一瞬で吹き飛ばすような、圧倒的で陽気な熱量。

手元の腕時計を見れば、緻密に組み上げた旅程管理表のスケジュールは、すでに秒単位ではなく分単位で不可逆的な遅延を起こしていた。


「なんなんだ、おまえたちは……! 見ず知らずの男子高校生を拉致して、一体何のメリットがある!?」

「メリット? そんなの、せっかく京都に来た可愛い男の子が、眉間にシワ寄せて難しそうな顔してたからに決まってんでしょ!」

アユミが無邪気な満面の笑みを向けてくる。至近距離で見つめられるその瞳は黄金色に透き通り、吸い込まれそうなほど綺麗だった。

「そうよ。私たち地元民(神)の誇りにかけて、あんたのそのガチガチに凍りついた頭を、最高の京都観光でほぐしてあげるわ」

ユナが勝ち気な口角をキュッと上げ、俺の顔を覗き込む。完璧に整った大人の女性の美貌に、心臓がトクンと不規則な拍動を打った。


ふたりに引っ張られ、最初に連れてこられたのは、伏見稲荷の参道に軒を連ねる賑やかな商店街だった。


「ほら怜くん、口開けて! あーーん!」

「むぐっ……!? ん、んぐ……ッ!?」


抗議の声をあげようと開いた俺の口に、湯気を立てる焼きたてのみたらし団子が丸ごと一本、力技で突っ込まれる。

焦げた醤油の香ばしさと、濃厚で上品な甘辛いタレ、そして信じられないほど柔らかい餅の弾力が、口腔内いっぱいに爆発した。


「どーお? 美味しいでしょ!」

目をキラキラさせて顔を覗き込んでくるアユミ。

俺は咀嚼を終え、唇についたタレを手の甲で拭いながら、必死に論理の防壁を張り直した。


「……単糖類および二糖類の急激な摂取は血糖値のスパイクを引き起こし、インスリンの過剰分泌を招く。また、咀嚼プロセスの合意形成を経ない経口投与は極めて非人道的――」

「はいはい、小難しい理屈はいいから! 『美味しい』か『美味しくない』か、どっちなの!」

アユミがぷくーっと頬を膨らませて腰に手を当てる。その姿があまりにも子供っぽく、けれど底抜けに愛らしくて、俺の喉が詰まる。

「……美味しい。非常に、悔しいが」

「よっしゃー! 美味しいは正義! 次はあそこの狐煎餅ね!」

「まだ食べる気か!?」


呆然とする俺の隣で、今度はユナがフッと優雅な笑みを漏らした。

「ふふ、素直でよろしい。……ねえ怜、あんたさっき絵馬の前で、『狐がサピエンスを化かすなんてナンセンスだ』って吐き捨ててたでしょ」

「なっ……!? な、ぜそれを……」

息を呑む。

奥社で絵馬を書いた時、周囲には誰もいなかったはずだ。


ユナは悪戯っぽく長い睫毛を伏せると、参道脇に鎮座する白狐の石像にスッと指先を滑らせた。

「平安の昔からね、この京の都には化かす狐もいれば、サピエンスを福で包み込む狐もいたのよ。教科書に載っている歴史なんて、勝者が都合よく編纂したペラペラの記録に過ぎないわ。本当の都の姿はもっと泥臭くて、適当で、理不尽で……だからこそ、愛おしいの」

「……歴史の、裏側……?」

「そう。論理や数式だけでサピエンスを推し量ろうとするから、あんたは息苦しくなるのよ。世界はね、もっとわけのわからない情念と奇跡で回っているの」


ユナの言葉は、普段俺が論理でねじ伏せてきた同級生たちの浅いおしゃべりとは、次元が違っていた。

まるで千年の時の流れをその目で直接見てきたかのような、底知れない知性と深遠な響き。

自分の思考速度を軽々と追い越し、さらに高い視座から見下ろして包み込んでくるような大人の女性の言葉に、俺は言葉を失った。


「……あんた、いったい何者なんだ。ただの地元民じゃないだろ」

「あら、ただの綺麗なお姉さんよ?」

ユナは悪戯っぽくウインクしてみせる。


それから夕方まで、嵐のような時間が過ぎていった。

鴨川の河川敷に腰を下ろし、アユミに半分強奪された抹茶ソフトを分け合い、ユナと京都の都市構造や歴史のパラドックスについて熱い議論を交わす。

普段なら「結論から話せ」とコンマ1ミリ秒で瞬殺していたはずの俺が、気づけば自分から熱心に言葉を紡ぎ、ふたりの突拍子もないツッコミに声を上げて笑っていた。


俺の頭脳と対等に渡り合える知性。

完璧主義で尖りきった俺を、少しも否定せずに「生意気だけど可愛いね」と丸ごと受け止めてくれる圧倒的な包容力。


――こんなサピエンスたち、学校のどこを探したっていなかった。


「……あ」


ふと見上げた空が、鮮やかな茜色に染まり始めていた。

鴨川の水面が黄金色に輝き、冷たい夕暮れの風がブレザーの裾を揺らす。


「もう……こんな時間か」


手元の腕時計は、とっくにホテルの集合時刻を過ぎていた。

普段の俺ならパニックを起こしてスケジュールを再計算しているはずなのに、今の胸を支配しているのは、ただ一つ。


――この時間が、終わってほしくない。


「楽しかったねー、怜くん!」

アユミが伸びをしながら、夕陽を背にして笑いかける。

「ああ。……本当に、楽しかったよ。こんなに楽しい一日は、生まれて初めてだった」

俺が素直に頭を下げると、ユナとアユミは顔を見合わせ、どこか慈しむような、そして少しだけ切なげな笑みを浮かべた。


「そろそろ、戻りましょうか。始まりの場所へ」


ユナに促され、三人は再び、夕暮れの伏見稲荷・千本鳥居へと向かって歩き出した。

朱色の鳥居の群れが、昼間の賑わいを脱ぎ捨て、神域と下界の境界を曖昧にする「逢魔が時」の紫紺へと沈みかけていた。

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