警視庁2〈前半〉
東京都中央区――警視庁中央警察署。
署内には重苦しい空気が漂っていた。
廊下には取調室が並び、無機質な白色灯が静かに床を照らしている。
その一角。
自動販売機の前で、水野相馬が缶コーヒーを買っていた。
ガコン。
缶が落ちる。
水野はそれを取り出し、静かにプルタブを開けた。
その時。
背後の取調室の扉が開く。
「それじゃ、後は頼むぞ」
伊藤勇作が疲れた顔で出てきた。
ネクタイは少し緩み、取調べの長さを物語っている。
水野はコーヒーを一口飲みながら聞いた。
「……その感じだと、まだ吐いてないみたいだな」
伊藤はため息をつく。
「あぁ」
「すぐ折れると思ったんだけどな」
彼は取調室ドアの小さなガラス窓を見る。
その向こう。
白石真帆が椅子へ座っていた。
疲れた表情。
だが、まだ何も話していない。
伊藤は苦笑する。
「中々手ごわいぞ、あの女」
水野は壁へ寄りかかった。
「荒木巧」
その名前を静かに口にする。
「前の銀行強盗事件でも、最後まで追跡へ参加していた」
「理由はどうあれ、機密資料回収のため保安庁側から動いていた可能性は高い」
伊藤が腕を組む。
「財閥と繋がってる可能性も十分あるってことか」
「恐らくな」
水野は低く答えた。
「保安庁と財閥の癒着は、もう隠しきれてない」
伊藤は少し笑った。
「まぁ、あいつの場合、単純に報酬金目当てな気もするけどな」
そのまま二人は廊下を歩き始める。
伊藤は話を続けた。
「しかも今度は築地市場だ」
「重要資料が盗まれて、まだ回収できてない」
「二度もやられた財閥側も、保安庁に相当疑心暗鬼になってるだろうな」
その時だった。
ボボボボボボ――――。
重低音。
窓ガラスが微かに震える。
二人は同時に外を見る。
高層ビルの隙間を、堂田財閥の大型ヘリが飛行していた。
水野はその音を聞きながら呟く。
「……財閥が独断で動き始める時が来るかもしれないな」
伊藤の表情も少し険しくなる。
「最近は堂田だけじゃない」
「大山、津蔵、菅原……他の財閥も武装力を持ち始めてる」
「それだけは避けないとな」
警視庁が目指しているもの
それは単なる捜査ではない
財閥の極秘情報を暴き
保安庁との癒着を断ち切り
企業に支配された東京から、かつての秩序を取り戻すことだった。
だが。
それは同時に。
財閥そのものを敵に回すことでもある。
一方その頃――。
中央区外環道路
警察擬装車両が高速道路を走っていた。
運転席には帽子を深く被った荒木巧が、無言でハンドルを握っている。
助手席には警察用偽造ID
ダッシュボードには拳銃
そしてシート横には、小型通信妨害装置
彼の目は完全に本気だった。
「……待ってろ」
白石真帆
唯一、自分が普通の人間でいられる場所。
荒木はアクセルをさらに踏み込む。
中央警察署まで、残り数分。
だが彼はまだ知らない。
既に中央警察署周辺では――。
堂田財閥直属部隊
東京保安庁
そして警視庁公安部
三つの勢力が、水面下で動き始めていたことを。




