堂田財閥3
埼玉県さいたま市。
かつて「東京のベッドタウン」と呼ばれていたこの街は、今や別の姿へ変わり始めていた。
堂田財閥主導による超大規模再開発計画――。
その影響で、市内の中小企業のほぼ全てが堂田系ホールディングスへ統合され、街そのものが巨大経済圏へ組み込まれようとしていた。
さいたま新都心周辺では、超高層ビル建設が各地で進行中だった。
高さ六〇〇メートル級のビル群の建設予定地が乱立し、
地上では大型重機が絶え間なく動き、無人輸送トラックが建材を運び続け、
上空では、堂田財閥製大型輸送ドローンが空を埋め尽くしていた。
その中心にそびえるのが――。
「堂田ヒルズ・サイタマ」。
高さ六七〇メートル。
堂田財閥の経済力を誇示するように建てられた、関東最大級の超高層ビルだった。
その内部。
モダンデザインで統一された静かな廊下を、田中龍平が歩いていた。
ガラス壁の向こうには建設中の巨大都市が見える。
その時。
反対側から武装した集団が歩いてきた。
黒い装甲服。
自動小銃。
統一された足音。
堂田財閥直属部隊。
十名ほどの部隊が無言で通り過ぎていく。
田中が視線で追っていると――。
「やあ、田中君」
前方から声がした。
田中が振り向くと、
そこに立っていたのは、広瀬博一、56歳。
市議会議員であり、この再開発計画の中心人物だった。
高級スーツに身を包み、政治家特有の柔らかな笑みを浮かべている。
「あぁ、広瀬さん」
田中はすぐに頭を下げた。
「今回の再開発への資金提供、本当にありがとうございました」
二人は握手を交わす。
広瀬は笑った。
「いやいや」
「資金提供を提案したのは、御社の堂田さんじゃないですか」
彼は窓の外を見上げる。
「あなた方のおかげで、今回の再開発は上手くいきそうですよ」
その視線の先では、大型ドローンが鉄骨を吊り上げていた。
田中は静かに言う。
「工事完了は、どれくらいになりそうですか?」
広瀬は少し考え込む。
「まぁ……予想ではあと三年ほどですね」
「大型ドローンのおかげで、かなり作業効率が上がってるんですよ」
田中はわずかに笑った。
「我が社製ドローンに勝てる企業はありませんから」
「全くだ」
広瀬は満足そうに頷く。
「では私はこの後会議があるので」
そう言い残し、その場を去っていった。
田中は丁寧に一礼する。
広瀬の姿が完全に見えなくなると、ゆっくり頭を上げた。
そして小さく息を吐く。
「……政治家ってのは、本当に笑顔が上手いな」
田中はスマホを確認した。
着信
堂田財閥本社。
田中はすぐ折り返す。
数秒後。
『……田中か』
出たのは中津直樹だった。
「何かあったんですか?」
田中が聞く。
すると中津は短く答えた。
『ああ。少々、問題が発生した』
――場面は変わる。
東京都中央区・築地。
地下深くに建設された巨大市場施設――新築地市場。
旧築地市場を遥かに超える規模を誇り、現在では関東物流の中心地となっている。
もちろん、この施設も堂田系ホールディングス傘下だった。
地下通路では魚介類が大量に運ばれ、無数の業者たちが声を張り上げている。
……はずだった。
だが今日、その一角だけは異様な静けさに包まれていた。
黄色い規制線。
封鎖された通路。
並ぶ警視庁車両。
地下出入口前では、多数の警察官が捜査を行っている。
田中と中津は、その現場へ到着していた。
中津が歩きながら説明する。
「築地市場・資料管理部から重要資料が盗まれた」
田中の目が細くなる。
「警察も捜査中だが……妙なんだ」
「妙?」
「市場内の防犯カメラ全てが、犯行時刻の十分前から襲撃後五分後まで完全に砂嵐状態だった」
「電子攻撃……?」
「おそらくな」
二人は封鎖区域を歩いていく。
「警備員も全出入口へ配置されていた」
「だが、閉店後に侵入した形跡が一切見つからない」
田中は無言になる。
完全にプロの犯行だった。
彼は低い声で聞いた。
「……ちなみに、盗まれたのは?」
中津は少しだけ黙る。
そして答えた。
「財閥が過去に行ってきた再開発地域と、その投入金額一覧だ」
その瞬間。
田中の表情が変わった。
――ただの内部資料じゃない。
再開発地域。
資金流入
政治家
土地買収
もし情報が外へ流れれば。
財閥と政治界の繋がりまで辿られる可能性がある。
「……なるほど」
田中は即座にスマホを取り出した。
「直属部隊を動かします」
短く連絡を入れる。
『財閥直属部隊へ。資料紛失事件の捜査へ即時参加しろ』
送信完了。
その時だった。
規制線の向こう側。
現場検証をしていた二人の刑事がこちらを見ていた。
水野相馬。
伊藤勇作。
警視庁の二人だった。
伊藤が小さく呟く。
「……来たぞ、財閥側」
水野は黙ったまま、田中を見つめていた。
そして田中もまた、水野たちへ視線を向ける。
警視庁
堂田財閥
互いに笑顔一つ見せないまま。
地下市場の冷たい空気の中で、静かな睨み合いが始まっていた。




