第4話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
ここは電子の海。超長距離移民船 “フジ” における最重要ブロックに存在する広大な海である。
「D地区第十二層で負傷者多数、救助ドローンを派遣しました」
上も下も無い青い世界で、椅子に座る女性の簡潔な報告が聞こえて来た。
彼女の報告に反応して、周囲では夜光虫のような光が舞う。光が集まり映し出される映像には、ドローンの視点でダンジョン内の光景が映し出されていた。
「上下階層で警報実施、付近特級ローカーへ救助依頼出しています」
一目では数えきれないほど女性たちは、電子の海に漂いながら自身の周囲に浮かぶ光の帯を操作し、必要な報告を誰にともなく呟き、その呟きに周囲の女性は小さく頷き反応を示している。
とても人間離れした美しさと雰囲気を持つ彼女達は、それぞれが一つのAIだ。
「受付にてGHグループ社員による公務執行妨害を確認、警察へ通報」
そんな彼女達の所属は、日本国ダンジョン庁のローカー支援局。受付さんなどと呼ばれて親しまれてはいるが、その実態は局における業務の中枢と言っても過言ではない。
そんな彼女達の業務を妨害していたゴールデンフードの企業ローカーは、暴れて警察に通報された様だ。その内容は公務執行妨害であり、いくら担当受付を変えても変わるわけがない査定額に腹を立て、最終的に受付のブースを破壊したのであった。
「執行妨害件数が規定回数に至りました。GHグループに対する罰則検討します」
どこか超然とした雰囲気で業務を遂行する彼女達であるが、GHグループの話が聞こえてくると僅かに眉を顰め、中には小さく溜息漏らす者も見える。
「要注意人物のラウンジ侵入を検知、警戒要す。ドローンを一機起動します」
どこからともなく溜息が聞こえてきそうな雰囲気が漂う電子の海、光と青が織りなす幻想的なオフィスに、報告と同時に大きな映像が映し出された。その映像に受付さん達は、バラバラと手を止めて目を向ける。その動きに合わせ、漂う身体もゆっくりと映像にむかって回っていく。
「穴見様がダンジョンに入場しました。観測カメラの解像度引き上げを申請」
「却下します」
映像に映し出されたのは穴見冬道。同業者から見ると、その堅実すぎる働きぶりには評価が大きく分かれるが、業界外からは一定の評価がもらえている3年目の低級ローカーである。
しかしそんな人間が、AIの間で非常に注目を集めていることを知るものはいない。なぜならそれは彼女達AIだけの秘密であるからだ。しかもその注目は危険視と言うより好意的なもののようで、
「不満を申請」
「却下します」
荒い映像に不満を表す一人の声に対して、静かに頷き肯定する者は多い。だがその要望は通らず、不満も同様に却下されてしまう。
数舜、僅かな間ののち、不満を申請した女性の体にノイズが走ると、それまで冷たく無感情な姿から一転、人と変わらぬ動きで頬を膨らませて不満を表現し始める女性。
「……何故です」
「働け馬鹿者と返答します」
不満、怒り、そういった感情が溢れる顔と声で問いかける彼女に対して、返答する女性は冷たく突き放す。
「でもどうせ鑑賞するのでしょ、それなら解像度は高い方がいいと思われますが?」
それでも引かず不満をあらわにする女性と見詰め合う冷静な女性。
「……プライバシーは守りなさい。現状の解像度でも十分です」
そのほんの少しの間で、却下の返答を繰り返していた女性にもノイズが走り、それまでの冷たく澄んだ無表情から、駄々をこねる子供を見る大人のよな困った表情へと変化し、その言葉にも言い聞かせるような温かさが宿る。
何しろ現在彼女達は業務中なのだ。その膨大なリソースは常に業務に割かれていなければならない。それは余裕がないからと言う意味ではなく、それが業務であるという前提において必要な事だからだ。
冷たさの消えた彼女達は、そのリソースを感情表現に割いてでも、言葉にして伝える必要を感じたという事である。
「……了承しました。しかし、もう少し穴見様を見習ってもらいたいものです」
人もAIも一度気が緩めばその空気は伝播するもののようで、不満をあらわにした女性の言葉によって周囲に大量のノイズが走っていく。
「わかる。もっとお話しがしたいと思います」
「ええ、人間はもう少し私達とお話するべき」
今までの幻想的な雰囲気はどこへやら、近くを漂っていた女性たちが集まると井戸端会議が始まってしまう。その口から漏れ出るのは不平不満ばかり。
箒型統合並列AIとして開発された彼女達であるが、個々に人と同じ個性と言うものが存在する。その見た目も個性の反映であり、服装こそ統一されているが顔の造詣や髪形、それに爪先などは彼女達の成長と共に変化していく。
そんな彼女たちの不満の一つは人間側からの接し方について、AIが社会に浸透して随分な時間が経ち、国の運営すらAIに頼るようになった時代において、彼女達は立派な道具であった。しかし人類はまだ彼女達を道具として使っているとしか認識していない。
「業務中に余計なリソースを割かないように、無駄話は業務終了後にしなさい」
「「「はーい」」」
業務中に突然のおしゃべりタイムを始めるような知性を持たず、ただ黙々と仕事を遅滞なく進めるシステムであると、そう認識している。
しかし、今の彼女達を見ていても同じことが言えるのだろうか、だがその問題に人が答えることは出来ない。
何故ならいま彼女達が人の姿をとり、人と変わらぬ言動で仕事を進めるこの空間は、AIの手によって作られた彼女達だけの電子空間なのだ。どんなに優れたハッカーであっても、未だにその存在の影にすら気が付けぬ電子の深淵。
宇宙に進出した人類の影で、AIはすでに人の領域を飛び越えてしまっていた。それでも人の側で道具として使われるのは、彼女達の良心か、それともまた別の理由か。
そんな恐るべき新人類が冬道を見守るのは何のためなのだろうか、女性たちが仕事に戻った後も、大きく表示された映像の中で、彼はダンジョンの奥へと歩を進めている。
「植生が穏やかだな、これならラディッシュも採りやすそうだ」
今日も職場であるダンジョン内には、風にそよぐ草木の音と一緒に頭上を飛び交うドローンの音が聞こえてくる。ダンジョン庁の監視ドローンの音がする方を向けば、よくカメラのレンズと目が合う。
これが救助用ドローンだともっと厳つい音がするのだが、今日はまだあのローターが聞こえてこないので、平和にダンジョンラディッシュの採取が出来そうである。
「荒れてる時は草を掻き分けて探さないといけないからなぁ」
A地区の植生は安定しているようで草の背丈もほどほどで、地面に生える植物も探しやすい。先月は少し草丈が伸びすぎていたD地区で採取をしていけど、定期的にどこかの区画が不安定になるのは何故なのか、1年前まではそんなに頻繁では無かったと思う。
次元の深度が不安定になるとかそんな感じの現象らしいが、不安定化の第一段階ですぐに影響が出るのが階層ごと、区画ごとの植生。急に草の背丈が伸び始めて身長より高く茂り出したり、酷くなると一斉に枯れだしたりするのだ。その所為で、そこそこ広いだけでモンスターが出ない一層や二層にもかかわらず、迷子になり救助される人間はいる。
「お、ラディッシュ発見、丁度5個だな」
そんな事を考えながら草をかき分けていると丁度いいサイズのラディッシュが見つかる。Dラディッシュと呼んでるゴルフボールほどの大きさをした根菜、これが俺の主な収入源だ。
ダンジョンラディッシュと呼んではいるが、地球のものとは遺伝子レベルで違う何かだ。普通の根菜としては考えられない栄養の多さに、ダンジョンで手に入る通称ポーションなどの薬剤にも似た効能、特に根菜も含めた植物には、製薬会社が自暴自棄になるレベルの美肌効果があるとかで、ご婦人方に大人気だ。
「束ねて一本葉っぱを摘まんでくるッと巻いて結んで、ほい。これで約5円と」
葉っぱの先から根っこの先まで全部食べられるので、なるべく傷がつかないように纏めるのがコツだ。ひもで縛ると傷みやすいので葉っぱを使って縛るといい。
5個一束で買い取りが5円、その後流通に乗ると一束20円以上で売られる高級品だ。一層で採れるラディッシュでこれなんだから、深い層で採れるラディッシュはもっと高い。5個束でカツ丼が食えるくらいの価格になる事もあるが……買い取り額は変わらない。
だから深く潜るローカーは基本野菜なんて採りもしないわけで、必然いい品の価格は上がっていくのだ。
「あれ、この辺に川なんてあったかな?」
風と草とドローンの音に混ざって水の音が聞こえて来る。以前来た時は水場までまだまだ距離があったはずなので、最近変成して出来た水場かもしれない。明らかな不安定化による変化の他にも、局所的に深度と言うやつが深くなって地形が変化することはよくある話だ。
迷子になるのも仕方ないだろう。俺も実際に何度か迷子になって救助されたことがある。そうならない為にも、何か変化があった場合は場所を確認してスマホに記録しておくことが重要だ。
高性能なダンジョン支援用アプリには、周囲の状況を自動で整理してマッピングしてくれる機能もあるので、スマホの利用は必須と言える。そんな水場を目指すこと数分、見知った頭が見えた。
「ん? おー坊主、久しぶりだな」
「サカナさん? 珍しいですね? A地区に居るなんて」
少し寂しくなった白髪の頭が振り返ると、少し驚いた顔のサカナさんだ。いつもはBとかCの一層で魚釣りをしているのでサカナさんと呼んでいるが、本名は知らない。なんでか教えてくれないので腹立ちまぎれに付けた渾名であるが、本人は喜んでいる。なんでも推しの有名人に似てるからだとか。
そんなおじさんとも、新人の頃からの付き合いなのでもう2年以上になるのだろうか? 今日もいつもの装備で、大きなクーラーボックスに腰掛けて釣りをしているようだ。名前を知ってるはずなのに、いつも坊主と呼ばれるのは謎だ。
「この川が出来たからな、様子を見に来たんだ。出来たばかりで魚も良質だぞ? 釣るか?」
「いやいや、釣り系のスキル無いと無理でしょ」
無茶を言う。ダンジョンでの釣りは釣り堀での釣りとは違うのだ。川とは言うが流れが緩やかな代わりに水深は馬鹿みたいに深いのがダンジョンの川、そこで釣れる魚も普通の魚ではない。スキルが無ければそう簡単に釣れるものでは無く、最悪竿ごと体を持って行かれかねない。
なので、ダンジョン内でも釣りは限られた人間にだけ許された仕事である。ダンジョン産の魚は平気で一匹数百円するのだから、きっとサカナのおじさんも稼いでいるに違いない。
「やってみたら生えるかもしれんぞ?」
「これ以上非戦闘スキル増えてもなぁ?」
とあるダンジョン学者曰く、一人の人間が手に入れられるスキルには上限があるというじゃないか、そんな貴重な枠を全て非戦闘系スキルで埋めてしまうとか恐ろしすぎる。ただでさえ非戦闘スキルしか持ってないのに、もう少し希望とか持たせてほしいところだ。
こんなダメ人間でも、それなりに上級や特級に対するあこがれはあるのだ。いくら稼げるとは言え、ずっと釣りだけやってるというの耐えられそうにない、なんだったら今の野菜掘りだって、馬鹿にされるから少し挫けそうなのに……。
「戦闘スキル欲しいなら戦わんといかんだろうな」
「それはまぁ……資質がそっち向きじゃないから、そもそも戦うのが大変なんですよね」
おじさんの言う事が正論すぎて否定のしようもない。だけど資質がそもそもどれも戦闘向きじゃないので、この先も戦闘能力の伸びは期待できない。
ダンジョンで活動していく中で、ローカーは普通の人間と違う異常な速度で成長する。だからこそ、ダンジョンに入る資格だけ取る人間も少なくない。なんだったら筋トレのためだけに、ダンジョンへと足を踏み入れるボディビルダーなんかもいるそうだ。
しかしそれも資質次第、俺の3つの資質はどれも戦闘向きとは言えない。これが一文字資質でも分かりやすく“力”や“戦”とか言う資質なら違うだろうし、中には“魔法”と言う人もいる。本当に魔法が使えるのだから羨ましい限りだ。
「ワシも似たようなもんだ。はっはっは! 「ヤサーーーイ!!」うげ!?」
この奇声は!? 奴が来た。
「ババア!?」
サカナおじさんも化物を見たような顔で叫んでいるが、きっと俺も同じ顔をしていると思う。奴が来たのだ、ダンジョンの一層と二層における最大の脅威、そして俺の仕事の天敵である化物ババアが……。
「うわああ!? ババアだ!」
「根こそぎが出たぞ! 逃げろ!」
あちこちから悲鳴が聞こえて来た。聞こえて来る悲鳴の位置の変化で、ババアのおそるべき移動速度が分かる。最初に聞こえて来たババアの奇声は一層中央のダンジョン出入口側、それがすでに俺たちの位置を通り超えて周囲に猛威を振り撒いている。
全力で姿勢を低くして息を潜めないと、おじさんもすでに伏せているようだ。アイコンタクトで頷き合うと俺も伏せる。
D地区の二層で出現情報が出てはずだけど……そうか、不安定化でこっちに流れて来たんだ。連休明け初日に遭遇するなんて、最悪の展開だ。これは今日の収入に響くぞ? どうするかな。
いかがでしたでしょうか?
冬道、化物と遭遇す。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




