第5話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
現在の長距離移民船フジダンジョンの、一層と二層における最大の脅威、それは通称 “根こそぎババア” である。奴が通った後にはぺんぺん草一つ生えないというキャッチネーム付きの害悪ローカーだ。
一層から複数の降り口が存在し、深くなればなるほど異空間の数が増えることから、竹箒のような構造であると表現されることが多いこのダンジョン。その中でも、一層と二層は植物と丸虫と魚くらいしか存在しない平和な場所で、迷子になっても死ぬことはないとても平和な場所だ。
そんな平和な場所を脅かすのが害悪ローカーと言われる奴らで、これまでに生まれては鎮圧されて、また生まれてを繰り返している。今いるのはあのババアくらいだが、奴は野菜専門の害悪ローカー、草も何もかも薙ぎ払い、地面に生える野菜を毟り取っていく。
「最悪だな」
「最悪ですね」
今もどこからか悲鳴が聞こえて来た。多分あのババアはたくさんの物が入る拡張バックを持っているのだろう。一度現れると一区画分のラディッシュが消える。そして市場には一切流れない、何故なら毟り取ったラディッシュは、すべて自分で食べているから……という噂だ。
岩陰に隠れるおじさんと呟き合うが、本当に最悪である。一層での採取はこれ以上無理だろう。ラディッシュが根こそぎ奪られるという意味でもそうだが、あのババアは文字通り全てを薙ぎ払う。
おそらく薙ぎ払い系のスキルなんだろうけど、俺はあの薙ぎ払いに一度やられて足を骨折している。吹っ飛ばされた勢いで川にでも落ちていたら、一層で死んだ愚か者として笑いものになっているところだ。長期休暇を入れたのも、治療後の体調が戻らなかったからと言う理由もある。
「ワシはまぁ、落ち着くまで待てばいいが、お前さん野菜狙いだろ?」
「そっすね。どうせベリーは業者が独占してますし、ラディッシュ狙いっす。最悪っす」
悔しいっす!悔しすぎて語尾がおかしくなっちまうくらいムカつく。
一層二層で採れる植物系の買取品はラディッシュとベリーと薬草の3種類、それ以外には魚があるくらいだ。丸虫に餌以外の需要はない。
高額買取り品であるベリーは樹になるのだが、その樹すべてが企業によって独占されており、勝手に採ったら企業所属のローカーに捕まり私刑に処される。あいつらもノルマがあるらしく、狂っているのか、それとも素か、ノルマ達成できなかった原因は殺せがスローガンらしい。怖くて近付く気にもならないが、そこまで狂っているから受付でもあれだけ騒げるのだろう。
「いい加減あのババア何とかしてくれねぇかね?」
「半年前くらいからですよね、荒らし始めたの」
そして早々に俺を薙ぎ払ってくれたのだ。
「どっから湧いたのか知らんが、勘弁してほしいぜ。あいつが荒らしまわると魚が隠れちまうんだよ」
「こっちはラディッシュが消えます。たぶんあれ探知系のスキル持ちですよ」
「あとは俊足系だな、低層荒らしって事は戦闘系無しだろうが」
どうだろうか? 俺を薙ぎ払ったあの一撃は戦闘系スキルと言っても遜色はないと思う。しかしスキルの中には非戦闘系のくせして、普通に戦闘系スキル並に威力が出るものもあるので、何とも言えない。
そんなスキルがあるなら俺が欲しかった。せめて薬草鑑定スキルでもあれば、もう少しいい生活が出来たのに……なんで低層の草は見た目が同じでも中身が違うのか、何かしら鑑定系のスキルがないと迂闊に手を出せない。モンスターが出る層まで降りればいくつか判りやすい草もあるのに。
「俺、二層行きますね」
降りるしかないか、いくら安全と言っても一層と二層はちょっと違う。一層でモンスターが出る場合は冗談抜きの緊急事態だけど、二層は稀に出ることがある。
「ああ、気を付けてな? 二層とは言えモンスターと出くわす可能性はあるからな」
「ありがとうございます」
こういう気遣いは嬉しい。最下級のモンスターとは言っても、一般人なら最悪殺されるのがモンスターだ。この鬱憤をぶちまけたいところだけど、ローカー専用のSNSでこれを理解しているのは半数程度だろう。今回の事を呟いても馬鹿にされるだけだ。リアルのほうが優しい世界で草も生えない。
「ドケエエエエ!!」
「うわあああああ!?」
「また一人被害者が……」
冗談抜きで大型草刈り機のような勢いで千切れた草が舞い飛んでいる。立ち上がるとその状況が良く見えた。いま被害を受けたであろうローカーの男の人が、大量の草と共に空へと舞い上がっていく。
「どう考えてもあれモンスターだろ、だれか始末しろよ……」
サカナのおっさんのつぶやきには同意しかない。なんだったら五層とか六層で出てくるモンスターと張り合えそうだ。その辺りまで行ってくれればまだ遭遇率が下がると言うのに、なんなんだあの化物。
サカナのおっさんと別れて、一番近い階層降り口から降りて来た二層は、一層と変わらず草地と岩地、それから層全体を囲う巨大な壁と疑似的な青空というのどかな光景が広がる。あの空の向こうは岩肌らしい。要は一層も二層も実態は大きな地下世界と言った感じだ。
「一層で留まって欲しいなぁ」
たぶん大丈夫だと思うけど、一区画で我慢できない場合は二層に降りて来ることも考えられる。それでも一区画十個くらい降り口があるので、十分の一を引かなければ大丈夫だ。フラグになりそうだから声には出さないけど……。
「戦闘スキル無しでも二層まではおりてくるだろうし、少し奥で採取するか」
奥に向かえば三層への降り口も近くなるので、今度はモンスターとの遭遇確率は上がる。とは言え、何の問題も無ければ遭遇確率なんて1%も無いはずだ。それもフラグになりそうだから言わないでおく。
一般人が聞けばフラグなんてと馬鹿にされそうだけど、ここはダンジョンである。現実とは違う原理で成り立っている世界なので、わりと馬鹿に出来ない。俺はとても弱い、なので慎重に行動するに越したことはないのだ。
ついうっかり社長を助けてしまったばかりにこんなことになっているので、正直自分の行動は信用できない。
「うん、やっぱ一層より二層の方が量は多い」
地面に膝をついて草を分け、萱のような植物の中からラディッシュを掘り起こすこと小一時間。脚を怪我したことで受付さんにおすすめされた膝のプロテクターのおかげで、痛いのは腰だけである。こればっかりはどうにもならない。
それに見合った収穫はあるのだから、二層と言う選択も悪くはなかったと思う。ただ、二層は別の問題もあるんだよな。
「っ!?」
「誰だ! ここはハニー&フルーツのエリアだぞ!」
「あぁ野菜採りです」
これである。
「なんだ低級か。こっちに近付くな、この辺りに野菜はない」
「あ、はい」
ハニー&フルーツと言えば、中流層エリアからしかないちょっとおしゃれな青果店みたいなところだ。テレビにたまに出るけど、あまりに高すぎて行ってみようとも思わない。
たぶんここはそのハニフルが占有している果樹エリアだろう。周囲を見回せば何本かベリーの樹が生えている。稀にハチの巣も生えるらしく、それは所謂レアドロップと言うやつだ。
「あんな睨まんでも……ババアの事は、知らせるだけ面倒だな」
面倒には近付かないし拘わらない。槍を突きつけながら叫ばなくても一声かけてくれりゃ近付かないと言うのに、これだから企業ローカーは嫌いだ。後ろ盾があるからか、妙に気が大きくなってる奴特有の顔だと思う。
あまりこういう事は考えない方が良いんだろうけど、似たような連中は似たような人相をしている気がするんだよな。
「うーん、こっちがよさそうかな?」
まぁ? そのおかげで近付いちゃいけない人間の分類も捗ると言うものなんだけど、野菜が採れる安全なエリアの分類の方が出来るようになりたい。
一応、安全と言う意味では、俺のスキルも役に立ちはするんだけどね。
「はぁぁ、生き返る」
そんなこんなで、どこかで囁く声に導かれて小一時間、野菜の収穫率は下がったけれど、代わりに安らぎは得られたと思う。
「今日の虫の知らせは湧水ポイントの気配だったか」
きれいな水が滾々と湧き出る腰くらいの高さの石筍。湧水地とか湧水ポイントとか色々言われている休憩スポット。なんでかわかってないものの、この湧き水の近くには危険なモンスターが寄り付かないそうだ。
とは言えここは二層、美味しい水を飲める以外に意味はない。意味はないが、この水が水道の水より美味しいのだから今日は運が良い。
「水辺エリアでラディッシュも満杯になったし、もう少し休んだら今日は帰ろう」
本当は二袋いっぱいにしたかったけど、ババアが出た以上安全第一。収穫袋を一袋いっぱいに出来たので、百円以上にはなる計算だ。これで今日の食事分と明日の朝食分は問題ないし、お昼代を削れば少しだけ貯金もできる。目標貯金だってもう少しで貯まりそうだし、頑張らないといけないのだ。
骨折の治療費でがっつり貯金が消えたのが無ければ、今頃あれを試せていたと言うのにあの化物め……だめだイライラしてきた。もう帰ろう。
湧水地から小一時間かけてダンジョンから出ると、すぐに入退出確認のためにドローンが走り寄ってくる。
「マッピングは、出来てるな……見事なドーナッツ地図だ」
いつも通りにポール型ドローンの球にスマホをかざすと、そのままマップアプリの内容を確認する。初めてのエリアだったが見事に確認済みのエリアはドーナッツ型、スキルの囁きは俺の意志に合わせてベリーの樹を避けたのだろうから、あのエリアは中央にベリーの樹が集まっているのだろう。
「ベリーの独占は本来違反なんだけど、利権は糞ってわかんだね」
権力に物を言わせて法律を曲げる上級国民様は糞である。異論は認める。それに実際に言わない。でも心で思うのは自由である。
「おいあれ」
「野菜級かよ、ダサ」
「男ならせめてウヅラくらい狩れってな」
「マジでそう」
「……」
なのでそうやって口に出して人の事を馬鹿にしないでほしい。
受付エリアに入った瞬間これである。野菜級と言うのは低級ローカーの中でも採取系の仕事しかしない人間に対する蔑称だ。そしてウヅラはダンジョンの最下級モンスターで、見た目はウヅラそのものであるが、一般人なら殺される可能性もある恐ろしいウヅラである。
倒せないことも無いけど、相手にしたくはない。大体お前ら根こそぎババアにも今と同じこと言えんのかよ、多分あのババアもカテゴリー的には野菜級だぞ? 人一人を宙に吹き飛ばすほど強いけど、マジでモンスターだろ。
<おかえりなさいませ、有象無象の声は気になさらないでください。野菜の納品は喜ばれていますから>
受付のブースに入った瞬間の第一声から慰められたんですが、どこからどこまで聞いていたんですかね? 艦内のどこでも調べられるAI相手に馬鹿な質問ではあるが、男の子としては小さなプライドが羞恥で泣きそうなので、手加減してください受付さん。
「あ、うん……ありがと」
でもそんな事言えない。悪意無しのあんな笑顔で見詰められたら……。
<査定しますね>
「うん……」
収穫袋をカウンターに置けば、新しい収穫袋と交換であっという間にラディッシュは運ばれ、査定もすぐに終わる。本日の収支はラディッシュだけで130円。それから湧水地で汲んできたダンジョン水が3本。
ダンジョン水も一応納品できるのだが、これには資格が必要で俺には出来ない。しかも個人取得の資格ではなく、法人でとる資格の方だからほぼ不可能。ダンジョンで採れる特別な水を欲しがる会社と言えば、食品会社か製薬会社だから、諸事情からも就職も不可能だ。
なので大半の個人ローカーは、水を汲んでも自分で消費するだけである。野菜ほどではないけどこの水にも健康効果があるので、割と好んで汲みに来ては自分で消費する人間も多い。実際に俺の知り合いにも、毎日水を汲みにダンジョンへ入る人がいるんだから、間違いないだろう。
「……蕎麦食べて帰ろうかな」
ブースを出れば、こちらに侮蔑の視線を向けてくる数人のローカー。昔から知っている顔ではあるが、昔から変わらないひねくれた人相なので、その性格は生来のものなのだろう。所謂、ワシらには救えぬ者と言うやつだ。
いかがでしたでしょうか?
冬道の日常であるダンジョン探索は終わり、彼は帰路に着く。その疲れのうち精神的疲労は何割なのか。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




