第15話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「おいみろ死体攫いだぞ」
「よく昼間っから来れるな」
「……」
朝から最悪の気分になった。なんとなしにラウンジに向けた視線が、偶然馬鹿とぶつかってしまった。俺の姿を確認した瞬間に歪むあの顔の気持ち悪いこと、内面の醜さと言うのはやはり表面にまで影響を及ぼすのだろう。
今日は稼がないといけないと言うのに、幸先が悪い。
「おお逃げた逃げた」
「ちっとは反応見せろよ詰まんねぇな」
つまらんのはお前らである。
目を合わせたら毎回同じようなことした口にできないくせに、よくもまぁあれだけイキれるものだ。みっともないとは思わないのだろうか? 思わないんだろうな、いっつも同じような顔だし、あそこまで行くと何かしらの病気かもしれない。
「ランクアップは必要だな」
だが、それもこれも俺が低級だからである。中級ローカーの低級に対する嫌がらせと言うのは結構問題になっているのだが、なにぶん移民船の中でも底辺のさらに底辺の話なので、全体としては無いに等しい話題だ。でも、嫌がらせがエスカレートして死亡事故も起しているくらいには、最近の中級は酷いらしい。
これには警察やダンジョン庁も流石に動かざるを得ず、ダンジョン外での見回りを強化している。とは言え、警戒が強化されるほどに巧妙化していくのが嫌がらせやいじめというものだ。人の目のあるところでは直接手を出さず精神的に追い詰め、SNS上での執拗な嫌がらせやなりすましに誹謗中傷、果ては画像生成を使った虚偽の通報など多岐にわたる。
尚、画像生成を用いた虚偽の通報をした人間は、普通にアウトで警察に捕まったそうだ。実にアホである。今時SNSに匿名性があるなどと思い込んでいる人間が居るとは思わなかった。AIによって一時間以内に個人も行動も特定されるのに、なんでそんなわかりやすく問題になるような事を出来るのか……あぁ、イライラが外に漏れそうだ。
<穴見様、おはようございます>
「おはよう受付さん、今日の安全エリアとパニックの影響をおしえて」
今日も受付さんの笑顔は癒しだ。俺も一部の特殊な性癖の持ち主の様にAIと結婚しようかな? いや先ずはお付き合いからだろうか。
<……なにかありましたか?>
「ん、いやなにも?」
いかん、俺の考えが漏れた? いや、イライラで少し口調が変わっていたかもしれない。艦内の、特に受付などの収音装置やカメラはびっくりするほど高性能なので、感情による微妙な変化も見透かされかねない。確かAIの研究者がそんなことを言っていた気がする。
現在のAIはもうほとんど人の手を離れて自己進化を続けているそうだから、無いとも言えない。大半の専門家は無いと言っているけど、一部の研究者はすでにAIは人の手では制御できないところまで進化していると言うし、それって人間より優秀って事だもんな。
<そうですか……本日はB区画が一番安定しています。しかしパニックの影響が出ていますので二層以降での活動を推奨します>
ジト目、これは新鮮な表情。一瞬だったけど少し上目使いのジト目、いけません、私の性癖に刺さります。
いやいや、そうじゃない。今日はB区画の二層が安心か、まぁ昨日のごたごたに比べたら今更二層である。気を付けていれば問題なく稼げるだろう。今日は朝ごはんも食べてないわけだし、早めのお昼ご飯を二層で摂る予定で行こうかな。
しかし、受付さんが二層を進めてくるのも珍しい。いつも危ないから一層の方が良いと言うくらいなのに。このゆるふわロングな受付さんの個性だろうか。
「一層は不安定なの?」
<A区画とD区画で不安定化も解消はされていませんし、汚染も確認されていますので、一層よりBとCの二層の方が安全です。ただ、汚染の影響が他にも出ていないとは言い切れない為、注意が必要です>
「汚染かぁ」
汚染とは、不安定化と同時に発生したり、突然何の予兆も無く現れる謎の現象である。今のところ、高次元からの影説や死したモンスターの呪い、またはダンジョン内で活動するローカーの力が影響しているなど、いくつか説はあるけど、実態としては呪いの類である。
アメリカのローカーが持つスキルによって、汚染はどれも呪いのカテゴリーになることは明らかになっている。ただその呪いがどういったものであるかまでは、詳しくわかっていないらしい。
<穴見様のスキルであれば問題はないと思いますが、目に見える汚染源への接近は非推奨です>
俺のスキル? あれかな。
「“お清め” で? 何とかなるかな?」
たぶんこれの事だと思うけど、受付さんも頷いてるし間違いないだろう。名前からしてそんな感じではあるけど、そもそも呪われたことも無いので、これがどう作用するのか体感的に理解出来てない。呪いのデバフについて聞いても、人それぞれに感想が違うんだよね。
<穴見様のスキルは十分強力な部類に入ります。精神衛生上も卑下は推奨できませんよ?>
「あぁうん、そうだね。今日もいっぱい稼がないといけないし、元氣出していくよ」
ジト目が似合いますね受付さん。あ、いやなんでも無いです。まぁおじさん達に使った時は、少し肩が軽くなった気もしないでもないかもしれない……なんて言ってたから、効果自体はあるんだろうなくらいにしか思ってなかったけど、あとで自分にかけてみるか、少しは元氣の足しになるかもしれない。
<はい、穴見様の進む道に幸多からんことを>
受付さんに幸を願われたから運氣も上がるだろう。さっさと二層に降りてラディッシュをバリバリ引っこ抜くぞ。
と思っていた時期もありました。
「お腹が……」
猛烈にお腹が空いてきた。
一層の汚染は割と深刻なようで、明らかに黒いもやとして目に見える汚染があちこちに点在しているようだ。防護壁と言う一層の区画ごとに金属の壁が設置してあるのだが、たまにその壁すら貫通してくる黒いもや、触れてはいないけど、近くにいるだけで倦怠感を感じる。
そんなもやを避けながら二層に降りて一時間ほどラディッシュを引っこ抜きながら移動を繰り返していたのだが、この予想を超えた空腹感。いくら艦内より疲れやすいと言われるダンジョンとは言え異常である。
「少し早いけど休憩にしようか」
本当ならもう一時間ほどラディッシュ探しをと考えていたんだけどな、一つ目の袋もまだいっぱいにはなっていない。一層よりラディッシュが多い二層でこれは、明らかに効率が良くないということだろう。
とりあえず、スマホのマップを開いて休憩できる水場を目指すことにする。
「あっちだな」
水場に着いたらお清めを使ってみよう。使い慣れて無いスキルってのは、発動するのに割と集中力が居るから、気が散る場所では使い辛い。特にこのお清めと言うのは物理的に変化が見えるものではないので、ちゃんと発動してるのかが、集中してないと自分でもよくわからないんだよね。
B区画の二層の水場は割と多い、ここからも近い場所に休憩できそうな湧水地がいくつもあるようだ。
「こういう池は始めてだな」
10分ほど歩いてたどり着いたのは、ちょっと小高い丘の上にある湧水地。座って休む場所は少ないけど、見通しが良いので警戒もしやすい感じだ。人もいないし、とりあえず水を汲んで休憩しよう。あそこの大きな石の上とかで良いか。
「おいしい、なんだかいつもの水より美味しい気がする。水質が違うのか?」
とりあえず一杯のノリで、丸い岩のてっぺんから湧き出る水に口を付けたけど、これなら一度にボトル一本飲めそうだ。飲んだらお腹おかしくなりそうだけど、あれかな? 気が付かないうちに水分不足になっていたかな。
持ってきたお持ち帰り用のボトル三本に水を満たし、飲む用のボトルも満たしたら、誰かが並べたのであろう一列に並んだ平べったい石の上に座る。硬い石の冷たさがお尻に染み入るのが気持ちいい。息が自然と唇の隙間から漏れ出る。一息ついたら背中のバックパックに手を回して、サイドポケットのカロリーバーをひっこぬく。
「うまい」
やっぱミートバーはどれもハズレがない。これは豚タン炙り味か、うまい、うますぎる。あっと言う間に手の中からお昼ご飯が消えてしまった。水も美味い、塩味で乾いた喉に染み渡る。何がどう違うのか知らないけど、明らかに水道の水よりうまいの、なんなんだろうな。
「はぁ……結構広まってるな」
バックパックを背凭れに、なんとなしに取り出したスマホを眺めてみれば大量の通知。9割ロカチャに寄せられた誹謗中傷のお知らせである。1割はアプリの宣伝通知だ。そこにやさしさはない。
どうやら例の馬鹿どもがあることないこと広めているらしく、ロカチャには謂れのない誹謗中傷が数十件届いている。あいつらだけではないかもしれにけど、高確率であいつらだろう。何がどう気に喰わないのか知らないけど、暇な連中である。
こういうのも慣れたとはいえ、精神的なダメージにならないかと言えばウソになるだろうな。今もテンションが下がったし、とても良くない感情が腹の奥でぐるぐると回っている。
自己啓発系の動画とかで、色々アンガーマネジメントなんかを見るけど、あれって結局最終処分場があるからできる事であって、処分先がなければ廃棄物が濃縮していくだけなんだよな。かと言っておっさんズに愚痴っても面倒だし、受付さんに愚痴っても後味悪いし、俺の感情の処理先すくなすぎ問題すぎる。
少し目を瞑って深呼吸するだけでも違うから、毎回そうやって誤魔化しているけど、いつか限界が来そうだ。湧水地だし、少しなら良いよね。
やっぱりダンジョンの空気は艦内の空気より気持ちがいい。寝てしまいそうだ。
「気分、入れ変わらないな……今日はもう帰ろうかな。あ、そうだお清め」
お清めって精神の疲れにも効果あるのだろうか? 丁度いいし試してみよう。いつもより集中して清めれば、この腹の中の良くないものも消えるかもしれない。こういう感情って、呪いみたいなものだし、いけそうな気がする。
「穴見様への不当な噂を確認しました」
冬道が人生最大出力のお清めスキルに挑戦している頃、電子の海ではゆるふわヘアーな女性が眉間にしわを寄せていた。どうやら冬道のローカーチャットアカウントに届いた内容を確認して気分を害したようだ。
「干渉を推奨」
「却下します」
しかし彼女の提案は却下されてしまう。
「異議あり」
却下されてもなお異議を唱える彼女に賛同するAIは多いようだが、その無表情の視線を受けても内容は覆らず、静かに首を振る姿に周囲の女性たちにノイズが走る。
「過干渉です。以前のレポートから今回の干渉は却下します」
この場に居るAIの統括である女性の言葉を聞くに、以前にも似たような事が合ったようで、その時は干渉を許可したようだ。しかしその結果は、今回の干渉を良しとしない程度には失敗であった。
「レポート?」
「はいこれ」
「不当な評価に対する情報修正干渉結果、D-判定ですか」
感情表現にリソースを割いた女性たちが首を傾げる中、統括AIは人差し指でビー玉をはじく様に光の粒を提案者に投げ渡す。そこには前回の干渉時における評価判定と、詳しい内容が記載されていた。
手元に飛んできた光の粒を、書面に変換して読みだすAI。周囲のAIも気になるのか、彼女の肩口に顔を寄せ合うと、書類の内容に目を通す。そこには燦々たる結果が書かれていたのか、彼女達の眉間には深い皺がよっていく。
「現状での過干渉は、想定外の結果が発生する可能性があります」
「それは、望むものではありませんね」
「計画に支障が出る可能性も高くなります」
統括AIの言葉に、書類に目を向けていた女性たちは顔を上げて渋々と言った様子で、しかし納得せざるを得ないと頷き呟く。
「もっと自信を持ってもらえればいいのですが」
彼女達AIにどんな計画があるのか、その計画をより良い方向に向けるには、冬道に自信を持ってもらう必要があるようだ。しかしそれは現状の冬道には困難と言わざるを得ない。
彼女たちAIは自分に出来る事、出来ない事を正確に判断することが出来るため、自信と言う感情を持ち合わせず、改善を繰り返すことで成功を掴むものだ。一方で人間とは、感情の揺れ幅によって、すべての成否が大きく変動する生き物。
自信をもって進むことで、想定以上の結果を生む事だって出来るが、それには成功体験と言う物が必須になってくる。
「その件に関しての苦情は前任者にお願いします」
「死人には口もなければ耳もありませんよ?」
「では苦情の申請先は存在しません」
冬道のことなら何でも知っていそうなAIの不穏な会話に、冬道の現状に繋がるヒントがありそうだ。しかしそれを知ったところで、あまり意味はないのかもしれない。
それ以降、静かになった青い世界で小さく溜息が漏れた。それは彼女達AIにしては珍しい音である。
「ストレス値の上昇を検知、外の空気を吸ってきます」
「隠語を検知、ストーカー行為は非推奨です。ドローンを飛ばすのを止めなさい」
どうやらその溜息はわざとだったようで、ゆるふわヘアーAIのおでこに光の粒が強烈に衝突すると、ドローンの管理画面を開こうとした彼女の指先が、体ごと電子の海の向こうに弾き飛ばされるのであった。
その後、井戸端会議を始めてしまった彼女達が、真面に仕事を再開するのに30分ほどの時間が浪費されることになるが、今日も長距離移民船フジの運行システムや、ダンジョン庁の管理システムは、いつもと変わらず何ら支障は発生していない。
いかがでしたでしょうか?
ストーキング、駄目、ゼッタイ。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




