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【完結】婚約破棄を望まれなかった悪役令嬢は、完璧な王太子の帰る場所になる  作者: ましろゆきな


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9/10

第九章 帰る場所になってくれますか

 魔獣襲来の一件から、数日が経った。


 王都はすっかり平穏を取り戻し、村の被害も、王家からの支援によって着々と復旧が進んでいる。


 その日の午後、ヴィオラはルシアンに呼ばれ、王城の庭園を訪れていた。


 案内された場所を見て、ヴィオラは思わず足を止めた。


 白いガゼボ。整えられた花壇。あの日と、同じ庭園だった。


「ここは――」


「覚えていますか」


 ルシアンが、柔らかく微笑んだ。


「私たちが、初めて言葉を交わした場所です」


「忘れるはずがありません」


 ヴィオラは、小さく笑った。


「殿下の指が、切れていた場所ですから」


「あの時のあなたの台詞は、今でもよく覚えています」


 ルシアンは、少し照れたように目を伏せた。


「『それは、殿下ご自身を犠牲にしていい理由にはなりません』」


「まさか、そんな昔のことまで」


「忘れられるはずがありません。私にとって、あれが全ての始まりだったので」


 二人は、あの日と同じベンチに、並んで腰を下ろした。


 夕暮れには、まだ少し早い時間。庭園には、穏やかな午後の光が満ちていた。


「今日、あなたを呼んだのは」


 ルシアンは、少し緊張した面持ちで切り出した。


「きちんと、伝えたいことがあったからです」


「はい」


「魔獣の一件で、あなたは私に『必ず帰ってきてください』と言ってくれました。あの言葉が、どれだけ私を支えてくれたか――」


 ルシアンは、一度言葉を切った。


「あの言葉があったから、私は、無事に帰ってこられたのだと思っています」


「それは、殿下ご自身のお力です」


「いいえ」


 ルシアンは、はっきりと首を振った。


「以前の私は、誰かを守ることしか考えていませんでした。けれど、あの日初めて思ったのです。帰らなければ、と」


 ルシアンは、ヴィオラの方へ、まっすぐに向き直った。


「ヴィオラ」


「はい」


「今までのような無茶はしません。一人で事件に飛び込んだりもしません」


「殿下……」


「あなたが待っていてくださるので、私は必ず帰ります。何度でも――一生ずっと、あなたのところへ帰ってきます」


 ヴィオラの目が、じわりと熱くなった。


「あなたが好きです」


 その一言は、これまでのどんな長い台詞よりも、まっすぐにヴィオラの胸へ届いた。


「私の、帰る場所になってくれますか」


 夕暮れの光が、二人を静かに照らしていた。


 ヴィオラは、しばらくの間、何も言えなかった。込み上げてくるものが多すぎて、言葉にするのに、少し時間が必要だった。


「殿下」


「はい」


「私は、殿下の優しさが嫌なのではありません」


 ヴィオラは、ゆっくりと、けれどはっきりと言葉を紡いだ。


「その優しさを持った、あなた自身が好きなのです」


 ルシアンの目が、大きく見開かれた。


「不器用で、自分のことを後回しにしがちで、時々放っておけなくて――それでも、誰かのために本気で動ける、そのあなたが」


 ヴィオラの声も、少しずつ震え始めていた。


「私は、殿下だから好きになったのではありません。ルシアンだから、好きになりました」


「ヴィオラ……」


「――ええ」


 ヴィオラは、まっすぐにルシアンを見つめて頷いた。


「私が、あなたの帰る場所になります」


 ルシアンの表情が、これまで見たどの瞬間よりも、大きく崩れた。安堵と、喜びと、少しの涙が入り混じった、飾らない顔だった。


「でも」


 ヴィオラは、少しだけ悪戯っぽく付け加えた。


「約束してください。本当に、ちゃんと帰ってきてくださいね?」


「もちろんです」


 ルシアンは、涙を堪えながら、それでも笑った。


「何度でも、誓います」


 風が、庭園の花の香りを運んでくる。


 あの日、この場所で、ヴィオラはルシアンの傷ついた手を取った。


 そして今、この場所で。


 ルシアンが、そっとヴィオラの手を取った。


「――ずっと、大切にします」


 守られる側だったルシアンと、守る側だったヴィオラ。


 その手は今、どちらが守っているのでもなく、ただ静かに、重なっていた。


 夕暮れの庭園に、二人だけの静かな時間が流れていた。

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