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王国最強の騎士団長は、学園で弱いふりをする  作者: 雨宮うい


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8/12

08 郊外実習①


 翌朝、晴れ渡った空から降り注ぐ陽射しが、学園の白い校舎を眩しく照らしていた。

 教室へ入ると、普段よりも賑やかな声が耳へ飛び込んでくる。


「今日は討伐実習だろ?」

「フォレストボアなら余裕ね!」

「俺、絶対二頭は倒す!」


 あちこちから期待に満ちた声が聞こえてくる。

 シルヴィアは自席へ腰を下ろしながら、その様子を眺めた。


(討伐実習、か)


 学園周辺には、生徒の実習用として管理された演習区域が存在する。そこには下級魔獣が生息しており、その魔獣を討伐することで、実戦経験を積む。それが今日の授業だった。


 今回の対象は下級魔獣であるフォレストボア。

 猪型の魔獣で多少の突進力はあるものの、その動きは単純で、大きな怪我をする可能性は極めて低い。


 チャイムとほぼ同時に、教師が教室へ入ってきた。


「本日の実技は、学園から少し離れた森で魔獣討伐を行います。各自準備を終えたら校門の前に集合するように」


 教師の指示に、生徒たち声を掛け合いながら、次々と廊下へ飛び出していった。


 シルヴィアも支給された剣を腰へ下げ、教室を後にする。


***


 学園から馬車で一時間ほど。演習区域のある森へやってくると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。湿った土と草木の匂いが鼻をくすぐる。木々が陽射しを遮り、踏みしめる落ち葉が乾いた音を立てた。


 森に入って少し歩いた所で、教師が足を止める。


「ここから先が演習区域です。各班ごとに行動し、フォレストボアを討伐してください。危険と判断した場合は無理をせず、直ちに教師へ報告するように」


 生徒たちが真剣な表情で頷く。


「では、開始!」


 号令と同時に、生徒たちが班ごとに森へ散っていく。


「じゃあ行こうか」

「うん!」


 ギルバードが先頭でユイの手を引き、オスカー、ルーカス、カイル、そしてエリオットもその後へ続いた。

 歩き始めて間もなく、茂みの奥から枝を踏み折る音が響く。


「いた!」


 茶色い塊が飛び出した。鋭い牙を突き出し、一直線に駆けてくるフォレストボア。


「私が行こう」


 ギルバードが一歩踏み出る。炎を纏った剣から火花が舞い、フォレストボアは断末魔を上げる間もなく倒れ伏した。


「わぁ……さすがギルね!」


 ギルバードはユイへ爽やかな笑みを向けながら剣を収めた直後、左右の茂みが激しく揺れ、フォレストボアが次々と姿を現した。


「任せろ」


 オスカーが雷を纏った剣を振るう。ルーカスの氷魔法が獲物を貫き、さらにカイルの風刃が駆け抜けると、フォレストボアは次々と倒れていった。


「今日も絶好調だな」


 笑い合う四人を見ながら、ユイは目を輝かせて拍手を送る。


「みんな本当に強いのね! すごくかっこいい!」

「ユイが見てるから張り切っちゃうんだよ」


 カイルが照れたように笑いながら返す。


(なるほど、これが学園最強と謳われる面々の実力か。怪しまれないよう合わせなくてはな)


 がさりと音がして、少し離れた茂みから、またフォレストボアが姿を現した。

 エリオットが手をかざすと、風の刃が一直線に放たれ、フォレストボアの喉元を正確に貫き、音を立てて崩れ落ちる。


「おお……」

「エリオットも強いのね!」


 ユイが感心したように声を上げる。


「見事だな」

「正確な魔法でした」

「いえ、運良く急所を捉えただけです」


 そんな話をしていると、少し離れた場所で女子生徒の悲鳴が上がった。


「きゃあっ!」


 別の班の男子生徒が、相手にしていたフォレストボアに突進され、弾き飛ばされていた。


「大丈夫!?」


 そこにすぐさま駆け寄るユイ。

 倒れた男子生徒の足へそっと手を添えると、柔らかな光が溢れた。流れていた血が止まり、傷がみるみる塞がっていく。


「ありがとうございます、聖女様……!」

「よかった。大きな怪我じゃなくて」


「また一段と治癒速度が上がったな。さすがユイだ」


 ギルバードの言葉に続くように、周囲の生徒たちからも称賛の声が上がる。

 その中で、エリオットだけがふと眉をひそめた。


(……静かだ)


 森に満ちていた鳥のさえずりが、いつの間にか止んでいる。木々のざわめきも消え、肌へまとわりつくような嫌な気配が辺りを包んでいた。


(この魔力は……)


 ——ガサッ。


 茂みが揺れ、一匹の魔獣が姿を現した。灰色の体毛に鋭い牙。低く唸りながら、生徒たちを睨みつけて茂みを押し分ける、中級魔獣のウルフ。


「……ウルフ!?」

「どうして演習区域に!」

「全員、下がれ!」


 教師の声が飛んだ。


 和やかだった空気が、一瞬で緊迫したものへ変わる。教師たちは生徒たちの前へ出て、剣を構える。


「退避準備! 近くの者同士で固まれ!」


 その指示に従い、生徒たちが慌てて後ろへ下がる。


 だが、ウルフは一匹では終わらなかった。左右の茂みが揺れ、さらに二匹が姿を現す。


「三匹も……!」


「私たちも出る。オスカー、カイル」

「ああ」

「任せろ」


 ギルバードたちが教師の横へ並んだ。


「殿下、下がってください!」

「足止めだけです。生徒の退避を優先してください」


 ギルバードが炎を纏わせた剣を構える。

 教師は一瞬だけ迷い、すぐに判断を切り替えた。


「……分かりました。無理は禁物です!」


「はい! では、いくぞ!」


 三人は同時に地面を蹴った。炎が走り、雷が弾け、風が唸る。さらにルーカスの氷の槍が最後の一匹を貫いた。三匹のウルフは瞬く間に倒れ伏す。


「やった!」

「さすがギルバード様たちだ!」


 生徒たちの間に安堵が広がる。


 しかし、倒れたと思われた一匹が、最後の力を振り絞るように首を持ち上げた。


「——ウォオオオオン!!」


 遠吠えが森中へ響き渡ると、四方八方の茂みが激しく揺れた。その鳴き声に引き寄せられたウルフが次々と姿を現す。


「な、こんなにもたくさん……!」

「くそ、囲まれた……!」

「総員退避! 教師は後方へ! 生徒を出口まで誘導しろ!」


 教師たちが一斉に動く。

 氷の障壁が立ち上がり、生徒たちとウルフの間を遮る。


 その奥で木々を押し分けるように、一際大きな影が姿を現した。通常のウルフとは比べものにならない巨体。黒みを帯びた毛並み。ギラリと光る鋭い黄金色の瞳が、ユイたちをまっすぐに射抜いた。

 上級魔獣のハイウルフだ。


「ハイウルフ、だと……!? この区域にはゲートなんて存在しないはずなのに、一体なぜ……!?」


 教師の顔色が変わった。


「全員で止めろ! 絶対に近づけるな!」


 複数の魔法がハイウルフに向かって一斉に放たれた。

 いくつもの魔法がその身を打つ。だが、ハイウルフは意にも介さず、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


 ギルバードが震えるユイを庇うように前へ出た。


「ユイ、下がれ!」

「ギル……!」


 オスカーが雷を纏わせた剣を構え、カイルが風で進路を断つ。ルーカスの水魔法が足元を狙った。

 それでも、ハイウルフは止まらない。

 騒然とする中、エリオットだけは静かに状況を見定めていた。


(そろそろ限界、か……)


 援護へ踏み出そうとした、その時——。


 ハイウルフは、自身に向けられた殺気に耳をぴくりとさせると、歩みを止めた。黄金色の瞳が木々の陰に立つ黒髪の男子生徒の姿を捉える。


 シルヴィアはエリオットをちらりと一瞥すると、ハイウルフを誘うように森の奥へと姿を消した。

 ハイウルフはユイたちへの興味を失ったように、低く唸りながらその背を追い、周囲のウルフたちも続くように駆け出す。

 突然の出来事に動きを止める教師たちに、エリオットは叫んだ。


「先生方! 今のうちです!」

「あ、ああ! 何かわからんが、森から出るぞ!」


***


 シルヴィアは一定の距離を保ち、木々を揺らしながら森の奥を駆け抜けると、人の気配が完全に消えたところで足を止めた。


 ゆっくりと振り返る。


 八匹のウルフが半円を描くように並び、その中央でハイウルフが牙を剥いていた。

 低い唸り声が森の空気を震わせる。


 シルヴィアは無言のまま、紫の瞳を獣たちへ向けた。


「ガアアァァッ!!」


 ハイウルフの咆哮を合図に、八匹のウルフが一斉にシルヴィアに襲いかかる。四方から迫る牙。


 だが、シルヴィアはその場から動かない。

 腰へ添えていた剣に右手が触れると、銀色の軌跡が走った。


 ——ヒュンッ。


 ドサッ。


 八つの肉塊が、ほぼ同時に地面へ落ちた。

 首を断たれて溢れたウルフたちの血が、落ち葉を赤く染めていく。


 残るは、ハイウルフ一匹。

 シルヴィアは左手の指輪を一つ外した。辺りの空気が変わり、黄金色の瞳が初めて警戒の色を宿したが、それでも獣は牙を剥き、低く唸りながらシルヴィアを睨み続ける。


 シルヴィアは口元に緩く弧を描く。


「ほう、逃げないか」


「……ガアアアアア!!」


 ハイウルフが地面を蹴り、巨体が一直線にシルヴィアへと飛びかかった。目前まで鋭い牙が迫る。


 一閃。


 キィン——。


 すれ違うように通り過ぎたシルヴィアは、そのまま数歩前へ歩いた。

 背後で、ハイウルフの動きがぴたりと止まる。


 一瞬の静寂。


 首が音もなく滑り落ちた。

 巨体がそのまま前のめりに倒れ込む。


 ——ドォンッ!


 森に響く鈍い音。


(……わずかに魔力を流しただけだが、やはり保たないか)


 右手に握られた剣の剣身が、ピシリッと音を立ててひび割れる。

 そのまま鞘へ収めると、シルヴィアは森の出口へ歩き始めた。


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