07 聖女への訴え②
あちこちで会話に花が咲き、昼時らしい活気が満ちる食堂。
昨日エリオットから聞いた特徴を思い返しながら、リアは辺りを見渡した。
(マリーさんと親しい友人二人は、と……)
窓際で昼食を取っている二人の令嬢を見つけた。
人懐っこい笑みを浮かべて、その席に歩み寄る。
「ご一緒してもいいですか?」
「もちろん」
笑顔で迎えられ、リアも席へ腰を下ろした。
流行のお菓子や授業の話題に耳を傾け、ときおり笑いながら会話を重ねていく。
「そういえば、マリー先輩って今日は見かけないですね」
「ああ、マリーなら自主退学したわ」
まるで天気の話でもするような軽い口ぶりで、一人の令嬢が答えた。
(自主退学……?)
思いがけない返答に、一瞬だけ思考が止まる。
まだ昨日の出来事だ。あまりにも早すぎる。
「昨日の今日で、ですか?」
「ええ。ご実家へ戻ることになったみたい」
「えらく、急ですね……」
「そうかしら?」
二人は不思議そうに目を合わせ、首を傾げる。
その表情からは、悲しみも戸惑いも読み取れない。
昨日まで親しくしていた相手への反応とは思えず、リアは胸の奥がざわりとした。
「……お二人は、マリー先輩と仲が良かったんですよね?」
「そうね。よくお茶もしていたわ」
「じゃあ、寂しくないんですか?」
ほんの少しだけ間が空いた。
「急だったから驚いたけど……」
「まあ、あんなこともあったし、仕方がないんじゃない?」
二人はそう答えると、話題はすぐに来週開店するレストランの話へ移った。その後、マリーの名前が挙がることは二度となかった。
(……何だろう)
二人の様子に引っ掛かりを感じる。
それが何なのか、自分でもまだ言葉にはできない。
だが、何かがおかしい。
二人と別れた後も、リアは他のクラスや学年の生徒へ話を聞いて回った。
「マリー先輩?」
「自主退学したって聞いたよ」
「ああ、聖女様に失礼なことしたBクラスの子?」
「特に何も聞いていないわ」
返ってくるのは、どれも似たような答えばかりだった。詳しい事情を知る者は見当たらない。
そもそも興味がないのか、マリーについて深く語ろうとすることもない。
(それなら、質問を変えるか……)
「こういうことって、前にもあったんですか?」
「たまにあるかも?」
「でも、詳しくは知らないなぁ」
それ以上尋ねても、相手は首を横に振るだけだ。
「まあ、聖女様って人気者だから、嫉妬する人もいるんじゃない?」
最後は全員が似たような言葉で話を締めくくった。
結局、有力な情報は何一つ得られないまま、昼休みは終わりを迎えてしまう。
それでもリアの胸に残る違和感は、聞き込みを始める前よりも、ずっと大きくなっていた。
***
「団長、報告いたします」
「ああ」
放課後、先に旧校舎裏に来ていたシルヴィアが、梢へ向けていた視線を外し、振り返った。
「マリー・フェルナーは、本日付で自主退学したそうです」
「早いな」
「はい。私も驚きました」
昼間の出来事を思い出しているのか、リアの表情がわずかに曇る。
「仲が良かった友人二人に話を聞きました。昨日まで普通に交流していたそうですが、二人とも『仕方ないんじゃない』と、それ以上気にしている様子はありませんでした」
「……ほう」
「また、その友人含め、誰一人として自主退学に関して詳しい情報を知る者はおりませんでした。知っているのは全員、急に自主退学したという事実だけです」
「似たような事例に関しては」
「こちらも同じく、詳しく知る者はおりません。聖女様へ嫉妬する人は時々いる、それくらいの認識で……。有力な情報を掴むことができず、申し訳ありません……」
報告を終えたリアは眉を寄せ、唇をきゅっと結ぶ。
「いや、想定内だ。だからそんな顔をするな」
悔しそうな顔で俯くリアに、シルヴィアは薄く笑みを浮かべると、頭をぽん、とひと撫でした。リアの表情が少しだけ緩む。
「引き続き情報収集を頼む」
「御意」
返事とともに、リアの気配がその場から消える。
(やはり、表には出てこないか)
昼休み。
リアにマリーの聞き込みを任せたシルヴィアは、自らもマリーの婚約者だった三年D組のキース・ハミルトンへ接触した。
婚約を解消したことに一切の後悔はないという態度。
『聖女様を侮辱するような女性と結婚しなくて済んだことを、むしろ幸運だったと思っています』
そう言い切った表情にも、声色にも、一片の迷いすら見当たらなかった。
婚約破棄した側だとしても、あまりにも淡白すぎる。
そこに、生徒たちの口から有益な情報が一つも出てこなかったことも加わる。
この一連の流れに、何者かが関わっていることは明白だ。
(ならば、学園そのものを調べる)
生徒から辿れる情報には限りがある。
今夜、教員棟へ忍び込みまずは学籍簿を洗う。この違和感の正体に繋がる痕跡が残されているかもしれない。
***
夜の帳が学園を包み込む。
窓の外では虫の音が響き、昼間の喧騒が嘘のような静けさだった。
シルヴィアは屋根の上から音もなく降り立つ。巡回する警備員の足音が遠ざかるのを待ち、柱の影から影へと滑り込ませながら廊下を進んだ。
目的の塔の扉の前まで辿り着くと、鍵穴に手をかざす。
淡い光が鍵穴を包み込み、鍵へ重ねて施されていた感知術式を読み取ると、痕跡を残さないよう順に解いていく。
カチリ——と、乾いた音とともに錠が外れた。
シルヴィアは音を立てぬよう僅かに扉を開き、そのまま教員棟へ身を滑り込ませる。室内は薄暗く、月明かりだけが長い廊下を照らしていた。
職員室の扉へ辿り着くと、魔力を薄く広げる。
中から人の気配は感じられない。
再び解錠魔法で室内へ入ると、壁一面に並ぶ書棚へ歩み寄る。目的の帳簿を探し背表紙を確かめていくと、一冊の分厚い帳簿に書かれた文字に視線が止まる。
『学籍簿』
シルヴィアはそれを引き抜き、表紙を開いた。
ページをめくる指先が、ある箇所で止まる。
「……なるほどな」
***
教員棟を出たシルヴィアは旧宿舎へ向かった。
中に入ると全員の顔が揃っているのを確認する。
「待たせたな。では、始める」
シルヴィアの一言で空気が切り替わる。
席へ着くと、先ほど教員棟で得た情報を書き留めた紙を広げた。
「学籍簿を確認してきた。この学園の退学者は、例年一年で二名前後だ」
「二人ですか」
エリオットが小さく呟く。
名門学園であり、王侯貴族や留学生が集う環境を考えれば、決して多い数字ではない。
「だが、聖女が入学してから数か月で、退学者はマリー・フェルナーを含め十三名に増えている」
「……十三人?」
「そんなに?」
リアの瞳が大きく揺れ、ノアが眉をひそめた。
「ああ」
シルヴィアは静かに頷く。
「全員が自主退学だ。しかも、女子生徒ばかりだった」
「……全員、ですの?」
セレナも驚きの色を隠しきれない。
エリオットは紙へ並ぶ名前を目で追った。
「昨日のマリー・フェルナー嬢も含め女子学生だけとは……。あまりにも偏り過ぎていますね」
「ああ」
シルヴィアは四人を見渡した。
「学籍簿には自主退学としか記されていなかった。学園内を探っても、これ以上の情報は出てこないだろう」
「では、どうなさいますの?」
「外から辿る」
迷いのない答えに、四人の視線が集まる。
「まずは退学した十三名の所在と各家の事情を探る。同時期にこれだけの生徒が退学している以上、どこかで同じ話に行き当たる可能性が高いからな」
シルヴィアは紙を四つに分け、それぞれの前へ滑らせた。
「エリオットとセレナは王都で学園御用達の店や薬師から情報を集めろ。ノアとリアは使用人や商人を当たり、退学後に実家へ戻った令嬢たちの噂を探れ」
「「「「御意」」」」
シルヴィアは組んだ両手に顎を預けた。
半年で十三人。その数字だけでも十分異常だ。
退学した十三人の先に何があるのか。辿れば、いずれ答えへ行き着く。
「あ、そういえば団長と副団長。明日は討伐実習だっけ?」
ノアが思い出したように顔を上げた。
「いいなぁ。久しぶりに体動かせるの」
「ね。任務に出てた頃なんて、毎日のように剣振ってたのに」
リアも不満げな表情を浮かべる。その隣でセレナが心底残念そうにため息をついた。
「わたくしも団長の戦うお姿を拝見したかったですわ……」
「帰国したら思う存分動けるだろう。それまで我慢しろ」
「えぇー……。俺たちも身体動かしたいー」
「身体が鈍っちゃうー」
ノアとリアが駄々をこねるように手足をばたつかせる。
「そんなに言うなら戻った後、ノアとリアには訓練三倍だ」
エリオットの口元がゆるやかに吊り上がると、二人の動きがピタリと止まった。
「鈍った身体を鍛え直すには丁度いいだろう」
「「やっぱりいいです!」」
間髪入れず返す二人に、セレナがくすりと笑った。
シルヴィアの口角もわずかに上がる。
「今日はここまでだ。各自ゆっくり休め」
「「「「御意」」」」




