05 潜入調査③
不意に扉が開く。
黒髪の男子生徒が入ってきた。扉が閉まると同時に、室内の空気がわずかに整う。
シルヴィアは空いている椅子へ腰を下ろし、机を囲む四人へ目を向けた。
「待たせたな。始めようか」
その一言を合図に、机へ広げられていた資料へ全員の意識が切り替わる。
エリオットは手元の資料を一枚抜き取り、シルヴィアの前へ差し出した。
「聖女ユイに関する報告書です。接触は順調。こちらへの警戒はありません。また、王子と側近候補三名との関係も良好です」
「違和感は」
「あります。ですが、確証と呼べるものはまだ」
シルヴィアは資料へ視線を落とし、並んだ文字を追っていく。
「全員が聖女に絶対的な信頼と、好意を寄せているのは間違いありません」
「生徒も同じだった」
ノアが手を挙げた。
「聖女様は優しい、美しい、偉大だ。こんなにも素晴らしい人に出会ったことない。大体そんな話ばっか」
「教師もか?」
「はい。教師たちまでそんな感じでした。いろんな人に話を聞いてみましたが、みんな聖女様の話になると、同じようなことしか言いません」
リアの言葉に一つ頷くと、シルヴィアの視線がセレナへ移る。
「令嬢方も同じですわ。聖女様を慕う声ばかりです。ですが、不自然なほど整い過ぎている気が……」
「整い過ぎている?」
「ええ。王子様や側近候補の方とあれだけ親しくしていれば、多少の羨望や嫉妬が混じっていても、おかしくはないと思うのですが…… その手の話は一度も耳にしておりませんわ」
嫌味も、陰口も。
令嬢たちが集まれば自然と零れそうな感情が、綺麗なほど見当たらない。
シルヴィアは机へ広げられた資料を見渡した。
「王子。側近候補。教師。生徒……。全て、聖女寄りだな。事前の報告書通りというわけか」
ノアは頭の後ろで両手を組むと、背もたれに体重を預けた。
「なあ、団長」
「何だ」
「これ、聖女が本当にいい人ってだけな可能性は?」
「あるな」
シルヴィアが即答すると、リアがぱちりと目を瞬かせる。
「あるんだ」
「調査だからな。全ての可能性を視野に入れる。個人の感情や先入観で結論を急ぐな」
ノアとリアが表情を引き締める。
「「了解」」
目の前の事実を積み重ね、その先にある真実へ辿り着く。
それが、シルヴィア・アシュフォードという人間だ。
一通りの報告を終えると、部屋を包んでいた空気が少し和らいだ。
ノアが椅子の背にもたれかかり、大きく伸びをする。
「あー……。俺、学園ってもっと気楽なもんかと思ってたわ」
「私も。授業が終わったら自由だと思ってたのに、放課後もみんな誰かと予定を埋め合っててびっくりしたわ」
「それが学生生活というものなのでしょうね」
セレナは肩の力を抜き、息混じりに笑った。
「わたくしもお茶会そのものには慣れておりますけれど、こうも毎日続くと、さすがに気疲れいたしますわ」
「俺なんて今日、『今度一緒に昼飯食おう』って三人に誘われて困ったわ」
「ノアこそ人気者じゃない」
「違う違う。あれ絶対、魔力比べの続きがしたいだけだって」
「またやってたの?」
こめかみを押さえ、呆れたように目を細めたリアが、ノアを見上げた。
「勝負挑まれたからさ。ちゃんと負けたけど」
「もー、ほどほどにしなさいよ」
「わかってるって」
リアに額を小突かれたノアは、額をさすりながら苦笑する。
二人のやり取りに、セレナが口元を緩めた。
「ふふ。でも、わたくしも少々驚きましたわ」
「何が?」
「令嬢方のお話です。新しく開いた仕立て屋さんや流行のお菓子のお話ばかりで……」
セレナは頬に手を当て、小さく眉を下げた。
「剣の話が、一度も出ませんの」
「そりゃ普通そうだろ」
誰からともなく笑いが漏れる。
ほんの束の間だけ、任務であることを忘れられる時間だった。
そんな三人の会話を耳にしながら、エリオットは机の上の資料を一枚ずつ丁寧に揃えていく。
最後の一枚を重ね終えた頃、シルヴィアが席を立った。
「今日はここまでだ」
「「「「御意」」」」
椅子を引く音が重なる。
資料を抱えたセレナが扉へ向かいながら振り返った。
「それでは、お先に失礼致しますわ」
「俺も」
「団長、副団長、おやすみなさーい」
三人を見送った後、扉へ向かうシルヴィアをエリオットが呼び止めた。
「団長」
「何だ」
「昨日も、お戻りになられたのは遅かったですよね」
「ああ」
「本日も、お一人で動かれるのですか」
「ああ。任務だからな」
エリオットは何か言いたげな顔をしたが、言葉を飲み込み、目を伏せた。
「……承知しました」
シルヴィアはエリオットを一瞥すると、背を向けそのまま部屋を後にした。
閉まる扉の音を聞き届けると、エリオットは灯りを落とした。窓から差し込む月明かりが部屋を淡く照らす中、壁へ身を預け、小さく息を吐く。
余計なことは何も言わない。何を言いたかったかなんて、きっと見抜かれているし、言ったところで、団長の答えは変わらないと知っているからだ。
誰よりも任務を優先する人。
だからこそ、自分がすべきことも決まっている。
団長の負担を少しでも減らせるよう支えること。
副団長として、その背中を守り続けることだけだ。




