04 潜入開始②
高い天井から降り注ぐ陽光が、広々とした学園食堂を明るく照らしていた。
昼休みを迎えた食堂は、生徒たちの賑やかな話し声に満ちている。焼きたてのパンの香ばしい匂いと、温かなスープの湯気がふわりと漂い、食器の触れ合う軽やかな音が絶え間なく響いていた。
ユイは慣れた足取りで窓際の席へ向かう。その後ろを、ギルバードたちが自然な流れで続いた。
「ここどうぞ、エリオット」
柔らかな笑みを浮かべたユイに促され、エリオットは軽く会釈をして隣へ腰を下ろす。
周囲の席も、昼食を楽しむ生徒たちでほぼ埋まっていた。
料理が運ばれてくるまでの束の間、最初に口を開いたのはカイルだった。
「そういえば、エリオットってアルディオン王国から来たんだよな?」
「はい」
「やっぱり魔法がすごい国って感じ?」
身を乗り出してくるカイルからは、純粋な好奇心が伝わってきた。
「魔法研究は盛んですね。王都には多くの魔法学者がおります」
「へぇ、面白そう! エリオットはどんな魔法が得意なんだ?」
「カイル」
ルーカスが眼鏡の位置を指先で整えながら、口を挟んだ。
「質問ばかりでは困らせてしまいますよ」
「おっと、悪い悪い」
口ではそう言いながらも悪びれる様子はない。
そんな二人のやり取りを見て、ユイがくすりと笑みを零した。
「でも、私もアルディオン王国の話、聞いてみたいな」
「私でよろしければ」
真っ直ぐ向けられる視線を受け、エリオットはユイを見ると、穏やかな声で応じた。皆の視線が集まる。
「アルディオン王国は自然が豊かな国です。王都から少し足を延ばせば海もございますし、四季折々の景色も美しく……穏やかな場所ですよ」
「へえ、海があるんだ……。行ってみたいなぁ」
「聖女様なら歓迎されるでしょう」
ぱっと花が咲くように表情が明るくなる。
「ほんとう?」
「ええ」
ユイが顔を綻ばせる。その横顔へ穏やかな眼差しを向けるギルバードが、言葉を添えた。
「アルディオン王国とは友好的な関係を築いている。いずれ訪れることもあるだろう。他にもユイが望む場所があるなら、どこへでも私が連れて行こう。」
「ふふ、ありがとうギル。アルディオン王国にお邪魔する時は、ぜひ案内してくださいね、エリオット」
「喜んで」
それまで黙っていたオスカーが、不意に口を開く。
「剣は使えるのか」
「多少は嗜んでおります」
「そうか」
それだけ告げると、オスカーは何事もなかったかのように食事へ戻った。
あまりにも短い会話がおかしかったのか、カイルが吹き出した。
「オスカー、聞くことそれだけ?」
「一番重要だ」
「ははっ、オスカーらしいね」
カイルにつられるように、ユイもギルバードも笑みを浮かべた。
「そうだ、エリオット。これも何かの縁だ。学園生活で何か困ったことがあれば、遠慮なく頼ってくれるといい」
「ありがとうございます。心強いお言葉です」
エリオットは丁寧に頭を下げた。
その後も談笑へ加わりながら、エリオットは目の前で交わされる会話や仕草を一つずつ拾っていく。
(人物像は報告書に記されていたものと、大きく相違ないな……)
ギルバードは料理を運んできた給仕へ礼を告げ、ユイの飲み物が空になる前に声を掛ける。
オスカーは黙々と食事を進めながらも、周囲への警戒は怠らない。
ルーカスは会話が途切れそうになるたび、自然と話題を繋いでいた。
カイルが冗談を言えば、場の空気が一気に和む。
そして——その輪の中心は、迷うまでもなく彼女だった。
エリオットは会話を続けながらも、食堂全体へ意識を巡らせた。
少し離れた席では、セレナが令嬢たちと談笑している。反対側ではノアとリアも、それぞれクラスメイトの輪へ溶け込んでいた。
団長の姿は見当たらないが、学園内を周り、情報を集めているのだろう。
(ひとまず、大きな支障はなさそうだな)
***
夜の旧宿舎。
その一室では、エリオットが机に資料を広げ、一枚ずつ目を通していた。
扉が軽く叩かれ、入ってきたのは重たい足取りのノアとリア。
「あー、疲れた……」
ノアが首をこきりと鳴らしながら椅子へ腰を下ろす。制服の襟元を緩めながら背もたれへ体重を預けると、古びた椅子が小さく軋んだ。
「私もぉ……。今日も一日中しゃべってたわ」
リアも隣へ腰を下ろすと、天井を見上げて大きく息を吐いた。
「一年の男子、強さの話しかしないんだけどさ。その基準が低すぎて反応に困るんだよ」
「女子も大変よ。化粧品の話とか、新しいドレスを仕立てたとか、全然興味ない話ばっかり」
それだけでも疲れるのに、と続けながらリアは前髪をかき上げる。
「やたら頭も撫でられるし」
「人気者だな」
「団長以外から撫でられても全然嬉しくない。はあ……ずっと笑ってるから顔が疲れたわ」
「それは分かる。潜入って思ったより神経使うなー。戦ってる方が全然楽だわ」
「まだ一週間だろう」
手元の資料から目を離すことなく、エリオットが淡々と告げる。
「先は長いからな」
「「はーい……」」
気のない返事が重なり、二人は揃って机へ突っ伏した。その様子に、エリオットは呆れたように息をついた。
再び扉が叩かれる。
扉が開き、セレナが姿を見せた。
「遅くなりましたわ」
「おつかれさまー。また令嬢たちに捕まったの?」
「ええ。お茶会のお誘いを三件ほど」
「三件も?」
ノアは頬を机へ押しつけたまま顔だけ上げた。
「何を話すんだよ、そんなに」
「聖女様のお優しさ」
一本指を立てる。
「聖女様のお美しさ」
二本目。
「それから、聖女様のご活躍についてですわ」
三本目を立て終える頃には、ノアは露骨に顔をしかめていた。
「げぇ、聖女の無限ループ……」
「任務だから仕方ありませんわ。ああ、団長のお話でしたらわたくし、三日三晩寝ずとも喜んで語りますのに……」
部屋へ流れる沈黙にも気付かず、セレナの瞳はどこか遠くを見つめていた。




