02 極秘任務②
ベヒモス討伐から数時間後。
白銀騎士団は王都へ帰還すると、そのままの足で王城へ向かった。
謁見室の前には、銀の胸当てを身につけた近衛騎士が二人、姿勢を正して控えていた。五人の姿を認めるなり、そのうちの一人が重い扉へ手を掛ける。
「陛下がお待ちです。どうぞ」
低い音を立て、扉が左右へ開いていく。
磨き上げられた床の向こう、緩やかな段差の上に王座があった。
そこに腰掛ける青年、アルディオン国王レオン・アルディオンの前までシルヴィアたちは進み、五人は一斉に片膝をつく。
「我らが太陽たる陛下に、大いなるご加護が在らんことを。白銀騎士団一同、謹んでご挨拶申し上げます」
「ありがとう。楽にして」
立ち上がった五人の顔をレオンは順に眺め、やわらかく目を細めた。
「特級魔獣ベヒモスの討伐、ご苦労だった。ゲートも消滅し、周辺の瘴気は完全に晴れたと報告を受けている。今回も領民に被害を出さずに済んだ。君たちのおかげだよ」
「王国騎士団としての責務を果たしたまでです」
突如として発生する黒紫色の瘴気。それは空間を歪ませ、一つの魔獣門を生み出すと、核となる魔獣が討たれるまで魔獣を吐き出し続ける。
被害が広がる前にそのゲートを消滅させることが、王国騎士団に課せられた重要な任務の一つだった。
「さて、帰ってきたばかりの五人に悪いんだけど、もう一つ頼みたい任務があるんだ」
レオンは申し訳なさそうに眉を下げる。
「友好国であるクレイス王国について少し気になる報告が届いていてね。君たちも知っての通り、少し前にあの国には聖女が現れた」
聖女とは、この世界にごく稀に現れる異世界からの来訪者だ。
光魔法への適性が極めて高く、ゲートを浄化できる唯一の存在として、国や神殿から手厚く保護され、各国からも重んじられている。
「今回現れた聖女・ユイも、光魔法への適性が非常に高く、すでに治癒魔法や浄化魔法を扱えるほどの才能を見せているらしい。それ自体は何もおかしくないんだけどね」
そこで言葉を切ると、レオンは脚を組み替え顎へ手を添えた。
「聖女が現れてから、クレイス王国の第一王子ギルバード殿下の様子が少し変わったらしいんだ」
「変わった、とは」
「責任感が強く慈善活動にも熱心で、学園でも最優秀と名高い彼が、最近は公務にも慈善活動にも顔を出さなくなった。聖女を優先とし、常に共に行動しているらしい」
レオンの顔からそれまで浮かべていた穏やかな笑みがすっと消えた。澄んだ瞳の奥に鋭さが宿る。
「単なる恋で片付けるには少し引っ掛かってね。それに王子だけじゃない。王子の側近候補の令息たちも同じらしいんだ」
「では、その調査を?」
「ああ。彼らが通う学園に潜入して調べてきて欲しい」
「御意」
レオンはシルヴィアの返事に、満足そうに頷いた。
「あ、それとシルヴィアは男装して行ってね」
「……理由を伺っても?」
「その方が動きやすいだろう?」
シルヴィアの紫の瞳に、わずかに冷たさが滲む。
「……本当の理由は」
「その方が面白そうだから」
「てへ」と小さく舌を出す。部屋の空気が張り詰めた。
「陛下……」
エリオットが静かに名を呼ぶと、レオンは慌てて咳払いを一つ。
「……コホン。もちろん、それだけじゃないよ」
「それだけ、ではあるのですね」
「エリオット、言葉尻を拾わないでくれる?」
レオンは気を取り直すように、シルヴィアへ向き直った。
「シルヴィアがそのまま行くと、余計なところで目を惹きかねないでしょ? そうなると調査どころではなくなるから、男装して、眼鏡も掛けて、できるだけ目立たないようにして行ってもらおうと思ってね」
「確かに……」と、シルヴィア以外の四人は揃って頷いた。
「あと全員分の魔力抑制具も用意してあるから、後で受け取ってね。それからシルヴィアとエリオットは家名も隠すこと。くれぐれも正体がバレないように頼んだよ」
「……御意。出発は?」
「三日後だ。期待している」
「ああ」
それだけ言うと、シルヴィアは踵を返した。
四人も後へ続く。
閉まる扉を見送ると、レオンは王座の背へ体を預けた。
天井に描かれた建国神話を眺めながら、ゆるく息を吐く。
「さて……何が待ってるんだろうね」
***
国王謁見室を後にした五人は、そのまま王城の一角にある白銀騎士団の執務室へ戻った。
「団長。ウィッグと眼鏡は私が手配しておきます」
「ああ。頼む」
「団長の男装かぁ。これは楽しみだな」
「ね! 団長、絶対似合うわ」
ノアとリアが顔を見合わせて笑う。
「団長の男装……わたくし想像しただけで目眩が……」
セレナは額へ手を当て、ふらりとよろめいた。
コンコン、と控えめなノックが響く。
「失礼いたします」
文官が部屋へ入り、中央の机へ五つの木箱を並べる。
「陛下より、お預かりした魔法抑制具です」
木箱の蓋を開くと、そこには魔法石が嵌め込まれたピアスと指輪が入っていた。
ノア、リア、セレナにはピアスと指輪が一つ。エリオットにはピアスと指輪が二つ。
そしてシルヴィアの箱には、ピアスと四つの指輪が収められていた。
文官は一礼すると部屋を後にする。
シルヴィアはピアスを身につけ、続けて指輪を順に指へ通していく。
最後の指輪を通すと、淡い光が指先を包み込み、指輪は魔力へ溶け込むように姿を消した。体を巡る魔力がじわじわと抑え込まれていく。
四人もそれぞれ抑制具を装着する。
互いの魔力の流れを確かめ合い、異常がないことを確認すると、エリオットが口を開いた。
「役割分担はいかがいたしましょうか」
「そうだな。エリオットは聖女へ接触を。ノア、リアは一般学生や教師たちから、セレナは貴族たちからの情報収集を頼む」
「仰せのままに」
「よっしゃ、学園中歩き回って調査するか!」
「お任せください団長!」
「社交界の噂話ほど情報が集まる場所はございませんものね。しかと承りましたわ」
「三日後に出発する。それまでに各自準備を済ませておけ」
「「「「御意」」」」
***
三日後、出発の日。
長い銀髪は黒髪のウィッグで隠され、認識阻害の施された黒縁眼鏡を掛けたシルヴィアは、どこからどう見ても平凡な男子学生だった。
「おぉ……完全に男だ……」
「本当に、団長だって分からないわ」
リアはぐるりと一周眺める。
セレナは口元を押さえて小さく震えた。
「団長の魅力をここまで抑え込んだお姿……なんて貴重なんでしょう……!」
その呟きを聞き流しながら、エリオットは全体を見渡した。
身なりや荷物に不備がないことを確認すると、シルヴィアへ向き直る。
「準備は整いました」
「ああ。では、出発しよう」
白銀騎士団の五人は王都を発ち、隣国クレイス王国へ向かった。




