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三橋 成真 4

ーー4年前ーー


「おい、交代だ」

 息を切らした父親がスコップを差し出して来る。縁側で立っていた俺は黙ってそのスコップを受け取り、また静かに穴を掘り始めた。


 小雨が降り、月明りのみで辺りは真っ暗。

 だが縁側で腰を掛けた父親の泣いている顔は何故かとても鮮明に見える。


「……」


 俺は無言で穴を掘り続けた。



 そして事が終わった頃には空は濃い青色になっていた。例え自分の世界が苦しみに満ちようがどうなろうが朝は容赦なくやってくる……いつもと同じように。


 鳥や人が目覚め、活動し始める。


 そのありさまが残酷に感じた。



 家の中へ戻ったが寝る気にはなれず、ただただ埋め直した穴を見ていた。少し離れた所に座っている父親も庭を見つめていたが茫然としたその顔は何だか別人の様に感じた。そもそもこんなに顔を眺めた事なんてなかったからそう感じるのかもしれない。




 うちは“普通の家族”じゃないんだから。





この目の前に居る男は父親…、なんだろうが〝お父さん〟とは呼んだ記憶は無い。


 年に数回交わす会話も二往復すれば長い方だ。この男から自分への愛情を感じないし俺も心を閉ざしてしまっている。



 自分の家族は母親だけだ。



 そしてこの男も同じ事を思っていただろうに違いない。



 母は一年前に癌を患い、暫くして自宅での療養も始まったが長くはもたなかった。

 俺はあの男が居ない時だけ看病が出来たがそれ以外は自分の部屋に閉じこもり、明日を待つ毎日。


 母の事は好きだった、しかし正直なところあの男の方が母に対する愛情は強い。その所為か自然と最後の方は母とも距離が離れていった。



「お前―、働いてるのか?」



 ボンヤリとしていたら声が聞こえた。


「……え?」


 父親はいつの間にか俺を見つめていた。


「バイトでもしてんのか?」


「‥‥うん」


「そうか……」


「……」



 何だ?

 変に話しかけきたおかげで何でもなかった間が気まずく感じ始めた。そう思ったら俺も自然と口が開く。



「……本人が言ったの?……ここに埋めてって」


「……お前は、知らなくていい」


「何で、俺だって掘ったんだから―」


「いい」


「……」


 居心地が悪くなった俺は部屋を出ようとした。


「どこへ行くんだ?」


「……腹減った」


 家を出ようと玄関へ向かうと足早に駆け寄ってくる音がする。


「おい」



「コンビニだよ」


「明日にしろ」


「なんで」


「今じゃなくていいだろう」


「コンビニだって」


 そう言った瞬間さらに近づき、顔をグググッと目に前まで寄せて来た。


「な、なに」と声は出たものの身体は固まってしまっている。


「明日でいいだろう」


「……わかったよ」





 部屋に戻った後はじっとドアを見ていた。


 アイツの狂気じみた顔は普通じゃない。いつこの部屋にも入って来るかわからない。部屋にあったドライバーを握りしめて布団に入ったが横になった瞬間疲れが押し寄せ、直ぐ眠りに落ちてしまった。



 スッと瞼が開いた。視線の先にある窓からは燃えたようなオレンジ色の雲が見える。



 生きてる……そう思ってホッとした分、握っていたドライバ―を見て現実かと少し気が沈んだ。


 ドア開け階段から下を覗いたが家の中は静まり返っている。 


 外に出ているのか?寝ているか……?




 今しかない。




 リュックを持ち足音を立てずに下へ降りる。


 玄関にはまだアイツの靴があった。急いで靴を履き、ドアノブに触れた時だった。




「どこへ行くんだ?」


 見つかった……



「な、なんだよ。脅かさないでよ」


「どこへ行くんだ?」


「コンビニ…」


「言うのか?誰かに」


「はい?言う訳ないだろ」


「そんなもん背負ってどこ行くんだ?」


「……」



「お前まさか―」



 急いで外へ出ようとドアを開けようとしたがガンッと音が鳴っただけだった。


 鍵だ、くそっ。


 どこだ、ポケットだ。


 そう思ったがもう遅かった。ドスンッとドアへ押し付けられ、「おい、なるまぁ」と顔の近くで睨まれる。


「く、苦しいって…」


「何考えてるんだ?」



 腕が首に入り、絞まっていく。

「うっ…」


 コイツは本当に俺を殺す気なのだろうか。じゃなくても情緒がおかしくなっていて危険なのは確かだ。



「ぐ、…で、出ていく」


「なんでだ?」


「お母さん居ないなら、…もう関係ないだろう」


「……お前、そんな勝手な行動許さんぞ」


「うぅ……」


 本当に死を感じた俺は思わずポケットに届いた手で鍵を握り、そのまま奴の額を殴りつけた。


「ああああっ!!」


 指からはみ出た鍵が当たったのか、顔を覆っている手の間から血が出て来ている。人を殴った事がない上に血も見慣れてない俺は動揺してしまった。



「はぁはぁ、ご、ごめんさい」

 そう言って震えた手でドアの鍵を開けた。


「一人にしないでくれ!!」



「!?」



「な、なるま……」



「…今さら、な…何だよ」



「いま、今一人になったらどうなるかわからない」



「……庭にお母さんがいるだろう」


 俺は家を出た。


「おい成真!待て!」




 走った。


 数年ぶりに走った。




「はぁはぁはぁ」

 こんな俺だけど行くあては一か所ある。

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