大倉 亘 12
ーー5年前ーー
「はぁはぁはぁ!」
“おい!待て!”
「はぁはぁはぁはぁ、苦しい!」
あそこに隠れるしかない。
角を曲がって廃れた商店街を走って行く。たまに入る『かわばた亭』という小さな中華屋の横に人ひとり入れる隙間がある。俺は自分の体をその隙間へ押し込んでいった。
「ぐっ、う、はぁ、はぁ‥‥え?」
ふと路地へ目をやると一人の青年が立ち止まり、こちらを見ていた。
「‥‥」
「‥‥」
な、何だよ、コイツ‥‥。
「‥‥あの、早くあっち行ってくれる?」
“おい!どこ行った!はぁはぁ!”
「やべっ」
“はぁはぁはぁ、なあ青年!さっきここを太った男が通らなかったか?はぁはぁ俺に似た、はぁはぁ”
「‥‥」
言うなよ‥‥。
「‥‥」
事もあろうにコイツは指をさして俺の居場所をバラしやがった。
「おいテメェ!」
「‥‥」
“そこに居るのか!?出てこい!”
「分かった分かった、出るから」
自分の腹を中華屋の外壁に擦りながら外へ出た、瞬間に俺はまた走り出した。
“おい!”
「はぁはぁはぁ」
俺はチーターの様な早さでその場を走り去った。
何時間経っただろう。公園のベンチで只々座っている時間が流れていく。
“ザッ、ザッ”と近づいてくる足が見えた。
「‥‥え」
「あの、これ」
アイツだ。
「おい誰なんだよお前~、なんなんだよ~」
一枚の封筒を差し出していた。
「‥‥なに」
「あのおじさんから」
「え?」
「預かっちゃったから。君にお願いだって」
「‥‥あれからずっと俺を探してたの?」
「中見たら余計に渡さなきゃって思って」
「中?てかお前、何で言ったんだよ」
「指、さしただけだよ」
「同じだよ」
封筒を手に取り中に手を入れると万札が10枚出てきた。
「‥‥」
お札を出すと白い折った紙がポロッと落ちた。筆で書いたであろう文字を見る。
“勝手にしろ!!”
「‥‥」
横を見ると青年は既に歩き始めていた。
「‥‥、君―!飯でも奢らせてよ!」
それからまたあの中華屋に戻り、晩飯をこの会ったばかりの奴と食べる事にした。ラーメンや餃子、その他色々と注文するとさっきの落ち着いたイメージからは想像できないほどガツガツと美味しそうに食べ始めた。
「‥‥まるで久々の飯食ってるみたいだな」
「‥‥」
「君、いくつ?」
「18」
「若っ」
「‥‥」
「悪かったな、なんか巻き込んじゃって。‥‥学校は?」
「休んでる」
「なんで?」
「‥‥」
「なんか、病気とか?」
「‥‥」
「友達いないとか?」
「‥‥」
「まぁいいや。おい餃子もう一皿食うか?」
「うん」
「それは即答だな‥。すいませーん!餃子もう一枚くださーい!なぁ、なんか他に言ってたか?俺の親父」
「‥‥親父?」
「あ、そうそう、あの人俺の親父なんだ」
「‥‥いや、特に。渡してくれとしか」
「そう」
「喧嘩―、したの?」
出会ってから、初めての質問だった。
「うち煎餅屋やっててな、継げ継げうるさいんだよ。最近ずーーとそのやり取りでさ。俺はクリエイターになりたいんだよ。アニメの」
「‥‥漫画家?」
「んーちょっと違うかな。まぁ漫画でも出来たらなんでもいいんだけどさ。そんなこんなでまた言い合いになってさ、出てけっつって。ついでにお金取ってたのもバレて」
「‥‥泥棒だ」
「何、家のお金だよ?犯罪してるわけじゃないよ?だろ?それにお小遣い程度だよ」
「‥‥。じゃあ、もう帰らないの?」
「ああ。あれ?え?あ‥‥そうだ家どうしよう、俺」
「‥‥」
「あのさ、家探すからそれまで君んち、泊めてくれない?」
「‥‥えー」
「なんでよ?親がうるさい?」
「別に親は関係ない」
「関係ない?って?」
「‥‥」
「じゃあ今日だけでいいから!あとはまたどうにかするから!」
何度も経験はあるが、今回も俺は本気で頭を下げた。何を考えているのか分からないが無表情ながらもどこか神妙な面持ちのまま首を縦に振ってくれた。とりあえず今晩の寝床は確保出来た。
「ありがとう!青年!」
「‥‥なるま、です」
「はい?」
「僕の名前、成真」
「ああ、なるま?君。俺亘、宜しく」
「‥‥うん」
すべての皿を完食した後、コバンザメの様に成真にくっ付いていく。
家は電車で数駅離れたところにあるらしい。
「なぁ、あそこで何してたんだ?今日」
「‥‥散歩」
「散歩?」
「うん、やる事ないし」
「わざわざ電車に乗って?」
「うん、いつも家に居るから、少し離れたところで」
「‥‥そう」
駅を降り、何分か歩くと家に着いた。
「おぉ、古き良き家って感じだな」
「‥‥そうかな」
玄関へ入ると電気は点いているのにやけに静かだった。
「お邪魔しまーす‥‥誰も居ないの?」
「いるよ」
「‥‥」
成真が二階へと上がっていく。俺もその後を付いていくが一瞬リビングの方へ目をやると人影がちらっと見えた。
「お父さんか?」
成真は聞こえなかったのか、黙って二階の部屋へ入って行った。
ドアを開けると俺に負けず劣らずの散らかった部屋が目に飛び込んできた。
「なんだよ~お前の部屋も汚いんだな~」
「じゃあ下で寝れば?」
「下?え、良いの?」
「下の人間に許可取ればね」
「さっきのお父さんか?あぁ‥‥お前も喧嘩してんだな」
「喧嘩じゃないよ別に。口きいてないだけ、何年も」
「‥‥え?なんで?」
「‥‥なんでだろ」
散らかっている部屋の中、ふと一枚の置かれた写真に目が止まった。
「これお母さん?」
「‥‥」
「仲良さそうなのに」
「‥‥母さんとは普通。お父さんが下にいるからあんまり会えてないだけ」
「‥‥、まぁ、色々、あるよねぇ~」
「‥‥」
「成真はさ、趣味とかないの?」
「特に。ゲームくらい」
「ゲームつってもなんか古いのばっかだなぁ。じゃあ飯どうしてんのよ?」
「冷蔵庫から勝手に取ってる。何もない時は食べない。それでもきつい時はコンビニ行ったりとか」
「お金は?あ、もしかしてお前も家の金―」
「なんでそんなに聞くの?」
「‥‥いや、なんとなく、だけど」
「珍しい?僕みたいな人間」
「‥‥お前って優しいんだな」
「はい?」
なぜかそう思った。会って間もないが今日一緒に飯食って、会話して、顔を見て、無愛想な奴だが‥‥成真はとても良い奴だ。
「なぁゲームってここでしかやらないのか?」
「やらない」
「面白いの教えてやるよ」
俺は肩にかけていた小さなポーチからカードを取り出し、成真に見せた。
「あーそういうのはやらない」
「いや、まず聞いて」
「いい」
「聞けって!絶対ハマるから」
「絶対ハマらない」
「まず5枚置くじゃん?先にー」
「一人じゃ出来ないじゃん」
「いや、俺が居るだろう、一緒にやるんだよ」
「いい、お金無いから買えないし」
「あ、じゃあちょうど良いバイト先紹介してやるよ。でなルール説明すると―」
「バイトって?」
「相手も5枚置いてるんだよ。そのカードを見て―」
「18歳でも大丈夫なの?」
「何が?あ、バイト?うん確か大丈夫。俺がいつも行ってる所なんだけど。え?マジでやるの?」
「‥‥お金があれば、いずれここを出れるかもって‥‥思って」
「いいのかよ、お母さんとも離れちゃって」
「‥‥」
「‥‥」
“誰だー?誰か居るのか?”
下からぶっきらぼうに投げかける声が聞こえた。
「やべ、挨拶した方がいいよな?」
「いいよ別に」
“ドスドスドス”と階段を上がってくる音がする。
「お、おい、何か答えてくれよ」
「やだ」
次第に大きくなる足音が徐々に恐怖感を与えてくる。
「お、お邪魔してまーす!」
思わず張った所為で声が裏返ってしまった。
“あ?誰だ!成真が友達なんか連れてくるわけー”
ガチャッとドアが開くとやさぐれたような目つきの親父と目が合った。
「ど、どうもぉ‥‥お邪魔してます」
「‥‥あぁ」と掠れた様な返事をして親父は下へと降りていった。
「‥‥本当に会話しないんだな、お父さんと」
「あの人がここのドア開けたの数年ぶりだよ」
「え!?」
「あ、そういえば布団とかないけど、クッションならあるよ」
なんだこの家は。
なんだこの世界は‥‥。
「テレビ古いから映り悪いけど、見る?」
「え?‥‥あぁ」
成真はこんな状況でも‥‥。
「俺、やっぱり家戻ろうかな」
「‥‥そう」
「ちゃんともう一度、真剣に話してくるわ‥‥将来の事」
「やっぱり煎餅屋さん継ぐの?」
「いや、やっぱり俺はアニメクリエイターになる!その思いをもう一度ぶつけてみる」
「‥‥ふーん」
「それにさ、クリエイターって響、なんか格好いいだろ?」
「センベイクリエイターじゃダメなの?」
「せ‥‥」
「新しい煎餅作れば?」
「‥‥確かにクリエイターっちゃあそうかも‥‥、いやいやいや!危ない危ない!そうじゃないんだよ!」
「何が?」
「わかんねぇかな~」
「わかんないよ」
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