佐久間 作太 3
異様な空気だ‥‥。
「いや~天気悪いですよね~最近~」
こういう時に限ってなんでこんな陽気な運転手に出来わすんだろう。意地悪な神様は本当にいるんだ。
「雨降りそうですね~、まぁあめ降った方が売り上げはアップするんですけどね?ははは」
「‥‥」
僕を挟んで左右に亘君と美千代さん。そして前の席には優里というさっきの女の人が座っている。
この人は何を思ったのか僕達と少し話した後、一緒にあの家へ向かおうと言ってきた。
成真君のお父さんと一緒に居た人の気持ちは僕達には全くわからない世界だけど、この人なりに何か思う事もあるのかもしれない。それは他の二人も感じていると思う。
後ろから微かに窺えるこの人の一点を見詰めた横顔は、どこか哀しい表情にも見えた。
「作太、携帯持ってるな?」
「‥‥うん、ある」
亘君のその言葉がどう意味なのか、それを思うと心臓を締め付けられる。僕はさっきの公園で設定した携帯画面を見つめていた。
「‥‥」
――3年前――
「君、今まで4回やってるでしょ?」
「‥‥」
手を前に出した店員が話しかけてくる。
「君、ちゃんとした遊び方知らないでしょ」
「‥‥」
店員はすぐ横にある棚から一枚のカードを取り出した。
「そいつのペア、似てるけどこっちのドラゴンだよ。ちなみに先週も微妙に違ってたよ」
この人はずっと僕の事見てたんだ。
「‥‥すいません」
僕は後ろポケットから4枚のカードを取り出して、店員の手の上へゆっくり乗せた。
「‥‥」
「君、対戦した事ないでしょ」
「1人でなら‥‥すいませんでした。どうか親にはー」
「教えてあげようか?」
「‥‥え?」
「ちょっとおいで」
店員は店の端にある対戦コーナへ向かっていった。
「こっち来て」
「は、はい」
いくつか並んだテーブルの奥ではいつも見る太った男が対戦していた。店員は真っ直ぐそこへ向かって行き、その男の肩をパシッパシッっと叩いた。
「痛ぇーよっ。何だよ今バトル中ですけど!」
「ねぇ亘君、この子入れてさ、次の大会この3人でメンバー決定でいい?」
何を言っているのか分からなかった。大会?もしかして来月ここで開かれるこのカードゲームの大会の事を言っているのだろうか。
「え?えーとー、‥‥誰?」
対戦中の手を止めて太い男が僕の顔をジーッと見てきた。
「あ、そうだ、君名前は?」と今度は店員も僕を見てきた。他人からこんなに顔を見られる事がなかった僕は固まってしまった。
「名前はって、お前も知らないの?」
「うん、さっき初めて話したから」
「え?何それ?どっからヘッドハンティングしてきたの?」
「すぐそこ」
「すぐそこって何だよっ。適当に声かけたのか?次の大会は3回戦突破目指すんだぞ!?」
「わかってるよ。だからこの子を、えーとー、君名前は?」
「‥‥さくた、です」
「さくた君か。亘君どう?」
「ちょっとまって、今ヤバイ」と言って亘さんは再びテーブルに顔を向けた。
「あの、ちゃんとお金払いますので、すいませんでした」
「いらないよ、戻ってきたし」
「え、‥‥は、はい」
「今度ここで大会あるから出ようよ」
「でも‥やった事無いし‥‥」
「大丈夫、俺とこの煎餅おじさんが鍛えてあげるよ」
「せ、せんべい?」
「じゃあ、決定でい?」
「は‥はい、宜しくお願い致します」
「さくた君携帯持ってる?」
「ありますけど」
「エントリー用の写真撮ろう、ちょっと貸して?」
「え、はい」
店員さんがまた対戦中の亘さんの肩をパシッパシッと叩いた。
「痛ぇーよ!今バトル中だっつの!」
「だって良い音するんだもん。ねぇこっち見て」
「あ?」
グイッと手を引っ張られて自分も携帯の画面に入り込み“カシャッ”と写真を撮った。
「はい、ありがとう」と携帯を僕に返す店員。
「あの、なんで僕なんですか?」
「んー、なんとなく。あ、さくた君は両親居るの?」
「‥‥い、居ますけど?」
「大丈夫だよ、言わないから。仲良くしなね」
「‥‥ありがとうございます、えーと‥‥」
「あ、ごめん。オレ成真。三橋成真、宜しくね」
「成真さん。成真さんは店員なのに大会出るんですか?」
「うん、3人チームで誰でも出場出来るからね」
「こいつ店員なのに実力は中の下なんだよ」
いつの間にか亘さんがカードを片付けて横に立っていた。
「あれ?負けたの?」
「お前が邪魔するからだよ!大事なカード取られただろ!」
「ははははっ」
二人のやり取りを見ていて、ふと笑っている自分に気がついた。
こんな顔している自分は久々だった。
――――
タクシーが家に着いた。
みんなで玄関先まで走り、庭へ入ると成真君のお父さんの後ろ姿が見えた。
その力の抜けた、まるで人形の様に立っているその姿の先に‥‥
成真君は居た。
穴の傍でお母さんを抱き、泣きながら謝っていた。
何度も、何度も。
その光景は衝撃的だったけど、なんだかホッとした。亘君と美千代さんも成真君がお母さんを抱きしめている光景を見守るように見つめていた。
「雅子‥‥」
微かな声でそう言った成真君のお父さんは崩れるようにその場に座り込んだ。
「‥‥作太」
僕は亘君のその呼びかけに反応出来なかった。頭では分かっているけど手が思うように動かない。その時、優しく肩を触ってきたのは美千代さんだった。僕は美千代さんの顔を見て決心がついた。
携帯を取り出し、1、1,0と押していく。
「本当に‥それでいいんだね?」
優里が庭を見つめながらそう言ってきた。
僕が答えようとした瞬間、亘君が先に声を張った。
「これも成真の為です。例え捕まっても、俺達は成真の事を待ちますから」
「‥‥そう。‥そうね。私もあの人、待とうかな‥‥」
僕が電話をしている間、美千代さんはずっと自分のバッグに付いていた成真君の人形を握りしめていた。




