三橋成真 2
翌日、11時15分。
今日は15時からのシフトだけどその前に亘と作太とプレイの約束をしてある。俺は行く前に攻略本を部屋で読んでいた。
“やめろ!やめろって!行ってねぇーって!”
“はぁ!?じゃあなんでこの時間なのよ!”
隣の部屋から怒鳴り声が聞こえて来る。
“ドンッドンッ”
壁に何かが当たる音も響く。
今日は喧嘩か。
ほぼ毎日声が事が聞こえてくるが、俺にとっては鳥の囀りや車の走る音などの音と一緒でまったく気にならない。
昼過ぎになり、バイト先へ向かう。少し混雑した電車内で子供を抱いた母親が背を向けて目の前まで詰めて来た。
その母親の肩から子供がジーッとこちらを見ている。
「‥‥‥‥」
俺は微笑んだ。
「‥‥」
その子は笑顔になるどころか、少し睨んだ様な表情で俺を見てきた。
分かっている、微笑みを仕掛けたのはこっちだ方だ。余計な事をした俺が悪い。
やっぱり笑顔は無理だな‥‥そう思った時だった。
「おい、成真」
この人混みの中、誰かが俺の名前を呼んだ。
‥‥気のせいだ。
「成真だろ」
再び聞こえたその声で全身に鳥肌が立った。
何人かを挟んでこちらへ呼びかけていたのはー
俺の父親だった。
最悪だ‥‥
「いつもこれ乗ってるのか?」
人目もはばからず話しかけてくる。
「……」
「次で降りないか?ちょっと話したいことがあるんだ」
誰でもいい、誰かこの人間を遠ざけてくれ…
周りの人間達はまるで俺とこの男の存在を消しているかのように携帯を触っている。
「なぁ、成真」
他の乗客を押しながらこちらに近づいて来るのがわかった。
鼓動が早くなる。俺は目を閉じ、時間だけが過ぎるのを待った。
数年振りに漂う家の匂い。
うっすらと目を開ける。
「いやだ……」と俺は俯きながら呟いた。
「じゃあここで話すか?」
停車のアナウンスがやけに大きく聞こえた。
「……」
駅を降りて路地に入る。
一定の距離を保ち、父親、進について行っているとゆっくり立ち止まった。
「酷いじゃないかぁ。急にいなくなっちゃうなんて」
そう言ってこちらを振り向く。
進の額には傷痕が生々しく残っていた。
「……」
「これか?」
その傷痕に手を当てる進。
「凄いだろ?痛かったなぁ」
「…何だよ、話って」
「ああ、そうだったな。……居なくなったんだよ」
「なにが」
「母さんが」
「…は?」
進は不気味な笑顔でこちらを見ている。
「な、何言ってるんだよ?」
「1年くらい前からもう居ないんだよ」
一歩、二歩と近づいて来る進。
「お、おかしい事を言わないでくれ!」
声を張り上げ、進を遠ざけようとするが止まることなく近づいてくる。
「おかしな事?だったら確かめに来いよ」
「……」
一歩一歩距離が狭まってくるのに耐えられなくなり、俺はその場から走り出した。
一度も振り向かず…あの時と同じように。




