第9話 花見 妖精王 プロジェクション
時折放たれた全力ピュアの威力は絶大だった。爽やかで静謐な風が撫でるように広がり、大陸中の澱んだ空気が吹き飛んだ。暗く陰湿なスラム街でさえ晴れやかで明るくなった。人々の目が希望に満ちて輝きを取り戻しているようにさえ思えた。久しぶりに大きく息を吸った気がする、そんな声が人々の間から漏れ聞こえてきた。
雪はすっかり溶け、風が温かくなってきた。フェンリルのハクは、アルトを背に乗せても楽々走り回れるほど力強く逞しくなった。頃合いを見て正式にアルトの眷属となったが、しっぽにくっ付いたサクラを追いかけてぐるぐる回り続けている。「うん、まだまだ中身は子供だわ」。
サーシャの成長は止まったようで、これから悠久の時をかけて女神様のように大人っぽくなっていくのだろう。桜の木は枝ぶりが二回りほど大きくなり、たわわに蕾をつけている。花が満開になれば花見をするぞとエルフに通達しておいた。
それから数日経ち、見事としか言いようのない満開の桜が目の前に広がっていた。サクラは褒められて胸を張り、反り返って後ろに倒れそうになっている。エルフたちがゾロゾロとやってきたので、クリエイトした「巻き寿司」を配った。そう、「恵方巻き」である。恵方がどちらか分からないので、皆で桜の木を眺めながら食べることにした。
桜の木の真近で感嘆する者、遠くから全体ののどかさを楽しみながら頬張る者、それぞれが思い思いの草原に散らばってモグモグとしていた。ビールやツマミも配ったので、酔っ払ってゴロゴロ寝ている大人もいる。
草原にはピンポン玉やビー玉ほどの大きさの、なにやらフワフワしたものがあちこちに浮いており、昨年には無かった花がそこら中で咲いていた。エルフの子供たちはその花で冠を作って両親にプレゼントしたりしていた。
そこへカイザーが、ソフトボール大のマリモのようなモコモコしたものを携えてやってきた。カイザーがサーシャを見て「ギョッ」としていたのが印象に残るが、この者らがカイザーの眷属となる妖精王だと紹介してくれた。
赤、青、黄、緑――それぞれが火、水、土、風の妖精王なのだという。まだ復活したばかりで、そのうちもう少し大きくなってはっきりとした姿になれるという。
サーシャの癒しとアルトのピュアで大陸中が浄化されたため、ようやく元気に活動できるようになったらしい。妖精王たちはアルトとサーシャに深くお礼をするような仕草を見せた後、ハクやサクラとも仲良くクルクルと遊んでいた。
さて、余りに見事な桜の花やこの穏やかな光景を残したくて、アルトは「スマホカメラ」なる魔法を造り、我を忘れて激写した。といっても物質化したカメラではなく、不可視のレンズ部だけがドローンのように自由な位置取りができるもので、アルトは移動しなくてよい。
夕方になり、アルトは「おでん」をクリエイトして配った。サーシャなどはちくわが何倍にも膨れるのを見てびっくりしていた。カイザーがやはり龍酒を振る舞ってくれたので、アルトによってライトアップされた満開の桜の木をバックに大宴会が繰り広げられることとなった。
例によってエルフたちの歌と踊りが繰り広げられ、今年は演舞なども見せてもらった。温かいので皆、そこら中で寝転がって夜を迎えていたところ、アルトは結界をパネルのように上空に広げ、新しい魔法「プロジェクション」を唱えた。
昼間に撮った満開の桜の木や、皆の楽しそうな笑顔が、時折流れ星の走る満天の夜空をバックに上映された。静止画だけでなく動画まで、この初めての異次元な体験に皆は我を忘れて見入った。アルトは基本この世界の技術的特異点になるつもりはないのだが、「まっ、いっか」と大サービスすることにしたのだ。それほどエルフたちは感動に打ち震え、中には涙している者もいた。
祭りの後の寂しさの中、アルトはストレージからハクの親の毛皮を出し、ハクの前に広げた。ハクはしばらくの間、クンクンと何度も匂いをかいで、何度も頬をこすりつけたりしていた。それから天空に向け遠吠えを二回した。アルトは「もっと早く召喚されていたら」とハクにしがみつき、目をじっと閉じた。サーシャとサクラも同様にしがみついて咽び泣いていた。
カイザーと妖精王たちはそばにそっと寄り添ってくれていた。
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