第29話 令嬢
【AI利用について】補佐として、文章の精度を高めるための「校正(誤字脱字のチェック等)」にローカルLLMを利用しています。しかしながら、根幹となる思想、オリジナルな魔法や世界観、プロット、感情表現など、「物語の核」は完全に私の創作であり、一文一文に想いを込めています。
雲間から差し込む陽光が、
ほのかに新緑の香りがただようエデンの大地を優しく照らしている。
春がすぐそこまで来ているという予感に、心地よい風が頬を撫でる。
元侯爵令嬢パルマは、
元自邸の東屋で、手入れの行き届いた小さな花壇を見守りながら、
軽やかに紅茶を嗜んでいた。
華やかな宮廷の装いはつい先日のこと。
今は、重苦しいレースや刺繍から解放された淡い生成りのシルクブラウスに、
膝下まである軽そうなスラックスを履いている。
その姿は、かつての威厳ある令嬢からは想像もつかないほど、
自由奔放な装いだ。
「あら、パルマ嬢。お久しぶりね」
元第二王女ローザが、ひょっこりと顔を出した。
「ローザ様、ごきげんよう。
おかげさまでこの東屋はまだ残っていましたの。
お庭のチューリップの芽が、健気に春を待ちわびておりますわ」
パルマはカップを優雅に傾け、愛らしい仕草で首を傾げた。
「ええ、ごきげんよう。
ここに来ると、古い時代の重たい空気から解放されるわ。
……それにしても、そのカジュアルなスラックス、随分と似合っているわよ」
パルマは小さく困ったように笑い、そっと膝の上でスラックスの裾を整えた。
ローザ自身も、かつての重厚なドレスを捨て、
実用性と美意識を両立させた上質なワンピースを着こなしている。
「ええ、ローザ様がおっしゃる通りですわね。
ドレスよりよっぽど楽ですし、歩くのも自由で。
もう、古い格式に縛られる必要なんてありませんわ」
「そうよね。以前はドレスを着るのに半日潰れてたものね。
その間に、この美しい春の気配を味わえなかったなんて、
一体どうしてかしら」
ローザの口元が、いたずらっ子のような笑みで緩む。
「それにしても、とんでもないことが起きたものよね」
二人は空を見上げた。
上空には、女神サラの幻影が去って、未だ慣れない空気が漂っている。
「今、どうなってるのでしょう? この、世界全体を巡る大混乱……」
パルマは遠い目だった。
「そうね。騎士団長、あの頑固一徹な方が、
心技体を鍛える道場を開くと言って、あっさりと辞めてしまったわ。
残っているのは、心の底から忠誠を誓ってくれた、
ごく一部の人たちだけだもの」
ローザは、自身の城の状況を思い返したように小さく頷いた。
「やはりそうですか。私の実家も同じですわ。
『ララ』の気軽さと親しみやすさから、
使用人たちの忠義は、もはや生存のための戦略ではないのでしょうね」
パルマの口から、ため息のような、けれどどこか満足げな言葉が零れた。
「城がうっすらと光って、壊せばララがもらえると分かった家臣たちが、
その石材を再利用して、小さな家を建ててくれたの。
贅沢にはなりきれないけれど、暖かくて心強いお家よ」
「あの巨大で高尚な石造りの城、
冷暖房も難しく、維持するにも甚大な労力が要るでしょうから。
私の実家の屋敷も、いらないものへと変わってしまいましたわ」
二人は紅茶の香りに身を任せながら、
この奇妙な「価値」について語り合った。
「城の中を掃除しても、ララはもらえない。
けれど、外の道をきれいに掃除すれば、ララがもらえるのよ。
意外と、外の世界を整えることの方が、賢明だったわね」
「なるほど。城の中で腐るのではなく、外の世界を豊かにしよう、
ということかしら」
「そうよね。結局、お父様が一生懸命稼いでいた重たい金貨なんて、
これからの時代、アクセサリーの材料ぐらいにしか役に立たなくなった。
お父様は、時代に取り残された、覇気のない方になってしまわれたわ」
ローザは、わずかに口元を苦しげにしながらも、
その表情には諦めの色が薄かった。
パルマの視線は庭の野草の群れに吸い寄せられる。
「いつも一緒にお茶をしていた、
元伯爵令嬢のメシル様がどうなっているのか、気になっているのですわ」
「それなら知ってるわよ。
メシル嬢はね、旅に出てるって。水の魔法を上手に使えばララがもらえ、
必要なものを買い揃えられるらしいの」
ローザは、まるで遠い国の珍しい風習を聞くかのような軽快な調子で続けた。
「通貨はどこでもララで通じるし、
もはや厳格な城壁もない。国も国境もないのよ。
だから、彼女は気になっていた名所旧跡を巡る旅に出てるらしいわ。
……随分と自由奔放で、素敵でしょう?」
パルマは、その話を聞いて、ローザと目を見合わせた。
「よろしいですわね、そういうの。私も、とうとう決めましたの」
パルマは、おもむろに膝を抱き、決意を秘めたような微笑みを浮かべた。
「昨日、高慢な元侯爵子息を相手に
『婚約破棄』を言い渡したところなのですわ」
ローザは思わず身を乗り出した。
「まあ! 奇遇ね。私も、元公爵次期当主のトーマを、
『婚約破棄』してやったところよ」
「ふふ! ローザ様も!」
「彼は重い金貨を抱えて、私の部屋の前に泣きついてきたわ。
まるで、価値というものを取り違えた、哀れな家畜のようだったわ」
ローザは、その回想を口にし、軽く首を傾けた。
「けれど不思議なことに、ララは減らなかったのよね。
むしろ、この『嫌われた』はずの行為が、
システムに清々しい『自己実現』として認識されたのかしら?」
「それは……もしかすると、
『相手のためになる』と見なされたからかもしれませんわね」
パルマは紅茶を飲み干し、空を見上げた。
その表情は、もはや貴族的な虚栄心とは程遠く、
新たな時代への純粋な好奇心で満たされていた。




