第28話 ルール
【AI利用について】補佐として、文章の精度を高めるための「校正(誤字脱字のチェック等)」にローカルLLMを利用しています。しかしながら、根幹となる思想、オリジナルな魔法や世界観、プロット、感情表現など、「物語の核」は完全に私の創作であり、一文一文に想いを込めています。
エデンの大地は、期待に満ちた春の足音を微かに響かせ始めていた。
だが、急激な変化の波に酔いしれ、
その僅かな違和感さえも、どこか心地よく感じていた。
サラの説明から数日。配布された初期ララを使い、
人々は新しい経済圏の「歩き方」を必死に学んでいた。
混沌から、
異様なほどの「規律」と、どこか軽やかな「自由」が混ざり合った、
奇妙な日常へと姿を変えつつある。
ある朝。農村の一角で、お年頃になったリナが、
丹精込めて育てたキャベツを軽快に拾い上げていた。
朝露を纏った野菜の葉先が、朝日に透けて淡く光る。
「ふぅ……」
淡い青色の光の粒子が、
渦を巻くようにふわりと彼女の身体へと取り込まれる。
「収穫ララ? 拾うだけで貰えるなんてね」
リナは思わず頬を赤らめた。
これは「収穫」という作業に対する、極めて直接的な報酬だった。
「美味しそうだな、この新米のキャベツたち」
背後から、騎士風の青年、ガレスが近づいてくる。
冷たくも爽やかな春風が二人の間をかすめていた。
ガレスは元巡察部隊の所属だったが、
その表情からは以前の威圧感は消え、穏やかな気遣いが滲んでいた。
「リナ、おはよう。精が出るな」
リナはキャベツを抱えたまま、にこやかに答える。
「おはようございます、ガレスさん。この程度でも十分ララが貰えるの。
もう、金貨を握りしめて格好つけなくていいんだよ」
「だよな。俺だって、給金が出るわけじゃない。
ただ、安心するからって皆に頼まれて、
こうして巡回してるだけでララが溜まるんだぜ」
「感謝ララだね、きっと。
こんなに争いがなくなってもなんだかまだ不安はあるもの、魔獣とかね」
「魔獣は、森から出てこなくなったって噂だぜ」
「へえ、そうなんだ。女神さまがついでに何とかしてくださったのかもね」
「それで、そのキャベツたちはどうするんだ?
市場で売るのか? それともタダ配りか?」
「売るよ。売っても買った人からララが貰えるし。
でも、前よりう~んと安くね。農地代も税金も掛からないからね。
小麦農家とかみんなそうだよ」
「そうか。それでパンが安くなっているのか。
今じゃ、元気よく挨拶するだけで、
子供や、身寄りのない者でもパンが買えるらしいしな」
「空腹に顔を歪ませていた空気が消えたよね。
なんだか、夏の祭りの準備期間みたいだわ」
「うまいこと言うな。お前は本当にポジティブだな」
「えへへ、そうよ、ワクワクして。
でも、どこか肩の力が抜けて、体が軽いのよ」
「だな。誰もが、生きていること自体に『価値』を見い出したんだ。
道具みたいにこき使われるんじゃ無くてな」
その様子を、
上空の雲が、ゆるやかにカーブを描きながら、静かに見守っていた。
初春の光が、きらめく小さな雪を微かに撒き散らした。
「よし、今日は新鮮な果物を試そうかな」
高台に静かに座り、
リナは、この奇妙で美しい流れに身を委ねていくのだった。
一方、宮廷を揺るがしているのは、祝祭的な歓喜ではない。
むしろ「破産」という、静かで容赦ない崩壊であった。
かつて威厳に満ちていた貴族区画は、静けさに包まれていた。
石造りの重厚な壁、紋章が刻まれた豪華な装束。
そこに行き詰まった人々は、
「ララ」という透明な刃によって、静かに切り裂かれていた。
「馬鹿な。そんなことが、この地に起こりうるのかね」
とある国王ロドリゴは謁見の間で、
信じられないものを見るかのような眼差しで、
手元の古びた金貨を見つめていた。
彼の傍らには、秘書を務める第一王女リゼットが立っている。
彼女の顔色は、普段の冷ややかな気品を完全に失っていた。
「お父上、感情的になられても。
我々はこの『転換期』を、なんとか乗り切らねばなりません」
リゼットは震えが止まらぬ父の怒号に、
必死で声を乗せようとするが、声はか細かった。
「乗り切るだと? 戯言を言わぬか!
そもそも儂の家門は、四世紀にわたってこの地に根を張ってきたのだ」
「もちろんそうですが」
「我々の富は、この土地と、この城、
そして数え切れない臣下の『忠義』によって築き上げられたのだぞ!」
ロドリゴは金貨を執拗にこする。
冷たい金属の感触。
それはかつて彼らが手にした、揺るぎない支配の象徴だった。
「しかし、お父上、見てください」
リゼットは鋭い指で、女神の残像が消え去った空間を指差した。
「もう、我々には『富』の概念がないのです。
ここから求められるのは、貴族としての『価値』、
あるいはそれに準ずる『貢献』だけです」
「それでも、税としてかき集めればよかろう!」
「……いかな王族であっても、
ララを税として強制徴収する権利はありません。
心からの感謝と、自発的な献上、それが絶対条件です」
ロドリゴは絶句した。
「奴隷や使用人に、この王自ら『存在価値』を示し、
その『謝礼』をララとして自発的に捧げさせろだと?
そんな下賤な戯言を!」
「貴族的な『恩』とは、もはや関係ありません。
それは、女神の『ルール』なのです」
リゼットは唇を噛み締める。
「地主の皆様も、領地からの不労所得でララを得ることはできません。
土地は女神の管理下に戻ったのです。
もはや、貴族として『領地を支配し、収益を上げる』という、
構図そのものが崩壊しています」
この事態は、単なる経済構造の変更ではなかった。
それは、長きにわたり培われてきた「封建的絶対服従」という根幹を、
無理矢理引き剥がそうとする、
アルトとサラの冷徹な「世直し」そのものだった。




