表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/20

第15話  もみじ

紅葉の秋。太陽が低く沈み始め、黄金色の光が地平線に長い影を落としていた。少し肌寒くなった露天風呂からは静かな湯気が立ち上り、艶やかな水着を纏ったサラが、湯船に身を委ねている。


「ふぅ……。この静けさ、本当に何物にも代えがたいわね」


サラが小さいため息をつく。視線が、風呂の外、赤く染まる山肌に向けられた。


「カイザーが5000歳くらいって言ってたから、サラは何歳……はっ!?」アルトは我に返った。


サラは、ニッコリとただ微笑んでいる。


「怖えー……」


『パチン!』甲高い音が、静寂を容赦なく切り裂き、アルトの脳髄を震わせた。


「飛んできたのかこれ? 手の振りは見えなかったぞ」


アルトの左頬に、赤くぽっとした、赤ちゃんサイズの手形が張り付く。


サラは、少しだけ肩をすくめた。まるで、最高の芸術作品を眺めるような微笑みだ。


「こ、怖えー、サラ……。『ビンタ魔法』、怖えー……」


アルトの脳が絶叫する。彼はまだ、それが「心」に直接働きかけてくる魔法だとは気づいていなかった。


「普通なら『失礼なことを考えてたでしょう』とか、上品な口撃を繰り出してくるはずなんだけど」


表面的な痛みではない。精神に刻み込まれる「恥じらい」と、抗えない「屈服」の感覚。それがアルトを襲った。


「一週間くらいは、剥がれないわよ。『もみじ魔法』とでも名付けようかしらね」


サラは静かに微笑み続ける。


「心に来るな……。羞恥魔法? これ……恥ずかしい……」


アルトは思わず思考を停止させた。



(場面転換)



湿気と、微かな秋の香りが漂う露天風呂。アルトとサラは、再び対峙していた。


「だからねっ、アルトが来てから視聴率が一気に跳ね上がったのよ!」


「……視聴率って?」


「あっ……」


彼女の完璧な笑顔が一瞬だけ揺らぐ。深い深淵を覗かせるような、複雑な表情になる。


「それで……結局、僕の召喚は、この箱庭コンテンツ『エデン』の視聴率を稼ぐためだったの?」


アルトは、目の前に沈むように浸かるサラを鋭い眼光で見据えた。空気は重く、僅かに甘い緊張感が満ちている。この沈黙は、サラが「都合の悪い真実」に直面した瞬間だった。


「……」


サラの唇が微かに震える。視線が泳ぎ、虚空を見つめる瞳には、普段の冷静な仮面が剥がれ落ちていた。


「ねえ、どうなの?」


アルトの声には、抗いがたい粘り気のある要求が混じっている。彼はもう答えを求めているというより、彼女の動揺そのものを味わうかのように迫っていた。


「……テヘペロ」


突如、サラは可愛らしく舌を出し、蠱惑的にニッコリと微笑んだ。


「クッコロ!」


アルトは精神を叩き割られてのけ反り、玄武岩に頭を打って、湯船へとドボンと沈み込んだ。


「怖えー……」


熱湯に身体を浸したアルトの思考は、一変していた。恐怖、後悔、そして一抹の興奮。


『ババアのテヘペロいただきましたー。ババア、怖えー……』


決して口に出すことなく、彼は目を閉じ、その甘い敗北を心に刻み込む。


――その刹那。


「ズバァアッ!」


透明なバチのような衝撃が、柔らかな湯をすり抜けて、アルトの右頬に激しく打ち付けられた。まるで、彼女の感情そのものが物理的な刃となって具現化したかのようだ。


「何よ、アルト!」


湯煙の中に、サラの感情を帯びた声が響く。その声は、静かな水面に激しい波紋を広げるように、情熱と苛立ちを湛えていた。


「カイザーのせいで、百年間もずっと不人気な『エデン』を、あんな軽薄な視線でバカにされたこともあったのよ。この空間で、この物語で、私たちが必死に築いてきたものなのに。……肩身が狭かったのよ、仕方ないじゃない」


再び、予測不能な「ビンタ魔法」が、湯面に美しい花火を散らしながら飛んでくる。容赦ない。


アルトは、湯に沈んだまま、肩をすくめた。水面に浮かぶ泡が、彼の動揺を隠すように微かに散る。


「キレたサラ、怖えー」


彼は、追い詰められたサラの姿を認めつつ、その妖しく昂ぶった瞳を焼き付けた。


「逆ギレ、だけど……艶めかしい」


彼の声は、甘く、そして少しだけ危うい熱を孕んでこぼれた。彼の「怖えー」という言葉は、敗北ではなく、むしろこの危うい関係性を祝福するような、熱烈な肯定の響きを持っていた。


よろしければ評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ