第16話 トレカ
冴えわたる秋の夜空の下、月明かりが銀色の絨毯を敷き詰めている。アルトは肩まで浸かり、満天の空を眺めていた。隣には、穏やかな眼差しでアルトを見守るカイザーがいる。
「なるほどな。つまりアルトがこの世界に呼ばれた真の目的は、コンテンツ人気稼ぎ、つまり『視聴率』対策だったわけじゃ」
カイザーがふっと笑みを浮かべて呟いた。いつも達観しているが、この言葉にはどこか毒味がある。
アルトは水面に浮かぶ葉を指で弾き、苦笑した。
「だから、最初から『好きに楽しんでいい』って言われたんだよな」
「ようブチ切れんかったのじゃ。もしそこでキレてたら、今の我らも、このエデン全体も消えておったかもしれんぞ」
「あぁ。だからこそ、『マインド』を習得させられたのかもな。相変わらずサラらしい」
アルトの思考は冷たい夜気に溶け込む。あの「コギト・エルゴ・スム」の響きが、今も耳の奥に残っている。
カイザーが腹をさすり、さりげなく話題を転換した。
「それでアルト、先ほどから気になるんじゃが。ホッペに何かついておるぞ。赤ん坊に思いっきりビンタされたみたいじゃ」
「あ……。これは、ご褒美のボンボンシールというか、いや、なんでもない」
「ボンボン?少し気になるが……。ときにアルトは、サラ様を呼び捨てにしておるのか?」
カイザーが、アルトの表情を真剣に見つめた。
「サラからの指示なんだ。今は神格も逆転しそうな状況だしな。これから長く付き合う相手だし、地上に降りる時は呼び捨てにして、気楽に接してほしいって。その方が楽しいでしょう、ってね」
「……わしも、そう言われた時は驚いたのじゃが」
カイザーは自身の状況を思い返し、少しだけ声を潜めた。
「まあ、さすがに名前だけは『様』をつけさせてもらうことにしたわい」
「ふふ、カイザーらしいね。守護龍としての矜持は捨てられないみたいだな」
静寂は、唐突な水面の揺れで破られた。サラが、湯けむりを纏いながら微笑んでいる。
「あら、いい子ね」
アルトが気を利かせて場を詰めたのだ。
「サラ、聞いてたのか」
「ええ、そうよ。このエデンは『箱庭』。シミュレーションゲームみたいなものなの」
サラは指を鳴らすと、水面に淡く光るインターフェースのような紋様を描かせた。
「箱庭同士で交換したり、人気が出たものは高値で取引されてるわ。このエデンは、絶対神を生み出した『聖地』。プレミアがつきまくって、今や非売品の限定品よ」
「トレカかよ……」アルトは思わず頭を抱えた。
「それでね、わたくしもとばかり召喚者を招くのがブームになってしまって」
「ある神は、召喚者にチートをバラ撒いたのに、初日から街へリバーシを売りに行ったって怒ってたし、マヨネーズを作って売るやつもいたらしいの。神になるのに何年かかるんだ!って」
サラは楽しそうに笑うが、その背後には、巨大な商業主義的な狂気が渦巻いていた。
「ある神は召喚者をドラゴンの近くに送ったのだけど、初日から食べられちゃって。誰も成功してないみたいね」
カイザーが、おでこを軽く押さえる。
「アルトは二日目に、カイザーを屈服させてたのに。あれは、本当にビックリだったわ」
カイザーの目が泳ぐ。
「ある神は召喚者を増やしたら、勇者だらけになっちゃって。『視聴率上げるには、パーティーの誰かをダンジョンの底に落として、勇者にザマアのやられ役をさせるしかない』って嘆いていたのよ」
「邪神とか悪魔とか、シーンが暗くなるから好きになれないし」
「超絶好みな子を召喚して、強い神になってもらって、それで結婚するんだっていう神もいるわ」
「〇〇〇〇かよ……」アルトは呆れて空を見上げた。
「視聴率とコンテンツのバランスってのが、一番難しいのよ。そもそも召喚者が神になるなんてありえない。リアル箱庭の世界では、本当に何が起こるか分からないからね」
サラはアルトに身を寄せた。先程までの企業の役員のような余裕は消え、純粋な遊び相手としての微笑みを放っている。
「それで、僕は……神界に行くことになるの?」
「う~ん、今は行かない方がいいわ。あの『アピア』の反響で、アルトが来るのを手ぐすね引いて待ってるのよ。『求婚』とか『お見合い』とか、もう大変よ」
「絶対行きたくねえ」アルトは強烈な拒否感を示した。
よろしければ評価をお願いします。




