第14話 ピュア アピア
「私がここで過ごせる時間も、あとわずかなのね」
女神は、この短い瞬間を惜しむように噛み締めながら、灰色の根源――世界そのものに向かって手をかざした。
「さあ、まずはここから。この『エデン』を本来の物質界へ戻す。そして、欠損した部分はすべて『リカバリー』で修復していくわよ」
アルトは頷き、手のひらの内で微かに脈打つ「世界のコア」を掲げ、「ピュア『実在の確定』」を発動した。彼が愛した場所、その認識を現実世界の法則へと強制的に上書きしていくのだ。
グリッチしたデータ群が、音もなく、しかし抗いがたい質量をもって世界を塗り替えていく。ノイズが、色彩と、テクスチャ、そして「重み」として世界に還っていく。ピクセル化していた景色が、再び滑らかな光と色彩を呼び戻していった。
光が収まったとき、荒廃していた大地はかつての美しい草原の面影を取り戻していた。空気は鮮やかで、生命の甘い匂いに満ちている。
「……ああ」アルトは深く息をした。ひんやりとしていながらも、確かな「空気の香り」がそこにあった。
「これで、あなたは単なるイレギュラーじゃないわ。この『エデン』の守護者――あるいは、それを超えた存在として、地位を確立したのよ」
サラは、自らの手で生み出された輝きを愉しむように微笑んだ。
「そろそろ、時間のようね」
「地上に出られる時間が限られているのはなぜですか?」
「時間じゃないのよ。わたくしがここに来られているのは、この場所が特別な空間だったから。だから、完全に人間界に復元すると居られなくなるの」
「だったら、そもそもなぜ神は人間界に顕現できないんですか?」
「それはまず物理的な次元差ね。神界の高次元と人間界の低次元の間には、干渉できない壁があるの。次に自然の摂理というもの。神の存在はあまりに巨大すぎるから、人間界にどんな影響を及ぼすか予測できない。だから、神々は自粛するのよ」
「ちょっと待ってください。それじゃ、神になっちゃった僕も困りますんで、神が顕現できる魔法を考えてみますね……『次元突破に存在感の圧縮』、できました!」
アルトは「顕現魔法『アピア』」を創造し、サラに放った。
「まあ!これで私も地上に物理的に降臨できるようになったわ!アルト、本当にありがとう」
サラはふわりと空中から大地に着地した。
「私も、あなたの隣で共に暮らせるのね」
アルトの前に、再びカイザーとサーシャが姿を現した。彼らも、世界が再生した気配を感じ取ったようだった。
「……無事だったのね、お父さん」サーシャが、頬を濡らしながら駆け寄る。
「わっ、めっ、女神様! ということはここは神界……ですかの?」カイザーは慌てて周囲を見回すが、アルトに宥められると、なぜか穏やかな声色で付け加えた。
「つまり、我々は試練を乗り越え、お前さんが真の管理者、いや、この世界の守護者に加わったということじゃな」
「さあ、お祝いしましょう! いつだって、こういう平和な打ち上げが羨ましかったの」サラが軽やかに舞いながら、鈴を転がすように微笑む。
木々は鮮やかに紅葉し、湖に美しく映える。感謝を込めて「秋穫祭」と名付けたこの場所では、アルトが用意した牛肉を以てしゃぶしゃぶパーティーに突入した。
「サーシャに似た女性がいる」とチラチラと気にしていたエルフたちに「女神様」だと紹介した途端、口から泡を吹いて倒れるものも、五体投地してピクリとも動かなくなるものも出て、阿鼻叫喚の光景となった。
それでもエルフの子供たちはさすがだ。女神サラとも仲良く手をつないで踊っていた。クロもサクラも楽しそうだ。
記念に、アルトは「アピア」を発動できるブレスレットを製作し、サラに贈った。
「ステキ!こんな簡単に神器を作るなんて!この魔法は、神々が渇望し続けてきたものなの。神世の歴史が始まって以来の快挙だわ。さすが、絶対神の卵様。他の神々に知れたら、大変なことになってしまうわ」
「サラお母さん、本当におめでとう!」サーシャが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ちょっと待てぃ。アルトがお父さんでサラ様がお母さんとなると、お二人はご夫婦って聞こえるんじゃが?」カイザーがツッコミを入れる。
「あーあー、聞こえなーい!」
「ブレスレットじゃなくて、左手薬指の指輪でもいいのよ」サラは顔を赤らめ、モジモジと様子を窺った。
こうして、絶対神の卵となったアルトと、地上に顕現する術を得た女神サラ。そして共に歩むカイザーとサーシャ。世界は完全に、本来の姿へ回帰したのだった。
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