第13話 女神様 絶対神
数えきれないほどの透明なデータフローが足元を流れ、この空間そのものが視覚的に脈動している。……はずだった。
灰色の静寂。色彩を失った無機質な空間に、アルトはひとり立ち尽くす。
周囲は、あたかも低解像度の古いゲーム画面のような、ノイズ交じりの灰色。世界樹も、サーシャの柔らかな笑みも、カイザーの胡散臭い顔も、すべてがデータ化され、無味乾燥な「コード」の断片へと変貌していた。
「……ここは?」アルトが独り言を漏らしたその刹那、灰色の隙間から目眩を誘う光が溢れ出した。光の奔流の中心に現れたのは、息を呑むほどの美しさを持つ女性だった。
「久しぶりね、アルト」 鈴の音のような、しかしどこか慈愛に満ちた声。彼女は優雅なドレスを纏い、まるで世界そのものから紡ぎ出されたかのような完璧な姿をしていた。
「女神様……!?」
彼女はゆっくりと微笑み、彼の目の前に優雅に立った。
「私はサラ。この『エデン』の管理者よ。あるいは……親しみを込めて、『お姉さん』なんて呼んでくれると嬉しいかしら」
彼女の視線がアルトを射抜くように鋭くなる。
「あなたが、この世界の根源に疑問の種を蒔いたのね」
その一言で、アルトの背筋はぞっとした。
「気づいたの? あなたがこの世界を『デジタル』だと疑念を抱いたことで、『ピュア』が起動。世界をデータとして上書きしちゃったのよ」
「……そうだ。違うようだ」アルトは、僅かに汗を滲ませた掌を見つめる。抗えない焦燥が、彼の表情を覆った。
「それだけじゃないわ。世界全体に向かって『俺はここにいるぞ』なんて、まるで絶叫のように叫んだものだから。アルトはもう、とびきり有名人よ」
「……僕は、ただ、崩壊を止めたくて……」アルトは、乾いた声で答えた。
「それはゼウス様がなんとかしてくれたわ。とにかく神々は大混乱よ。世界の法則を書き換えかねないこの『麒麟児』をどう扱うか、必死の議論を重ねた結果……『絶対神の卵』と認定したの。あまりにも規格外だったから、ね」
サラは、まるで最高級の宝石を愛おしむかのように、アルトを見つめる。
「ピュアの力は、実に危険なの。概念を書き換え、再定義する力よ。あると思えば生まれる。ないと思えば消える。創造神と破壊神、両方を抱える……まさに絶対神へと昇り詰める力よ」
彼女の言葉は、世界の理そのものを解き明かしていくように響く。
「……ただ、相反する二つの力が同居しているということは、内側から崩壊する危険も伴うもの。だから、まずはあなたの精神を磨き上げないと」
サラは、まるで優しさに包まれた溜息をつくように息を吐いた。
「本来なら神界で一万年も耐え忍ぶような試練を課すべきだけれど……アルトなら、そんなの魔法でこしらえた方が早いわね」
――刹那の時。
アルトの精神世界に、一つの絶対的な概念が結晶化した。それは、彼の感情を完全に押し潰すことなく、狂気や過度な精神的衝撃から彼自身を守り抜くための魔法。「不動の心『マインド』」。
アルトはそれを即座に発動させた。怒りや歓喜に身を委ねることもできるが、彼が定めた許容範囲を超えた瞬間に、それらの情動を即座に凪がせる、究極の自己防衛・集中術。精神異常耐性などという初歩のスキルを遥かに凌駕する。
「よろしいようね。これで、あなたもかなりの制御ができるようになるでしょう」
サラは満面の笑みで頷いた。
「あの、寝言でピュアが発動したら怖いんですけど……」
「大丈夫よ。魔法には魔力以外に強い意志やイメージが必要なの。寝ている時や微睡んでいる時、強い意志があったとは見なされないから発動しないわ」
「それは良かったです。バ〇スって叫んだらどうなることかと」
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